20、それぞれの道を

「さてと……それじゃあ、本題に戻るとしようか」

「? 本題、とは」

「これ。見たくない?」


 ヴェネは紙切れをミオナの前に提示した。


 レミリイから受け取った、模倣犯事件を解決する糸口になる……かもしれない情報。ミオナは目を瞠ったが、


「……見たくない、と言えば、嘘になります」


 言い澱んで目を伏せるミオナ。


「ですが、私は1人でこの事件を追いたい。追わなければならない。例えそれがちっぽけな矜持プライドによるものだとしても、私は……っ!」

「あぁうん、強制するつもりはないんだ。一応訊いてみただけだから」


 慌てて言葉を付け足す。彼女の事情はさっぱり分からないが、その単独行動がただならぬ決意に根差したものである事だけは何となく分かった。


(はぁ、望み薄かぁ……なら手向けくらいは受け取ってもらえるかな?)


 妙案を思い付いたヴェネは、じゃあ僕は行くね、と踵を返して歩き出す。

 そして数歩行った所で懐から紙の束を引っ張り出し、限りなくわざとらしい動きで地面に捨てた。


「……? ヴェネさん、何か落としましたよ」


 背後から声、そして紙の擦れる音。


 よし、食い付いた。ヴェネは構わずに歩き続ける。


「あぁ、気にしないで。それ、もう要らないから放っといていいよ」

「は? 仮にも〝大鷲〟の捜査官のあなたが不法投棄を……って、これ……!?」


 彼女の顔は見えないが、かなり驚いている事が推して知れる。当然だろう。〝大鷲〟の捜査資料を目にしたのは、彼女にとっては生まれて初めてだろうから。


 その顔を見たい、という衝動を抑えつけつつ、振り返らずに二の句を継ぐ。


「〝燕〟に支援要請が来た時、元々僕は人獣事件もう1つの方を担当する予定だった。でも、頼み込んで模倣犯事件の方を任せて貰ったんだ。個人的に、模倣犯の事が大嫌いだったから」


 勿論、そんな〝私情〟で事件を選んだなんて、エレノアにも言っていないけど。


「だから、それをどこかの誰かが拾った事で捜査が少しでも進展したら嬉しい、ってだけ。あーあ、どこかにそんな親切な人がいないかなぁ?」

「…………」


 しばしの沈黙が、揺れる彼女の心を雄弁に語っていた。


 〝烏〟が調べ上げた事を簡略化して短く纏めた物でしかないが、それでも彼女の捜査の足掛かりとしては十分に役に立つだろう。〝大鷲〟の資料を〝土竜〟の視点で見る事で初めて分かるような事が無いとも限らないし。


 あくまで、こっちが勝手に、一方的に〝土竜〟に協力する。それだけの話だ。


 〝土竜〟に手柄を横取りされるかもしれない。けれど、『誰が』解決するのかなど、瑣末に過ぎる問題だ。まぁ、菓子折りが〝燕〟に届くか否か、は多少重要だが。


「……1つだけ、言っておきたい事があります」


 と、ミオナがゆっくりと言葉を切り出す。紙の束が再び捨てられた様な音は、聞こえてこなかった。


「あなた、捜査官としてどうかしてますね」

「あ、やっぱ毒舌だね? でもなんかその方がらしいよ、うん」

「うるさいですね……かく言う私もあなたと同じく犯罪が大っっっっっっっっっ嫌いな人間です。同類として、幸運を祈らせて頂きます」


 それでは、と足音が消え入るように遠ざかっていく。


「ん~、ミオナさんは毒舌な割りにちょっと真面目過ぎじゃないかな? 適度に息抜きしないと」

「余計なお世話です」


「まぁまぁそう言わずに。あ、お菓子い」

「いりません!」


 その怒声を最後に、声も足音も聞こえなくなる。振り返るとその姿すら消えていた。


 つれないなぁ。手元に残ってしまったもう1つの菓子も口の中に放り込み、ヴェネは大きく伸びをしながら彼女と違う道を歩き出した。

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