第6話 120年に一度咲く「竹の花」
「全く……バーナー・ブレードもジェット・ウイングも、作り出したのはこの私だぞ。ならば、壊し方を知っているのも当然という訳さ」
おれの背中のジェット・ウイングからバキバキという音がした。機体から茨がたくさん生えて、おれの身体にもまとわりついてくる。
「そいつが使っている燃料のバイオエタノールには大量の種子が仕込んである。元々、その燃料も『精霊成分』の力を応用したものだからね。私がちょっと合図を送るだけで全機能が停止するのさ」
自慢げに説明しながら、茨木元隊長はゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「安心しなよ、君は功労者なんだ。今までのお礼に私が直々に種付けをしてあげる❤ これからは一生、苗床として大事に飼ってあげるからさ♪ その為にも、まずは残った邪魔な左腕と左脚もちょん切っといておかないとね」
「ぐ……あ……、来るな……来るなぁッ……!」
もうおれの右半身の感覚はほとんど失われていた。武器も移動手段も失くしたおれは、みっともなく血溜まりの中でイモムシのようにもがくことしかできない。
ああ―――
おれも、もうすぐあの肉塊みたいになるのか。
向こうの床にはさっきおれが切り捨てた蝕虫植物たちの肉片が転がっているのが見える。その肉片の中からは人間の手や足が飛び出ていて、たくさんのうめき声が響いていた。
「私が憎いかい? 笹切上等、でもみんな君のせいなんだよ。私は言っといた筈だよねェ、『くれぐれも先走った行動は控えるように』と。だが君はそれを無視して単独行動で罠へと突っ込んで行った。その結果、君を追って来た仲間たちもまとめてコンクリの下敷きとなったワケだ。これはどう考えても君のせいだよねェ……?」
「あ……う……、おれの……せい……?」
「ここに散らかっている人肉たちもそうだろう? 斬り落としたのは全部君じゃないか」
「そん……な……」
「街の蝕虫植物たちだってそうだろう? 君は必要以上に殺しまわっていた」
「う……あ…………」
「全部、君が悪い。君が君が君が君が君が君が君が君が」
「うわぁああああああああああああああぁッッッ!!!!!!」
ムチが振り下ろされるのが見えた。
何でもいい、
この地獄から離れたい。
このまま死んだ方がマシだと思った。
「――――それは違うわ、槍矢!」
突然どこからともなく、その懐かしい声は廊下に響き渡った。
「―『竹盾』― 門松の舞!!」
次の瞬間、目の前に何故か数本の竹ヤリが出現した。なんと一瞬のうちに床を突き破って生えてきたのである。
それらは盾となり、ムチの攻撃を防いだ。
「なんだと!?」
「アナタは間違っているわ! 茨木隊長! アナタは植物たちの代弁者とか言って、世界に自分の理想を押し付けている偽善者に過ぎない!! だって少なくとも『ワタシ』は、人間が滅べなんて思った事は無いもの!」
その声は咲耶のものだった。あのコンクリ塊の下敷きになったところから這い出てきたとでもいうのだろうか。すでに服はボロボロで、左腕は無くなっており、あちこちから血が滴り落ちている。だがそれでも、しっかりと右手で竹の盾を支えて離そうとしないその姿は、間違いなく咲耶だった。
「呉竹上等、まさか君の正体は、かぐや姫伝説の元にもなったとも言われる『竹花の精霊』そのものだったとはな。道理で君だけは何処を探しても見つからなかった訳だ。てっきりまだ120年間の眠りについていたのかと思っていたが、実はずっとその男の傍にいたとはね……」
茨木元隊長は驚愕の事実を口にしながらも、ムチを振る手を止めようとはしない。竹の盾がピシピシと割れてゆく音が聴こえた。
「そっちこそ、まさか山の精霊たちから力を持ち出した真犯人が隊長だとは思わなかったわ」
