第27話 シルヴェリア王国へ(その1)




「システム・スタート」


 伊澄の声がコクピット内に響くと薄暗かった空間が一気に明るくなった。全天周囲モニターをフルに活用して到るところにシステム・メッセージが表示されていく。

 緑の文字で右から左からおびただしい文字が流れていき、やがて一瞬画面が真っ暗になったかと思うと、正面モニターに「おーる・ぐりーん!!」とデフォルメされたルシュカのサムズアップアイコンが表示された。なんともふざけてるなぁ、と伊澄は呆れるが作ったのがルシュカだから仕方ないと諦めた。


『システムクリア。起動、問題ありません』

『おーけー。んじゃあセカンドフェイズに移行しよっか』


 サキの声と共に起動シーケンスが着々と進んでいく。第二段階に進んだところで全モニターに外部映像が表示され、伊澄は足元から背面まできちんと表示されていることを報告する。まだ試作機のため一つ一つのシーケンスにサキとルシュカのチェックが必要だ。

 サキたちの主導で起動が進んでいる間、伊澄もまた渡されたマニュアルに視線を落としながらコクピット周りのシステムをチェックしていくが、その頭上から「しっかしなぁ……」とボヤキが降ってきた。


「男とンな狭い中でこれから二人っきりってのはゾッとしねぇなぁ」

「ぼやかないでくださいよ」

「あーやだやだ。どうせならユカリちゃんと二人っきりでランデブーでもしたいもんだね。

 そうだ、伊澄。お前ユカリちゃんを助けたらアッチに残れよ。俺が連れて帰ってやるからよ」

「嫌です。クーゲルさんこそ向こうに残ったらどうですか? エレクシアさんがノイエ・ヴェルト乗りを募集してますよ?」

『なるほど、それは良い考えかもしれません。クーゲル軍曹の好みそうな美人であるとデータベースの情報から推定できます』


 軽口を叩きあう伊澄とクーゲルだったが、そこにまた一つ別の声が混じった。

 合成音声感をやや残した低い男性の声。感情のない平坦な口調のそれに伊澄は聞き覚えがあった。


「その声……ひょっとして、エル?」

『お久しぶりです、伊澄准尉。またご一緒できて光栄です』


 それは以前に伊澄が乗ったテュールに搭載されたVC(仮想人格)であるエルの声だった。懐かしさを覚え、伊澄の頬が緩んでいく。


「……久しぶり、エル。でもどうしてこの機体に?」

『前の機体からワイズマン博士によってこちらの機体に移植されました。以前に搭乗された准尉のデータも私の中に記録されておりますし、ゼロベースよりはスムーズな補助が期待できるだろうから、と』


 エルの話を聞き、伊澄は足元のルシュカに視線を落とした。VC関連のデータは膨大である。しかも機体が違えば、似たシステムを使用するといっても細部は異なるためそれなりに作業も発生するはず。とてもこの短時間で移植できるものではない。

 つまり。


(……僕が戻ってくることを知っていた?)


 或いは、一度は除隊した伊澄がいずれ戻ってくると信じていた。そういうことか。

 伊澄が戻ってきたのはユカリがさらわれたからであり、イレギュラーな事象だ。だから知っていたというより予想していたという方が理解はできる。


(でも――)


 伊澄がここへやってくる前にエルを新型試作機に移植し、アルヴヘイムへ転移する準備が進められていて、機体の起動準備が進められている。今すぐにでもユカリを助けに行きたい伊澄にとって全てが都合よく進んでいる。それこそ、伊澄の行動が、思いが全て筒抜けであるように。


(まさかルシュカさんがオルヴィウスと繋がってるとは思わないけど――)


 思い至ると奇妙な気持ち悪さが残る。ゾワゾワとした感覚が這い回り、黒いパイロットスーツの下で鳥肌が立ったが、「それよかよ!」とクーゲルの声で疑念は頭の中から散っていった。


「エル。エレクシアって娘は誰よ? 俺好みってのは、こう、あれか? いわゆる『ボンッ!』『キュッ!』『ボンッ!』ってやつか!?」

『その擬音を理解するのは困難ですが、クーゲル軍曹の抱いているイメージが一般男性のステレオタイプと同一であるならばそのとおりです』


 伊澄の心情を他所に、クーゲルは正面モニターに表示されたエレクシアの写真を見て「うひょーっ!」と鼻の下を伸ばした。


「マジ? マジ? マジでこの子? めっちゃ美人じゃん!

 くぁーっ! 愛に生きるこのオレとしては聞き捨てならねぇ話だなぁ、おいっ! マジでアルヴヘイムに残ろうかなぁ! 何処行きゃ会える?」

『これから赴くシルヴェリア王国に行けばお会いできるかと』

「よっしゃっ! 伊澄! ユカリちゃんを助けた後はオレをエレクシアちゃんのとこに――」

『ただし、彼女はシルヴェリア王国の王女であり実質的なトップであるためにお付き合いできる可能性は微粒子レベルでのみ存在するかと。

 加えて伊澄准尉の話を考慮しますと非常にしたたかな性格のため、クーゲル軍曹だと良いように手のひらで踊らされるのが関の山ではないかと危惧しますのでオススメは致しません』

「――うん、やっぱ初志貫徹してオレはユカリちゃん一筋に生きることにするよ」

『過去の記録を参照すると初志でもないかと思いますが?』

『あーあー、二人、いやエルを入れると三人かな? リラックスしてるとこ悪いんだけどぉ』


 クーゲルがロボットばりの速さで手のひら返しをしたところで、モニターに眼下で作業するルシュカが大きく映し出された。


『新しいシステムを試したいからさぁ、クーゲルくんはちょっとシートから離れてくれるかい? 伊澄くんはシートに背中をつけてちょーだいな。で、今からプログラムを送るからそれをコンソールで実行してくれる?』


