第2話 強制結婚、冠婚課の女。

「女か……!? 生を司る冠婚課の者がどうしてここに!?」


  思わぬ国際機関の人物との遭遇にこの執行官の自分といえども戸惑いを隠せない忍武。葬祭課と冠婚課ではそもそも区画からしてやってるとこが違う。高齢化人口の処理については各国自治体のノルマに任せる感じだが、出生率にあたっては自国のエゴで勝手に人口爆発が起こっては困るので、国際機関であるWHO(世界保健機構)がそれを調整していたのであった。


「動かないで! 撃つわよ!!」


  さっきからこのエージェントは二丁拳銃の銃口をピッタリと定めて目を離そうとはしない。


「くっ! ここに冠婚課が来るなんて管轄違いもいいところだぞ。ここら一帯はかな

りの高齢化地帯だからな。それに俺たち自国の葬祭課の邪魔をしたとなれば、内政干渉もいいところだ」


  さっきまでこの人物を自分と同じ執行官だと勘違いしていたせいで、その油断から先手を打たれた忍武は動けずにいた。


「この銃、”キューピッドの矢”の弾にはある特定の異性との個性や遺伝子情報などの”固有値(アイデンティティ)”が仕組まれている。

すなわち『恋愛フラグ』であるコイツをアナタの精神体に直接撃ち込むことでこちらの機関が用意した好きな相手と強制的に見合いをさせて惚れ込ませることが出来るのよ。さぁ、アナタはどんな家庭を持つのがお似合いですかね…………ウフフ……」


 その二丁拳銃の能力を説明して相手を脅しながら不敵に笑う瑠璃(るり)。


「チッ……人の人生を勝手に決めやがって…………オメーらこそプライバシーを侵害してるじゃねーか。前から他人の精神心理に干渉してくる冠婚課のヤツらは気に喰わないんだよ! それに俺はまだ結婚なんてゴメンだね!!」


  この出しゃばりなエージェントに対して忍武は明らかな不機嫌さを隠そうともしない。葬祭課こそ人の人生を決めていると反論されるとそれはそうなのだが、老害をいつまでも残しといたまま彼らに若者たちの人生を勝手に決められると社会が停滞化して回らなくなってしまうのだ。


「………………仕方無いでしょ…………」


  ほんの少しの沈黙の後に、彼女は何かを思い詰めたように喋り始める。


「2045年、極度の少子高齢化に苦しむ日本はその状況を打破するためにある強硬策を断行した。それが『冠婚葬祭』政策よ。しょせん、自由恋愛ならばいつか理想の王子サマが現れるなんてのは幻想に過ぎなかったのよ! 自由市場に任せても出生率は低下してゆくばかりだった。かつて戦前の自由経済主義では世界恐慌の発生を止められなかったように、近年のいわば”恋愛恐慌”でも解消にはケインズ的な政府の公共事業を必要とした」


  彼女は歴史的ないきさつも交えて忍武を説得しようとする。


「それがフラグシステム”昇降演算子”。人体の細胞を活性化させるフラグや自死する死亡フラグのスイッチを上げ下げする事で人の生き死にを制御して人口を調整するシステムよ」


飽食と情報が溢れて他人に興味を無くした若者たちにとってもはや自然恋愛なんてものは絶滅危惧種となって出生率は絶望的なまでに下がりつつあったのも、異常なまでの高齢化率したこの人間社会もまた事実だった。


「けどやっぱり、80歳以上の老人の安楽死を認めたこの国の殺人法律に私は納得できない。その危険な剣はこちらで回収させてもらうわ」


「ハァ…………」


  だが忍武は瑠璃の感情的な葬祭課への非難に対してため息をつく。


「……『死』とは”相転移”現象だ。気体から液体へ、液体から個体へ変わる瞬間の温度のようにある時点で急激に変化する。そして、それは当然ながら必ず痛みを伴うものだ。誰もが望むような老衰でのポックリ逝きなんていう都合のいい自然死は現実には存在しないんだよ」


