Stage.021 浅葱の誓い

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 VRゲームが盛り上がりを見せる現在、ジャンルを問わなければ相当な数が製作されている。王道のRPGやSFといった昔からあるゲームらしいゲームはもちろんのこと、現実に寄ったものだって存在する。バーチャルとはいえ限りなくリアルに近い世界も作れるのだから、現実ではコストや環境、それを実際に行う際に発生するリスク等の理由から手を付けるのが難しいことも、ゲームなら気軽にチャレンジすることが出来る。

 例えばペットの育成。まず買うのにお金が掛かるし、育てる環境も整えなければならないし、近隣のことだって考えなければならない。何より、命を扱う覚悟を持つ必要がある。

 例えば旅行。どこに行くにしたって移動費、宿泊費、食費等、お金が必要となる。海外に行くのならば仕事や学校を休むことも必要となるだろう。

 それらの大部分を解決してくれるのが他でもない、VRゲームだ。プレイに必要な機器に掛かる初期費用とゲーム自体のプレイ料金さえ払えば、それ以外にお金は必要ないし、変なリスクを背負うことも無く、近隣住人に迷惑が掛かることだって無い。その上、仕事から帰ってすぐでも、寝る前にでも、休日に家族全員でも、ちょっと遊ぼうかな――なんて気軽に出来るのだから、需要が無い訳が無かった。

 そうやって不特定多数の人間が様々なゲームをプレイすれば当然、ゲーム中で分からないことも出てくる。問題を解決するためにネットで検索なんて当たり前の時代だというのに、リアルさを重視していたがために大半のゲームではログイン中にネット検索するシステムが実装されていなかった。

 いくら何でもこれは不便が過ぎるという声は当然の如く上がり、VRゲームのサービスが始まって半年も過ぎた頃には全体の七割前後が対応するようになったが、リアル系のものはまだしも、ファンタジーなんかでも明らかに世界観に合っていないのに、ゲーム中でネット検索するというシュールな光景がよく見られていた。

 黎明期から既に二十年も経過した現在ではそれに非対応のゲームを探すほうが難しいくらい、当たり前のシステムとなっていた。リアルさをとことん追求したというこのGWOも例に漏れず、数多のプレイヤーが確実に求めるような要素だけは世界観を無視しようと実装されている。

 相も変わらず賑わうユピテルの中央で今もその機能を利用しているのが、浅葱色の袴姿で刀を腰に差し、色素の薄い茶髪をポニーテールにした女性。その出で立ちは一目で歴史上に実在した組織――新撰組を連想させる。それをモチーフにしたギルド――真閃組に属しているのだから狙い通りである。

 彼女――刀子は少し前からGWOの掲示板を覗いていた。目を通しているのは昨日あったばかりの防衛クエストについて。真閃組が中心となって担当した北門以外の戦場はどうだったのか、少しでも情報を集めようとしていた。


「うーん……。場所によって出現するエネミーの違いも大して無さそうですね。せいぜいエルフのネームドボスが違うくらいですか」


 運営も場所によってドロップ報酬に大きな違いがあってはいけないと理解しているようで、各々の戦場に差異は殆ど見られず、エネミー側においては有益な情報を得ることは叶わなかった。

 ただプレイヤー側については運営が少し趣向を凝らしており――今、まさにその内容で掲示板は盛り上がっていた。

 公式サイトにフェアリィ・インベージョン・ピックアップ動画なるページが作られていたのだ。内容はクエスト中の様々な場面がプレイヤーネームを伏せて動画撮影されていて、いくつかの部門に分かれていた。

 かなりの人数がプレイしているものだから、意図せずとも生まれてしまった名場面部門、絶妙なアシストをしている援護の達人部門などの真面目なものから、どうしてこうなった迷場面部門のような笑いを取りに来ているものまであって、プレイヤーたちには中々好評だった。

 中でも特に注目を集めていたのがスーパープレイ部門である。それを見たプレイヤーたちによって掲示板には「沖田さんめっちゃ速い」「先読みしてて本物の剣士みたい」「|殿(しんがり)とかかっけぇ!」といった、刀子に関する内容も書き込まれていた。

 グラスランドミントベアに単騎で挑んだ場面がどうやら運営の目に留まったらしく「神速の剣士」という、中二病なネーミングセンスのタイトルで選出されていたのだ。名前は伏せられているのだが、刀子の場合は外見が特徴的でプレイヤーとしても強い上に、元々有名となれば特定もされてしまうというものだ。

 彼女自身としてはごく普通のプレイだったが、他のプレイヤーに喜ばれたり褒められたりしているのを見るとやはり嬉しいもので、何だかくすぐったい気分になった。


「けど、私くらいで選ばれてるということは――あった」


 刀子はお目当ての動画を見つけた。タイトルは「絶対守護天使」。言いたいことは分かるものの、例に漏れずこちらもむず痒くなってしまいそうなそれだった。おまけにカメラワークにも拘られていて、最初は背後から敵の攻撃が飛んでくる様子が映っていたところから、視点が彼女を中心に時計回りで回りこむように撮影され、終わりへ近付くにつれアップになっていくのだ。

