第18話 リノ・セレスティア・ファイザリオン
リーヴァスが執務机の上にあるインターフォンを押すと、右手にある扉が開き、二人が部屋の中に入ってきた。一人は背の高いフォーマルスーツを着た初老の男性で、白髪をポニーテールに束ねている。そしてその足元には、青いドレスを着た可愛らしい女の子が立っていた。右手にクマのぬいぐるみを持ち、髪の色はオレンジに近い金髪で、肩まで伸びたセミロングの髪をきれいに揃えている。
唯一人と違うのはその肌の色と目だった。二人共がライトグレーの肌を持ち、目は白目がなく真っ黒な大きい瞳がアシュレー達を見返していた。リーヴァスが少女の横に立つ。
「紹介しようアシュレー君、こちらは惑星エイギスの第二王女、リノ・セレスティア・ファイザリオン王女だ」
アシュレーはその名を聞いて呆気に取られた。
「ファイザリオンって...それってまさか、惑星エイギスの王族トップに君臨している、あのファイザリオン家のことか?!」
「そのとおりだよアシュレー君、よく知っているね」
「へっ!こんな事俺じゃなくても知ってまさぁ。惑星エイギスは、ワームホール航行に必要なハイパードライブの燃料となる鉱石”ブルースパイス”の産出国。今やこの銀河系で最も重要視されている星ってね。その資源の全てを握っているのがファイザリオン家。確かあの国は今内戦中と聞きましたが...そのご令嬢がこんな所にいるのも、それが理由ですかい?」
「察しが早くて助かるよアシュレー君。あの国は今、王位継承権を巡って泥沼化した争いが続いている。それだけに留まらず、王族制の撤廃を求めたレジスタンス軍までが内戦に加わり、事態は混迷としてきているのが現状だ。王位継承権のトップにいた第一王女が暗殺され、身の危険を感じた次点王位継承権を持つリノ第二王女は密かに星を脱出し、銀河連邦艦隊に保護を求めてきた事で、我々ヘイムダル社もひと肌脱ごうと言う事になった訳だ」
アシュレーは、先程から不思議そうに顔を見つめてくる少女を見返しながら、リーヴァスに視線を移した。
「ならば結構。このままイスランディアで保護し続ければいいじゃありませんか。俺達の出る幕はねえ」
「ところがそうも行かなくなったんだよ。知っての通りこのイスランディアも、銀河連邦艦隊の所属となっている。そしてブルースパイスの供給が不安定になってきた事を受けて、我々銀河連邦艦隊は事態を平定するために軍事介入する事になった。我々としては、今まで通りファイザリオン家主導のもとにブルースパイスが供給される事を願っている。当然このイスランディアも戦地に赴く事になるだろう。万が一に備えて、王位継承権を持つ王女には戦端から遠ざける必要性が出てきた。ここまで話せば、もう後は分かるだろう?」
「...つまり、惑星エイギスの争いが沈静化するまで、この子の面倒を見ろと?」
「当然それに見合ったギャラは支払う。この仕事はかつてないほどの巨額になるという事だけ言っておこう」
「...なるほど、通信を使わずわざわざショートワープしてきた理由が分かりましたよ」
「どうだいアシュレー君、引き受けてくれるかい?」
アシュレーは頭を抱えた。こんな時イオに相談がしたかったが、とてもそうさせてもらえる雰囲気ではない。アシュレーは首を大きく横に振った。
「...いやリーヴァスさん、折角ですがお断りさせていただきやす。そんな大それた仕事、はいそうですかと簡単に引き受ける訳にはいかねえ。それにこう見えてもうちは忙しいんでね。子守をしている暇はないんでさあ」
それを聞いてリーヴァスは更に詰め寄ってきた。
「そう言わずに頼む、ウェーブライダー。大それた仕事だからこそ、君しか頼める相手がいない。かつて銀河連邦艦隊で最強だった男だからこそ、私は君に託したいんだ。どうか、どうか首を縦に振ってくれ」
「ったく、困りましたね...」
「こんな事は言いたくないのですが、もしこの依頼を断った場合、軍の試作機であるウートガルザ号の飛行許可証を停止する事も視野に入れています」
「なっ...きったねえ〜!そりゃねえぜリーヴァスさん!」
「元々は私の口利きで、あなたの手に渡った機体です。それをどうするかは、自ずと私が決められる事もお忘れなきよう」
「そこまでして依頼を受けさせたいのかよ!」
アシュレーが頭を掻いていると、下からズボンの裾を引っ張る感触がした。ふと下を見てみると、いつの間にかリノ王女が足元まで来ていた。それを見てアシュレーは腰を屈め、リノ王女と目線を合わせて頭を撫でた。
「どうした?王女さん」
「おじちゃん、手。手。」
「ん?手がどうかしたか?」
するとそれを見ていた執事が前に出てきた。
「ご存知ないかも知れませんが、我々エテルナ人は遠くデスパダール人の血を継いでおります。王女様は相手の手に触れる事によって、その心を読むことが出来る不思議な力をお持ちなのです」
「おじちゃん、手。手出して」
少女は笑顔でアシュレーにせがんできた。何をされようが依頼は断るつもりでいたアシュレーは、少女に右手を差し出した。
