第4話 呉竹咲耶の願い

 作戦当日の早朝、また今日もこの曇り空と湿気がうっとおしいが、蝕虫植物の方も日光が弱いと動きが鈍るので、作戦にはむしろ好都合な朝だった。


 以前、そのホテルは都内でも有数の高級ホテルだったらしい。今となっちゃあ全体が恐ろしく太い茨たちに血管のように絡みつかれて見る影もないが、その高層ビルの存在感は周りのビルと比べて凄まじいものだった。 


 すでにホテルの正面前を狙える位置、近隣のビルの屋上には各員が配置完了しており、後は茨木隊長の合図を待つだけとなっていた。


「隊長、こちら呉竹討伐班もいつでも突入できます」


「よし、了解した。それでは作戦開……始!?」


 隊長の合図が言い終わるか終わらないうちに、おれはジェット・ウイングを全力で噴かす。


「うおおおおおおおおぉおおおッ!」そのまま裏口付近にいた3体程の蝕虫植物や茨を一気に閃光のごとく、バーナー・ブレードで薙ぎ倒す。


「へっへーん! 先にラスボスをやっちまえば、こっちのもんだぜ!」


 そのまま裏口のドアを蹴破って怒涛のごとく突入する。


「ちょっと!? フライングよ槍矢!?」


 咲耶の焦った声が通信機越しに聞こえるが無視して、広い廊下を突き進む。


「はァ~ッ……まぁ、大方こうなっちゃうだろうとは予測してたけどね……。もういい呉竹班長、こうなりゃ笹切上等には好きに暴れてもらえ。その方が殺しまくれるだろう」


 呆れたように吐き捨てる茨木隊長だったが、すぐに目の前の戦況に頭を切り替えて冷静に指揮を執る。すでに戦闘は始まっているようで、必死に奴らと交戦している隊員たちの声がマイクの奥から聞こえた。


「おれが速攻でケリをつけてやる……急がねえと……」


 事前に確認したフロアマップによると、球根のあるエントランスホールはこの廊下の先だ。おれは全速力で廊下を駆け抜けてそのエントランスホールへと躍り出た。


「えっ……! これは……?」


 しかし、そのエントランスホールの中を見た私は戸惑う。中はもぬけの空だったのだ。隊長の話や写真で知らされた情報とは全く違い、どこにも親玉の巨大球根なんて痕跡すらも見当たらなかったのである。そこには廃墟になって伽藍洞のエントランスホールがあるだけだった。その想定外の光景におれはどうしたらいいか分からなくて、茫然と立ち尽くす。


「――ちょっと! 待ちなさいよ槍矢……!」


 ようやく後から追い付いて来た咲耶と他の班員たち十名が不機嫌そうに中へ入って来る。 


「ってあれ? 例の球根はどこなのよ? もう槍矢が倒しちゃったの?」


「いや違う、おれが来た時にはこの状態だった」


「じゃあ、あの隊長の情報は間違っていたというの? もしかして、違うホテルの話なのかも…………」


「そんな筈はない、写真資料まであったのに見間違えるワケがない。写真が撮られた場所はここで間違いないんだ」


「となると、親玉はどこかへ移動したって事なのかな……」


 みんなして手掛かりを少しでも探す為に、エントランスホールのあちこちを歩き回る。しかし、足元には茨の一本、葉っぱの一枚すら落ちてはいなかった。


「仕方ない……ここは一旦戻って、隊長に報告を……」


 拍子抜けしたおれはバーナー・ブレードをしまい、踵を返して出入り口へと歩き出す。何故かここの部屋は電波の通りが悪いらしく、さっきから通信が繋がらなくなっていたので、少し一度外に出る必要を感じた為だ。


「えっ! あ…………あああああああああっ!」


 その時、吹き抜けの天井をふと見上げた咲耶が、声にならない悲鳴を上げる。おれもその視線の先を追おうと振り返ようとするが、その前に自分の身体は宙に浮いて、吹き飛ばされていた。


「なあッ……!?」


 おれを突き飛ばしたのは咲耶だった。その衝撃でおれは部屋の出入り口の外へと転がり出る。


「逃げて! 槍矢!」


 そんな咲耶の叫び声が聴こえた直後だった。


 凄まじい瓦礫音とともに、目の前の咲耶や班員たちは、その部屋の落下してくる天井に押し潰されていった。

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