第四話「ヒーロー誕生」

 幼少の躬冠司郎は正義のヒーローに憧れていた。

 ヒーロー番組にも夢中になった。

 彼にとってヒーローとは格好いい存在。強さの象徴。

 将来は悪をくじく存在になりたいと真剣に願っていた。

 心を正しく持てば必ずなれると信じてもいた。


 小学時代の司郎は困っている人を見かければ手助けし、いじめがあれば立ち向かった。

 だが手助けは感謝ではなく疑いの目を向けられる事もあった。

 いじめっ子との喧嘩では無敗だったが大人に叱られた。

 正しい事をしても正当に評価されない。

 嫌悪されたりいさめられたりする。

 彼は世の不条理を経験で学んだ。


 中学生になると司郎の考えは変質した。

 主張は影を潜め現実的な物の見方を身につけた。

 周りの価値観に合わせない奇異な信念は人生に損失をもたらす。

 正義の心を貫いても得にはならず、生き辛くなると悟った。

 この世には真のヒーローは存在せず、なれはしないのだと痛感した。

 その分は勉学とスポーツに励んだ。

 正義のヒーローではなく、自分の為に生きると彼は決めた。







 登校した司郎は真面目に授業を受けていた。

 疑いを持つ者はいない。

 だが本人にとって今日は特別な日だ。

 明確ながある。




 休み時間の彼は二年の教室がある階へ向かった。

 知人にクラスを聞く手もあったが、勘ぐられる形跡は残したくなかった。

 後は行動しかない。

 廊下を通り過ぎる振りをして次々と教室を覗く。司郎ならそれで見つけられる。

 校内の有名人である彼は生徒達から注目を浴びない態度を心がけた。

 歩きながら動体視力で人物を探す。

 写真の女の容姿は頭に焼き付けてある。


 目を動かし照合。

 目を動かし照合。


 機械並みの素早い処理が連続で行われる。

 瞬間、一人の女子生徒に焦点が絞られた。

 写真の女同様の優れた容姿。

 司郎は確信した。


 ――この女が


 同時に彼女が殺人鬼という裏付けにもなった。

 即座に思考を変容させる。


 ――声をかけるなら女子がいい。


 迅速な決断で教室入り口付近にいた二年の女子に声をかける。


「ねえちょっとキミ、いいかな」

「え、あ、はい」


 そでを軽く引っ張り、教室内から死角になる位置に誘導した。

 彼女は驚いてから、彼を知っているという顔色を見せた。

 憧れと照れが混じった乙女の表情。

 こういう時、知名度の高さは役に立つ。


「キミのクラスに木徳直人って男子はいる?」

「あ、ああ……。はい、いますよ。今日は休んでますけど」


 彼女は落胆した顔つきになる。司郎は聞き出せた事以外は無視した。

 更に聞くと木徳は一週間近く休んでいるという。


「――ありがとう。特に他意はないから気にしないで」

「はい」


 しょんぼりして教室に戻る女子を尻目に三年の教室へと足を向けた。

 彼は既に決めている。

 次にどうすべきかを。




 司郎は射場へ訪れていた。

 今日も和弓を射る姿勢に入る。

 格好も動作も日頃と同じ。心構えだけ違っていた。

 皮膚に痒みが起こる感覚を思い出す。

 神経がとがる精神の有り様。

 矢がぼうっと光る。

 青白い光。オーラの揺らぎ。

 動じない。力の高まりを感じる。

 矢を放つ。

 音もなく飛ぶ。

 瞬間的に察した。

 いつもより何倍も速い――

 青白いオーラに包まれた矢は音を残さない。

 心地よさを感じる頃には矢が的を貫通していた。

 続けて何度となく射る。

 矢が次々と的を貫通して潰れる。

 彼は思った。


 ――的は廃棄。理由をつけて顧問にまた用意させる。







 帰路の途中で司郎が呟く。


「数日内には使いこなす」


 ――目的を達成するにはいくつか考えなければ。実験を兼ねた実践も必要だ。

 矢を強化する能力は今までの弓矢と同じ様に扱える。コンパウンドボウでも同じだろう。

 能力の使い方は上々。連続で使っても違和感がなくなった。皮膚や精神の状況も気にならない。