 言われたとおりにクーゲルが離れ、伊澄も指示に従う。送られた実行ファイルをコピーし、エンターキーを叩いた。

 するとコンソール画面に大量のメッセージが流れ始める。伊澄はそれをぼんやりと目で追っていたがシートの背面から機械的な駆動音が微かに響き、迫り出してきたアーム状のものが伊澄の肩から首に掛けて覆いかぶさってきた。

 そして直後、首元から激痛が走った。


「いっ!?」


 あまりの痛みに反射的に体が仰け反る。しかしそれも一瞬だけで、脳に響くような痛みが収まった後には、何処か頭の中がスッキリしたような感覚があった。

 その感覚は、まるで頭の中にあった重りが何処かへ落ちていったようでもあった。普段は乱雑なノイズが混ざってしまう思考が、まるで整流されたようにスムーズ。そして自身の感覚が機体の外へと広がっていっている。そんな気がした。

 そこまで考えて伊澄は気づいた。前にも似たような事があったような気がする。あれは確か、シルヴェリア王国の機体・スフィーリアに乗った時にも――


『――思考リンクシステム・接続完了。異常ありません』

『うん、良かった。ぶっつけで使ってみたけど問題ないみたいだね。こぉれはこれで貴重なデータだ。感謝するよ、伊澄くぅん』

「なんかすっごく物騒なフレーズが聞こえたんですけど、まあ良いです。ところで、もしかしてこれって――」

『さすがに伊澄くんなら気づくかぁ』ニッとルシュカが歯を見せて笑った。『そ、シルヴェリアの連中が開発したF-LINKシステムのなんちゃって版。こっちの世界には妖精はいないからさすがに連中のシステムほどクレイジーな事はできないけど、これまでよりずっと機体制御の補助能力が向上し、かつ外部センシング情報のフィードバックが伝わる。加えて伊澄くんの思考をよりダイレクトにエルが汲み取ってくれるようになるはずだよぉ』

「……えっと、つまり?」

『より人間に近い動きが可能になったってこと。ま、実践でどれだけ動けるかってのは伊澄くんがこれから取るデータ次第ってとこだけど』


 要は、F-LINKで妖精がしてくれていたことをVCエルが肩代わりしてくれるということだろうか。ルシュカの説明をそう理解した伊澄は試しに左腕を少しだけ動かしてみる。

 これまでであればそういった動作は左腕のアームレイカーを回転させる必要があったのだが、今は伊澄が動作をイメージするだけで機体の左腕が持ち上がった。


「うおっ、マジか!? 考えるだけで動くのかよっ!?」

「……なんてものをこの人は作るんだ」


 幾らシルヴェリア王国という先駆者がいると言っても、ニヴィール世界の進化スピードを遥かに超えて進歩し続けている。

 確かに思考で動きを制御する技術はニヴィールにもある。それでもノイエ・ヴェルトに適用するには幾つものブレークスルーが必要なものだ。駆け出しとはいえノイエ・ヴェルト技術者として働いてきた伊澄としては泣き出したいレベルである。


『最終シーケンス、完了。各システム正常起動していることを確認しました』

『りょーかい。

 というわけで、時間掛かったけどそろそろ二人にはアルヴヘイムに行ってもらうよ。当たり前だけど向こうに行ったらコッチとは音声通信できないからね』

『通常任務どおり信号だけは送受信できますので、任務が完了した場合は信号を送信してください。受信後、地上の同座標にこちらからゲートを開きますので帰還の際はそちらからどうぞ』

『あっとぉ、そうそう。たっくさんデータが欲しいからさぁ、伊澄くんはできるだけいろぉんな動きをしてね? ま、オルヴィウスが相手だったらそんな心配はいらないだろうけどねぇ』

「ルシュカさんの期待にできるだけ沿わないようにします。

 ところで、データ集めはやりますけど、具体的にどうすればいいんですか?」

『ああ、伊澄くんは特別なことは何もする必要はないよ。センサー類は全部取り付けてるし、ロガーも全部積み込んでるから戦いにだけ集中してくれればおっけー。でもコクピット周りだけは壊さないでね? せっかく取ったデータが全部吹っ飛んじゃうから』

「なるほど。その時はどうせ僕もクーゲルさんも死んじゃってますから気にする必要ないですね」


 シートの背後から「いや、気にしろよ」とクーゲルからツッコミが入るが、伊澄はスルーした。


『生きて帰ってきたかったらアンタがちゃんとフォローしなさいよ、クーゲル。伊澄は戦場じゃまだペーペーなんだからね』

「わあってるって、姐さん。ちゃーんとオレが伊澄とユカリちゃんを連れて帰ってくるって。な、伊澄?」

「はい、もちろん。ですからマリアさんは新しい僕の訓練カリキュラムでも考えて待っててください」


 不安は尽きない。それでも伊澄はモニターに映ったマリアに向かって親指を立ててみせた。

 マリアは険しい顔を浮かべていたが、それでも伊澄の気負いなく笑った顔を見て自身も頬を緩めていった。


『そいじゃマリア。いつものよっろしくぅ』

『分かりました。

 ――羽月准尉、フェルミ軍曹!』


 伊澄とクーゲルの背筋が伸び、表情が真剣なものに切り替わる。


『これより貴君らは明星・ユカリの救出任務に着任する! 貴君らの目標は唯一つ! 対象を保護し、速やかに無事に帰還するように! 貴君ら二名の奮闘を期待するっ!! 以上だっ!!』

「了解っ!」


 マリアが勇ましい声を発し、伊澄とクーゲルもそれに大声で応える。

 ――新型機「エーテリア」が、ここに移動を開始した。



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