 昨日、一度直に見て驚嘆したものだが、改めて見ても――いや、動画で見たほうが距離も近く、迫力を感じる撮影をされているため、そこに映っている彼女は昨日よりも更に凄まじく思えた。刀子がそう思う以上の反応をしているのが掲示板に書き込みしているプレイヤーたちだ。

 もちろん絶賛する声もあるのだが、それよりも「なにこれぇ……」「俺の知ってるGWOじゃない」「これ別ゲーだろ? そうだと言ってくれ」なんて、とても信じられるものじゃないという思いなのが見て取れた。

 彼らが信じまいと、この動画は純然たる事実だ。それをわざわざ刀子が擁護なんてする必要もないけれど、尊敬するプレイヤーのことを信じてもらえないのは嫌な気分になる。

 だから、彼女は少しだけ掲示板に書き込むことにした。


『私は近くで見ていました。彼女……凄いですよね。

 実は防衛戦が終わったら決闘の約束をしていたのですが、今の私では勝負になると思えないので出直そうと思っています。』


 刀子の書き込み後、すぐに「沖田さんにそこまで言わせるのか……」「まあ運営がチート動画とか公開するわけないもんな」「見た目は天使、中身は化け物。その名は――」「戦闘服美少女戦士セーry」といった冗談交じりのレスに変わっていく。自分のことではないし、自己満足であることも分かっている。でも、やっぱり、アリスに疑惑の目が向けられるようなことは嫌なのだ。

 これ以上、有益な情報は得られないと判断した刀子はウィンドウを閉じた。そろそろギルドホームへ戻ろうかと思い至り立ち上がった矢先――


「あれは……」


 やや距離はあるが双眸が待ち人の姿を捉えた。

 決して待ち合わせしていたわけじゃない。会えるかもしれないという限りなく低い可能性に賭けて、幾許かあるギルドの集合時間まで、刀子が勝手に彼女を待っていただけだ。

 あまり時間の無い刀子は足早にその場を離れた。


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 午後三時二十分。サーバーメンテナンスが明けてからややあって、アリスはGWOの世界に降り立った。本当は終了と同時にログインする腹積もりだった――のだが、シャワーを浴びてさっぱりし、快適空間である自室のベッドで横になってみたら、あまりの気持ちよさに夢の世界へ旅立ってしまい、今の今まで惰眠を貪っていたのである。

 そんなわけで寝起きのアリスはまだ完全に目覚めていないらしく、一度欠伸をすると、眠そうな目を擦りながら歩き出した。フラフラと覚束ない足取りはさながら酔っ払いのようであった。

 ぼんやりした思考のまま教会にある転移結晶を目指していると――


「アリス!」


 名前を呼ばれると同時に右肩に何かが触れた。そちらを見やるといつの間に来ていたのか、サーニャが居た。


「あー……サーニャだ」


 彼女はおぼろげなアリスを酷く心配して口を開く。


「大丈夫? 随分とボーっとしているようだけれど、疲れてるのなら無理しないほうがいいんじゃない?」

「へーきだよ……。ただ寝起きなだけ――ふわぁぁぁ」

「もう、貴女って人は。転移結晶へ行くのでしょう? ほ、ほら、つかまって」


 少し恥ずかしそうにしながらもサーニャが手を差し出すと、アリスは素直に手を握った。


「ありがとぉ、サーニャ」

「いいのよ」


 以前、工業区を歩いた時とは逆となり、今度は自分がエスコートしているようで、ちょっと嬉しかったのだ。だからなのだろう。サーニャは口ではなんでもないように言うが、本人も気付かぬうちに表情は緩んでいた。前を行く格好となっていたからそれをアリスに見られずに済んでいるが、もし横並びだったりしたならば、きっと、からかうネタにされていたことだろう。幸い中の幸いなのかもしれない。

 ほんの二十メートルほど歩いたところで声を掛けられる。


「あの、すみません」

「貴女は昨日の……」


 小走りに近付いてきたのは沖田刀子だった。

 人知れず小さな幸せに浸っていたサーニャは邪魔された気分になって、ややムッとした。


「あ、刀子だぁ」


 まだ多少眠そうにしているものの、先ほどよりは幾分かマシになったらしいアリスも相手が刀子だと気付き、手を離して向き直った。


「あっ――」


 手の中から温もりが消え、喪失感のようなものが声となって小さく零れる。


「昨日はお疲れ様でした」

「お互いにね」

「敵の広範囲に渡る攻撃を凌いでいた場面、さすがです。素晴らしかったです」

「あれかぁ。見てたんだ?」

「はい。それに公式サイトにもアップされてるので、ネットでも凄い反響ですよ」

「えっ、そうなの!?」


 それで一気に目が覚めたらしく、食いつくアリスに刀子が公式サイトの動画ページや掲示板を見せる。アリスは自分の動画を見ても感想は「アニメのワンシーンみたいだね」という一言に終わり、それよりも他の上手いプレイヤーの動画を見たがった。