 問題は発現の能力。

 初めて発現した時は簡単にできたと思ったが、実戦なら時間がかかりすぎる。

 より速い発現。

 イメージは西部劇のガンマンの早撃ちスタイルだ。

 気づいた時には抜いている。気づけば発現が完了された状態。

 でなければ矢も素早く発現できない。連射も。

 それに普段は動かずに的を狙うが、実戦ではそうもいかない。

 相手は動く。こちらも動いて相手を狙う。


「それは後だ」――まずは発現スピードを速める。




 彼が家に帰るとまた泉が出迎えた。


「今度な」

「えっ? ちょっ、もー」


 妹が何か言う前に部屋へ向かう。部屋でさっと準備して玄関へ。


「暫く出かける」

「どこ行くの? 夕飯は?」


 泉と質問を置き去りにして家を出た。

 目的地は決まっている。

 すべき事も定まっていた。




 家や学校から少し離れた所にある神内区立公園。

 夜の姿となった公園には人の姿も少ない。照明もまばらで司郎の想定には最適だった。

 木の下、比較的暗がりで彼が構える。

 集中すると皮膚がざわついた。

 闇夜から切り離され黒光りする弓矢の発現。ここまでは前回と同じ。

 司郎は弓を天に向けた。

 矢を放つ。

 音もなく黒い矢が飛んでいく。

 体感で速度を測る。


「速度は並みの矢と同じか」


 目で黒く光る矢の軌道を追う。

 普通の矢は放物線を描いて地に落下するが、黒の矢は真っ直ぐ飛んで見えなくなった。

 一度弓を消す。存在しなかったかの如き消失。

 刹那、再び構える。発現――

 先程よりスピードが早まった。


「このイメージだ」


 消したり出したりを繰り返す。

 馴れたら次は標的を決めて狙う段階。

 まずは手近にある木。

 消す、すぐに出す、近くの木に向かって射る。

 矢は吸い込まれる様に木を貫通してどこかへ消えた。

 彼は木肌を確認した。穴も何もない。

 次は数メートル先にあるベンチを狙った。

 消す、出す。更に素早く射る。

 矢はベンチを通り抜けた。地面に刺さるかと思いきや吸い込まれて消えた。

 確かに物体を透過する。

 射程も知りたいがすぐ消滅する矢では視認できない。


「流石に分からないか」――把握できる可能性はあるが。


 諦めて通常の矢と同じ射程とした。

 何より大抵は司郎が視認してから射る。目に見える範囲の距離という事だ。

 能力の扱いにも慣れてきて、残す試行は一つになった。




 彼は考えあぐねていた。

 無関係な人間に射る事はできない。このまま実戦に持ち込むのも嫌だった。

 効果をどう試すべきか――


「どうする」


 視界にとある存在が映る。

 公園内に入り込んだ野良犬だ。

 食べ物でも探しているのか、うろちょろと歩く犬は物の匂いを嗅いでいる。

 司郎はこれをと受け取った。


 蠢く闇の弓矢を構える。

 葛藤はない。

 必要な尊いだと解釈した。


「殺人を止める為だ」――人を助ける。


 標的に向かって矢を放った。

 間に障害物もない。

 放たれた矢は的に向かって飛んでいく。

 数瞬して鳴き声が聞こえた。

 彼は標的がどうなったか確認する必要があった。

 的が倒れている。

 

メスか」


 命中した腹部周辺を触った。

 骨は確実に折れている。


「内臓はどうだ?」


 強く押した。

 標的が痛そうに呻く。

 情報通り内部へ損傷を与えている様子。

 立ち上がって再び弓矢を構える。

 葛藤はない。

 連続的に矢を撃ち込む。


 もう鳴き声はしなくなった。


 黒の弓矢の効果、その威力で生き物を殺せるのだ。

 次に司郎は、動きながら射る練習に入った。




 彼は一つだけ見落としていた。


 犬に向かって矢を放った時。

 連続的に撃ち込んだ時。

 死を確認した時。


 僅かに恍惚としていた。


 加虐のを得た事実を。司郎は無意識に、感じない振りをした。

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