09話 女子寮2 【2/2】

 誰かに呼ばれている。

 シュクは微小な音量の声を聞き取ろうとしていた。それは、意識だけが存在する広大な空間から探し出すモノだ。全神経を集中させ、聴覚を研ぎ澄ませる。


 「また、寝てるの?」


 声は霞がかかって認識することは難しかった。


 「おーい、聞こえているかな?」


 その声は、間違いがなければシュクの覚えがある。しかし、言葉を聞き取るのは難しい。


 「キミ、そろそろ起きて!」


 シュクは意識だけが浮遊した空間を、泳ぎ回っている。声のする方へと。

 すると、一面の暗闇の中に一筋の光が侵入してきた。それは、計測できない全長の巨大な門を思わせる壁。徐々に開かれる門からは無限の明光が押し寄せていた。

 門が開ききる途中、今までの声色とは違う鮮明な声が聞こえたのだ。


 「シュク!?」

 

 可憐な音色は奏で続けられた。



   +++   +++   +++



 頭の中に強烈な電撃が走った。


 「ハッ!?」


 シュクは勢いよく上半身を上げた。

 そこは暗闇の中――ラーミアルの部屋のベッドの上だった。月明りが入り込んだ部屋のみが、唯一の道しるべだ。

 シュクの痛みが響く頭を押さえながら、近況を無理やりに思い出そうとする。


 [確か風呂場で話している途中だったような。もしかしたら、滑って頭でも打ったか?]


 シュクの記憶は曖昧だった。


 [そう言えば、ラーミアルは?]


 急に慌てだし、薄暗い空間に目を凝らす。視覚で認知する前、静寂な空間に可愛らしい声が響いた。


 「んっ‥‥‥。おとう、さん‥‥‥」


 ラーミアルの声だった。いつもの凛々しさがなく、寝言のように砕けた声色だ。シュクは声の方へと顔を向けると本人がいた。

 ベッドに寄りかかり、顔をベッド上につけて就寝していた。漫画や映画で見かける看病する人間を思わせる態勢だ。


 「ラーミアル?」


 慎重に伺おうとする口調で、囁く。

 その声に答えるように、ラーミアルは目を閉じたまま立ち上がった。


 「‥‥‥おとう、さん?」


 完全に寝ぼけているようで、身体が左右に揺れ動いている。ふらついた足取りのラーミアルは瞬く間に飛び上がった。


 「おとーさん!」


 まるで幼少期の子供を思わせる、甘えん坊のような声だ。シュクは硬直して動くことができなかった。絶好の美少女が舞い降りてきた、から受け止めたい。ということではなく、単純に足が痺れていたからだ。


 ベッドが大きく振動し、埃が待った。唐突のことに、シュクは思わず目を閉じていた。恐る恐る目を開くと、驚きが喉に詰まった。

 「おっ、おい」

 と、焦燥感を見せる。

 ラーミアルの顔が目と鼻の先にあるのだ。シュクの身体はラーミアルによって動きを制御されていた。首に腕を回され、胸の感触が僅かに感じるくらいに接近されている。

 ラーミアルは熟睡のようで、シュクの声に反応をしなかった。

 

 [これはどうすればいいんだ。凄い良い匂いもするし。眠れない‥‥‥]

 

 シュクは呆気に取られた雰囲気で天井を見上げる。

 

 [今日一日いろいろと衝撃だったが、これは海馬に悪すぎる]

 

 暗闇を眺め、シュクは一つ深い溜め息を吐き出した。

 暗室のような静けさの中、美少女の寝息だけが鳴る。


 「おとう、さん」


 その場に存在する者に呼びかける優しい子供の口調。

 シュクは再び目蓋を閉じることにした。

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