「こうでいいのか?」
「うん」
リノ王女がアシュレーの手を握った瞬間、全身が痺れるような感覚に襲われた。目の前が白濁し、それと合わせて見知らぬ土地の風景が見えてくる。広い原っぱの木の下で、一人の少女がうずくまり泣いている光景が見えた。そして急激に場面が移り変わり、今度は宮殿の中のような食堂で、少女がひとりぼっちで食事をしている光景が映る。その表情はどこか固く、まるで寂しさを覆い隠すかのように、作り笑いをしている様子が見えた。
次に場面が切り替わり、舞踏会をしている様が見えてくる。少女は踊る相手を探していたが、少女の周りだけ空白が空いたように人が避けて通っていた。アシュレーにはその理由が分かっていた。手を触れて心を読まれることを嫌ったのである。そしてそれを横から見ていた執事が素早く王女の元へ行き、少女の手を取り楽しげにダンスをする光景。少女は一生懸命作り笑顔をしながら、その日その日を過ごしていた。
次の場面ではそれも限界に来たのか、部屋のベッドの上で泣き崩れる少女が映った。ベッド脇にいた執事が少女の背中をさすり、慰めている。そしてカテドラルで棺に入る一人の美しい女性の亡骸を見てまたも泣き崩れる光景、惑星を脱出するためにボロ切れのようなローブをまとい、執事と共に密航船に乗り込む場面が映った。
白濁した視界が元に戻っていく。王女の過去を見たアシュレーは、手を握るリノ王女を見た。(と言う事は、この子も俺の過去を見たのか?)と一抹の不安が過ったが、アシュレーはその顔を見て絶句した。
リノ王女は笑顔のまま、涙を流していた。泣き顔を見せまいと必死に作り笑顔をして泣いていたのである。子供がしていい表情ではない。アシュレーはそれを見て片膝をつき、ポケットからハンカチを取り出すと王女の涙を拭ったが、それでも絶えず涙が流れ続ける。王女は握ったアシュレーの手にグッと力を込めると、震えた声で言葉を振り絞った。
「おじちゃん、助けて」
「え?」
「リノ、お家に帰りたい。静かなお家に帰りたい。でも星のみんなが戦争してて、危ないからってドノヴァンに連れてこられたの。今星を出ないとリノも殺されちゃうからって」
「ドノヴァン?」
「それは私の名です、アシュレー様。ドノヴァン・E・デックウィルと申します」
執事が腕を前に掲げてお辞儀した。
「おじちゃんも、たくさんたくさん寂しい思いをしたんだね。あたしには分かるよ、戦争でお友達がたくさん死んだんだよね?」
「ああ、まあな」
「おじちゃんなら怖くない。リノ、信じられる。だからおじちゃんお願い、あたしたちのこと助けて」
「こ、困ったな...」
するとアシュレーの後ろからそれを見ていたミカが、アシュレーの右腕を握った。
「ねえパパ〜、リノちゃん可愛そうだよ。助けてあげよ?」
「え?...うーん、一度ママに相談してみてからじゃないとなあ」
ミカは前に出て、リノの小さな手に自分の手を添えた。
「あたしはミカ、よろしくねリノちゃん」
「ミカ...ちゃん?よろしくね」
「そのクマのぬいぐるみ可愛い〜!」
「モックって言うんだよ〜、はい、貸してあげる」
「わ〜、ありがとう〜!」
「ミカちゃん、年はいくつ?リノは8才」
「あたしは7才だよ〜、リノちゃん一個お姉さんだね」
「そうだね〜」
ふと気がつけばリノ王女は泣き止み、子供らしい笑顔になっていた。やはり同年代の子供同士の方が気兼ねなく話せるのだろう。アシュレーは腰を上げて、人間の子とエイリアンの子がはしゃぐのを微笑ましく見ていた。
「...二人でいいのか?」
「え?」
リーヴァスは唐突な質問に戸惑う。アシュレーはため息をついて再度問い返した。
「だから、護衛対象はリノ王女とドノヴァンの二人でいいのか?と聞いているんだ」
「...引き受けてもらえるのか?!」
「ああ。但し一つ約束しろ。俺達ウートガルザ号のクルーは銀河系の各地を飛び回っている。つまりクソ忙しいってこった!船の中では、俺の命令には絶対服従してもらうぞ。いいな王女さん、ドノヴァン?」
「おじちゃん!ありがとう、ありがとうね」
「感謝致します、アシュレー様!!」
リノ王女は上を向いて、アシュレーのズボンにしがみつく。その小さな頭をそっと撫でて、リーヴァスに向き直った。
「それとリーヴァスさん、肝心のギャラの件だが、いくら出すつもりだ?」
「前金で8000万クレジット、任務完了後・つまりリノ王女が無事王位を継承された暁には、更に8000万クレジットを支払おう」
「つまり一億六千万クレジットだな。ビタ一文負けないから覚悟しといてください。耳揃えて支払ってもらいますぜ」
「ああ、言うまでもないことだが、その代わり命に変えてもリノ王女を守ってやってくれ。頼んだぞアシュレー君、いや、ウェーブライダー」
こうしてウートガルザ号に新たな乗員、リノ王女とドノヴァンの二名が加わった。アシュレー達はこれが波乱の幕開けになろうとは、この時知る由もなかった。
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