 仕方なく忍武は自らの死亡フラグシステムの必要性を説き返す。生まれる者を増やしたいと思うならばその分、老いた者を減らさないといけないのは現実として当然の帰結だ。


「しかし、それを人工的に可能にした発明がこの死亡フラグ昇降演算子である剣、『デーモン・コア』だ。普通の死の”壊死”(ネクローシス)とは違って、痛みは一切無い。細胞レベルで調整された放射線が”自死”(アポトーシス)を引き起こして全身の垢を燃やし尽くすように浄化した安らかな眠りを与える」


「そんなのはただの言い訳よ! 死をもたらすだけのモノが何も生み出すハズがない!! けれどもこの私の恋愛フラグ昇降作用素『キューピッドの矢』の銃ならば、世界を愛で満たす事が出来るのよ! 愛さえあればこの社会はなんとかなるの!!」


  そう言って彼女は再び手に持った銃を今にも発泡しそうな形相で構え直す。その銃は一見すると普通のリボルバー銃のようにしか見えなかったが、少し違う点は、持ち手の部分から落下防止の為でもある有線がホルスター近くの端末へと繋がっているところだった。よく見ると照準装置やスコープのような拡張現実ディスプレイが上部についている。どうやら生体認証や個人情報を識別する情報装置らしい。


 その彼女の使う二丁拳銃の恋愛フラグシステムを可能にしたのは高度に発達した情報学習技術だった。それぞれの人間の個性や遺伝子情報を数値化した”固有値”(アイデンティティ)と呼ばれる新システムによってその個人同士の値の相性が良いと判断された人は政府からの”見合い”制度によって結婚することなっていて、惚れ薬の弾を対象者たちに撃ち込んでそれを半ば強制的に実行してまわるのだ。


 しかし、この娘はキューピッドのような能力を手にして勘違いでもしたのだろうか? 生まれる者がいるならばその分、死にゆく者がいなければならない。彼女のナイーブな主張だけでこの現実が上手くいくとはとても思えない忍武だった。


「……フン! たとえそれが偽りの愛でもか? 俺はそんなのゴメンだね。……もう……もうあんなのは二度と…………」


 忍武はそう言いつつ、自分の過去の辛い記憶を思い出していた。それは最愛の恋人を亡くした記憶だった。ペーパードライバーの年寄りが起こした自動車事故だった。認知症で責任能力はないとして過失致死として処理された事故であったが、まるで納得できなかった忍武は自身のぶつけようのない怒りに答えるために今の執行官としての汚れ役職業についた。年寄りの為に若者が死ぬなんて間違ってる。この世の全ての老害を駆逐してやると誓った忍武にピッタリな仕事だった。


「現実の結婚なんてものはみんな妥協の産物よ。そんな事は実は女が一番よく知ってる……! 運命の相手なんてどこにも存在しないって…………」


  今度は瑠璃の声が急に涙声じみてくる。彼女もまた過去の恋人にこっぴどく捨てられた記憶を思い出していた。かつて自分が運命の相手だと信じたその男はさんざん貢がせて利用した挙句に結婚詐欺で消えたのであった。しかも、彼との間に出来た子供を中絶させられたこともある。そんな忌々しい思い出を少しでも忘れたいが為に彼女は他人の恋愛感情をいいように操る冠婚課のエージェントになったようなものだった。あの時に失った小さな命の温もりは今でも忘れられない彼女の記憶だった。


「お前なんかに人の心を奪わせない!!」


  忍武はこの思いを他人から勝手な上書きで消されるくらいなら死んだ方がマシだと激昂して剣を抜く。


「アナタなんかに人の命を奪わせない!!」


瑠璃は余計なことを思い出したせいで少し反応が遅れてしまったがすぐに平静を取り戻して銃を二丁とも忍武へ構える。忍武も負けじと瑠璃へと突き立ててどちらも動けない硬直状態に陥ってしまっていた。


