76、介入

「さて、今日はこの辺りで。のぉ社長?」


 反吐が出る程に自己中心的で悦に入った議論がしぼむように終息、重役のトップが言う。最低限の体裁を保つ為だけの、同意しか許されない問い。ベルンは小さく唇を噛みしめる。


「……みなさま、お疲れさまでした。今日は雪で足下が悪いので、こちらで送迎の手配を」

「お待ちください、社長」


 一瞬、それが幻聴なのかどうか分からなかった。


 この場にいる者以外の立ち入りが許されていない特別会議室に新たな声が加わったから……ではない。その声が、聞き慣れた〝彼女〟のモノだったからだ。


「……ま、さか……」


 いつもと同じグレーのスーツを纏った彼女。本来は天真爛漫な性格なのだけど、秘書の仕事をしている間は無理をして沈着冷静な仮面を被っている彼女。


 見間違えるはずもない。ベルンの愛する娘が、静かにそこに佇んでいた。


「ウェ、レイ……! 良かった、よくぞ無事で」

「貴様、何故ここにいる!」


 歓喜に打ち震えるベルンの声を打ち消す、怒声。腰かけている椅子を薙ぎ倒す勢いで、重役のトップが立ち上がる。


「バカな、あの噂は…………のでは」

「だから…………確認した方が良いと」

「…………面倒な事に…………」


 他の重役達が何やらひそひそと密談をしているが、それに耳を傾けるだけの余裕はベルンに残されていなかった。


「誰の許可を得てここに来た! 立場を弁えろ、小娘!」

「……私はスコルピオ製武具会社の社長秘書ですから」


 重役の脅しめいた言葉にも怯まず、ウェレイはゆっくりと会議室に足を踏み入れる。


「確かに、今まではこの会議に参加する事を認められていませんでしたが……〝今の私〟ならばその資格がある、と判断した次第です」

「ほざけ、養子の分際でスコルピオに仇為す売女ばいたの分際で!」


 口角泡を飛ばす重役。彼の気性が激しい事は何十年も前から知っているが、その様子からは焦燥も見て取れた。


 そして、重役が次に取った行動に、ベルンは目を剥いた。


「な、何をしているのですかっ!?」


 重役がその枯れた腕で懐から引っ張り出したのは、拳銃。・


 その銃口を、あろう事かウェレイに向けたのだ。反射的に足が動いた。


 重役は血走った目でウェレイを睨み付け、引き金を掛けた人差し指に力を込める。そして、


「っ……!」


 ぱぁん! と銃声が鳴り響いた刹那、凶器を取り上げようと伸ばしたベルンの手が辛うじて拳銃に届いた。


 それによって狙いがずれて、銃弾はウェレイの右横へと逸れて壁に突き刺さった。ベルンは今度こそ確実に重役の腕を掴んだ。


 まさか本当に撃つだなんて……! 今はウェレイよりも先に、こちらを何とかしなければ。


「っ、正気ですかあなたは!? 人を殺しかけたのですよ!」

「ええい離せバカ者が。その秘書はスコルピオを裏切った! じゃから天罰が当たったと言うのに、こうしてのこのこと我らの前に顔を出した! 今こそ確実に殺さねばならんのじゃ!」


 顔を真っ赤に茹で上がらせて、重役はがなり立てる。

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