 刀子は「やはり他人から技術を盗むのが強くなる秘訣なんですね」と感心して勝手にアリスの株を上げていた。しかしてその実態は、単にアリスが決闘したら楽しそうな強いプレイヤーを知りたいだけだった。

 考えは違えど盛り上がる二人を複雑な思いで見ていたのがサーニャだ。会話に混ざろうにもどう入ればいいか分からないし、何よりアリスが楽しそうだから邪魔をしたくない。けれど、彼女を取られてしまったようで面白くない。板挟みになりながら、結局は静観することしか出来ずに居た。

 ある程度動画を見たところで刀子が切り出した。


「それでですね、アリスさん。実は決闘の約束なんですが……」

「今からやる? いいよ、やろう!」

「いえ、そうではなくて。今日は決闘を辞退しに来たんです」

「どうしてっ!?」


 もの凄くショックを受けた様子のアリスに、刀子は申し訳なさ気に続ける。


「正直、昨日のクエスト中にこの動画の場面を見るまでは良い勝負になると思ってました。でも、今はとても勝負になるとは思えません。こちらからお願いしておきながら、勝手な事を言ってるのは重々承知してます。本当にすみません」


 言って、刀子は頭を下げる。


「アーツコンボがズルイって思ってるなら、それやらないから! それなら――」

「嫌です!!」


 モンスターと戦うのはもちろん、対人戦も好きなアリスは焦ったように妥協案を出して何とか決闘をしようとするも、刀子は強く拒絶する。

 アリスの中で何かがスーッと抜け落ちていく感覚が生じた。

 過去、別のゲームにおいても、アリスがあまりに上手過ぎて対戦相手が逃げ出すことは少なからずあったし、時にはチーターだとか罵られることもあった。そういうとき、アリスはいつも思うのだ。ただゲームを楽しみたいだけなのに、そんな寂しいことをしないでほしい。言わないで欲しい。

 繰り返す内にそんな思いをしたくなくて、いつの頃からか彼女は最上級プレイヤーとしか戦わなくなった。先ほども自分のはそっちのけで上手い動画にばかり興味を示したのはそれが理由だった。

 だから本来なら、少し前にサーニャとした決闘だってアリスの中では有り得ないこと。有り得ないことのはずだった。なのに例外的に戦ったのは彼女が真摯だから。そして何より、隣に並びたいと言ってくれたから。嬉しくなって、つい、提案していたのだ。

 刀子に関しては自分から挑んできたものだから期待したのだが、どうやら大外れだったようで、興味が失せかけたときだった。


「私は――全力のアリスさんと戦いたいんです! でも今は……今の私では勝負になりません。そんな私と戦うことで、あなたをがっかりさせたくないんです!!」

「刀……子……」

「ですからどうか、時間を下さい」


 懸命に頭を下げる刀子を目の当たりにして、彼女は少し違うのかもしれないと、アリスは踏みとどまった。


「うん、わかった。じゃあ待ってるから!」

「ありがとうございます。本当にすみません」

「もう気にしなくていいよ。それと――決闘を辞退するって聞いて、PSを理由に逃げる人なんだなって思っちゃった。だから……ごめん」

「いえ、それは事実ですからアリスさんが謝る必要はありません。ですが――この羽織に誓って、必ずあなたを満足させられるくらい強くなって挑みに来ます!」

「絶対だよ! 楽しみにしてる!」


 そうして去っていく刀子を笑顔で見送るアリスは、彼女の言動が相手をリスペクトしているからこそなのだと理解した。そんな彼女との間にわだかまりを残したくは無かったし、残したつもりも無い。

 けれど残念な気持ちは拭いきれず、表情には寂しさが滲む。心中を何となく察したサーニャはそっと寄り添うように傍に立った。何も言わず、ただアリスの様子を伺う。

 それに気付いたアリスが少々気不味そうに口を開く。


「あはは……何か変なトコ見せちゃった、ごめんね」

「私はいつもの元気なだけじゃない貴女が見られて良かったけれど?」


 言って、サーニャは自分でもちょっとクサい台詞だと思っただけに内心、恥ずかしさが込み上げてくる。

 それが受けたのか、アリスが吹き出した。


「サーニャってば私のこと好き過ぎじゃん!」

「え、な、ちょっ――」

「ふふっ、ありがと! ねえ、サーニャ」


 あたふたしているサーニャに向かってアリスが手を差し出した。意味が分からず困惑する彼女に、ニッコリと笑顔を浮かべて、言う。


「転移結晶まで連れてってくれるんでしょ?」


 しばし目をパチクリさせて、すぐに戻して「ええ」と微笑むと、サーニャはその手を優しく取った。

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