  それぞれに過去を抱えて譲れない二人。しばらく互いをにらみ合い続けていた二人だったが、どこからともなくある意外な人物たちの声によって少しは落ち着くこととなった。


「これ、おやめなされよ。お若いの、貴方たちのような若い男女どうしがいがみ合ってどうするのです? 彼女のおかげで儂らもようやく大切な事に気付けたよ……」


  声をかけたのは二人の老婆と爺さんだった。


「コイツらは…………!? さっき、この瑠璃とかいう冠婚課の女が撃ち捨てた徘徊老人たち?」


  その老人たちが脳天に受けた銃弾の跡も再生していて、惚れ薬の効果で気持ち悪いくらいに年寄り夫婦のように寄り添っていた。リアルな”キューピッドの矢”の使用は一見するとどうみても殺戮のようにしか見えず、撃たれる側としては戦々恐々なのだがその効果は確かなようだった。


「そうか…………これが”遅延キューピッド効果”ってヤツか……それぞれ二つの銃で精神体に撃ち込まれた弾が修復される時に互いの”固有値(アイデンティティ)”情報が書き込まれる為に惚れ合う…………。さらにその惚れ度合は銃で受けた傷の深さによって決まる。頭や心臓の致命傷ならばそれは確定された”結婚”という結果の具合にな」


  忍武も冠婚課のこの仕組みについては話にしか聞いた事は無かったが、実物を見たことで確信へと至って一般的な説明を反芻してみる。あくまで精神体への銃撃だし、すぐ再生するからどうやらこの銃による攻撃によって人が死ぬ事は無いようだ。それでも脳の意識に直接干渉される事にはどうしても抵抗があると感じてしまう忍武だったが………………


「どう? このアタシのキューピッドちゃんによる新しい使い方は? 多少は強引だけれども、これなら孤独死は無くす事は出来る。高齢者と言えども愛で手を取り合うことができる!」


  本当の目的を明かしてしまった瑠璃は一旦、その構えていた銃を降ろす。


「……この女……本来、冠婚課は若者だけが対象のハズなのに…………その為にわざわざ管轄外のこの高齢化地区へ……!?」


  そのことに思い至った忍武は向こうで少しぎこちなくイチャついてる高齢カップルの光景を瑠璃とともに見つめる。


 だが、そんな微笑ましい姿はある突然の出来事に掻き消された。


「なんだあァ!!?」


  突然、目の前で謎の爆発が起こったのである。そこはその高齢カップルが立っていた通りの地方銀行支店の前だった。当然、現場のすぐそこに立っていた老人の二人は爆炎とガラスのシャワーに巻き込まれて一瞬にして見るも無残な焼死体になった。


「なに? 爆発!? またテロ事件!!? ああっ、老人たちが! 何もこんなお年寄りのリア充まで爆発させなくたってっ……!!」


  爆風の衝撃で前方に転倒した瑠璃はなんとか状況を確認して起き上がろうともがく。だが、彼女が倒れた先は忍武の方だったのでちょうど押し倒す形になってしまい、二人の体はもがけばもがくほどもみくちゃになってしまうのだった。しかも忍武の顔面には彼女の胸らしきものが当たっていて前が見えない。


「ええい、どけッ! クソ女!!」


  正直、今はそれどころではなかったし。このままでは埒が明かないので瑠璃を蹴り飛ばして起き上がる。


「ああん、ちょっと……!?」


  彼女の少し甘えた気持ち悪い声を聞いた気がしたが、忍武は無視してさっさと事件現場へと向かう。


「待ちなさいよ!」


  彼のそっけない態度に少々ショックを受けた瑠璃であったが、仕方なく自力で立ち上がって自分も一緒に爆発した支店の中のようすをうかがった。

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