しかし、咲耶も負けじと次々に床から竹を生やして、ついには竹垣のような城壁を築いてしまう。
「咲耶……お前ってば本当に、あの十年前の竹の花なのか……?」
「ええ、その通りよ。今まで黙っていてごめんなさい。ワタシ、槍矢に謝らなきゃいけない事がたくさんあるわ」
咲耶は振り返らずに、おれへと衝撃の告白をする。
常識ではとても信じられない話だった。だが一方、心のどこかで驚く程すんなりと受け入れている自分がいた。心当たりのある点が今までにもたくさんあったのだ。
「実は十年前のあの日、槍矢の左足を竹で貫いたのはワタシがしたことなの」
「えっ……それは……」
「あの日、ワタシは山から植物たちの侵攻が始まる事を知っていたから―――アナタをそのまま家に帰したら殺されてしまう事を知っていたから……。アナタを引き止める為にあんな手段を取ってしまったの。本当にごめんなさい。どうしてもアナタを死なせたくなかった。アナタのことを守りたかった。ただただ、それだけなの……………………」
咲耶はおれの方へと振り向いて、涙ながらに衝撃の告白をする。だが、おれはその真相を聞いても不思議と、咲耶を恨んだりするような気持ちにはならなかった。あの時の怪我は死ぬ程痛かったのは確かだが、あの後一週間くらいでキレイさっぱり治ってしまったのもまた事実だった。今にして思えば、おそらく咲耶がタケノコの葉を巻いて、精霊の力とやらでも行使したのだろう。おかげで、あれ程の大怪我だったのにも関わらず、おれの左足には傷跡一つ残ってはいない。
「なんで……なんでだよ! どうして咲耶はそんなにのおれのことを庇おうとしてくれるんだ!? お前も元は植物側の存在だったんだろ!? だったら、どうして人間のおれを守ろうと………………」
「――あの時、槍矢がワタシのことを『綺麗だ』って言ってくれたから――」
溢れ出すおれの疑問に、咲耶はハッキリと答える。
「ワタシはとても小さく、地味な花だった。あのまま誰にも見られず、ただ枯れてゆくだけの存在。そんなワタシをアナタが見つけてくれた。綺麗と言ってくれた。それがとても嬉しかったの。だから、ワタシはただアナタに伝えたかった、『見つけてくれてありがとう』と――――」
咲耶は頬に涙を伝わらせながら、おれへと微笑みかける。
「……咲耶……、その為だけに人間に…………」
全てを察したおれは、その告白を黙って受け入れる。
「ワタシの精霊の力は『枯死と再生』。古来より凶兆の印とされた、災厄の花。でもだからこそ、この竹害の力だけがアイツに対抗できる唯一の手段なの」
咲耶は涙を拭いて顔を上げると、決意を秘めた声で話し出す。
「アナタにこれからワタシの最期の力を託す。」
竹垣の防御壁の外では、まだ茨木元隊長の激しい攻撃が続いていて、次第に竹垣の割れてゆく音が大きくなっていた。
「無茶だ……そんな身体で……!」
「どのみちワタシはもう永くないの。今までも人の形を保っていられたのが奇跡みたいなものだから……」
そう言いながら咲耶は倒れているおれの元へと近付いて、跪く。やがて、彼女の身体は光を帯びはじめ、その右手の光がおれの傷口を優しく包み込んだ。
「大丈夫よ。槍矢ならきっとアイツを倒せる。ワタシは消えちゃうけれど……、アナタの手となり足となって、ずっと傍にいるから………………。だから―――どうかアナタは生きて―――――――」
辺りが眩い光に包まれ、咲耶は光の泡となって消えていく。
「――咲耶あぁあああああああああっ!!!」
おれが再生した右手を伸ばした先には、もう彼女はいなかった。
その直後、竹垣の破壊される音が聴こえた。そのままムチは竹垣の破片とともに傍の床へと叩きつけられて、辺りには砂埃が舞う。
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