第23話 冒険者ってのも意外とチョロい商売だ
「よいしょ、よいしょ。
あー、固い。本当に凝ってるなー」
「おぉぅ……。
効く、効く……。
流石、男の力だな。母さんに頼んでも、なかなかこうはいかん……」
ある土曜の朝。
リビングで俺は親父の肩を揉んでいた。
最近本当に凄く凝るのが早いようだ。
こわばりが高じて頭痛にまでなっているようで、二、三日に一度は本気で揉み、サロンパスの介の字張りまで協力している。
首の後ろも揉み、固まり切った頭皮まで丁寧に揉みつくしているので、毎回30分近くかかる。
我ながら親孝行なことだよ。
マッサージはかなり上手くなったと思うよ。
ツボを押さえて施術で親父の姿勢が矯正されていく。
マッサージ後は呼吸の深さまで変わっている。
これだけ喜んでもらえるなら、やりがいがあるってもんだ。
これが
「ふぅ……。
随分と楽になった。いつもすまないな。
今日は筋トレの日だったな。昼過ぎには帰るのか?」
「ああ。土曜だからね。下半身の日だ。
でもその後は、アピタに寄って買い物してくるから帰りは夕方過ぎになるかな。
昼飯は母さんと二人で食べちゃってくれ」
親父の背中をポンと叩いて、出発の準備をする。
もうこんな時間か。オサム君を待たせちゃ悪い。急がなきゃ。
---
初めてゴブリンキングを倒してから、3週間が経過していた。
あの時のオサム君の食いつきっぷりにはドン引きしたが、あの後マリと二人がかりで俺の"眼"の特性について説明を受けた。
曰く、貴方は特別な視点を持っている。
他人には視えていないものが視えている。
その視野の広さは、他の誰にも真似ができないものだ。
初めは、俺の人生経験の深さや社会人としての器からくる、優れたものの考え方を賞賛されているのかと思い、まんざらでもない気分だった。
でもよくよく聞いてみると、もっと具体的な話だった。がっかり。
要は、俺の眼がかなり高い魔素適合度を持っているのだろうってことだ。
計測する方法がないから具体的なことはわからんが、索敵や味方の体調管理にとても優れてた能力があるってことだよな。
ほへー、というのが最初の感想。
んで、え、それすごくね?チートじゃね?というのが次の感想。
これ行くとこ行きゃ、かなーり高く売り込めちゃったりしちゃう奴?
最前線の超一流パーティに高額年棒で雇ってもらえちゃう系?
やべー、そうとわかりゃこんなガキ共とつるんでる場合じゃねえ。
冒険者用のマッチングアプリをインスコして最高の条件を提示してくれる先を探さなきゃ!(使命感)
……という思いが全くなかったといえば嘘になる。
でもまぁ、ねえ?折角懐いてくれた子達に、あんまり不義理をかますのも、ねぇ?
身勝手な都合で捨てられる者の悲しみは知っているつもりだ(迫真)。
ほら、一応保護者見習いやってるわけですし。
それにさ、一流パーティとか、大体東京か大阪が拠点でしょ?
実家出たくないねん。ビバ子供部屋おじさん。
宇宙一快適な環境だからな。
富山県内の別の冒険者に尻尾振るってのもね?
そんぐらいなら、今まで通りマリとの冒険を頑張るよ。
単純に環境を変えるのが面倒なだけだろって?そこに気づくとはやはり天才か。
んで、俺たちの冒険にオサム君も一枚噛みたいってんで、協力関係を築くことにした。
月、水、金の冒険のスケジュールは以下の通り、
14時:俺とオサム君とでゴブリンキングを1匹打倒。
~15時:オサム君先導で第2層を散策。オークやハイオークを乱獲。
15時:ゴブリンキングをもう1匹打倒。ギルドに戻って休憩、補給。
15時半:マリと合流。キングの発生場所まで移動。以降、オサム君は基本的に後ろで見学。
16時:ゴブリンキングを1匹打倒。
~17時:主に休憩、補給、レベルアップ。余裕があれば第2層で狩り。
17時:ゴブリンキングを1匹打倒。
~17時半:補給、レベルアップ。時間まで第2層で狩り。ギルドへ帰還。マリはここで帰宅。
~18時:オサム君とゴブリンキングをさらに1匹打倒。俺はそこでアガリ。オサム君はさらに冒険継続。
オサム君がいるから安心して第2層に乗り出せるわ。
まあ疲労もあるから、マリ合流後は休憩が多くなるけど。
彼は
彼からすれば、第1層や2層の拾得物による収入など捨て置けるレベルなのだろう。
その分というか、人数割りされた"魔素"によるレベルアップについてはできる限りのアドバイスはする。
おかげさんで、俺の収入は拾得物だけで一日10万円を超える。
マリの収入も拾得物だけで、一日2.5万円以上にはなる。
これだけあれば、3人揃って"魔素"をレベルアップにぶち込む余裕ができる。
キング戦やオーク戦がどんどん安定していくぜ。
装備も更新するか?その必要もないか?
金が欲しけりゃ"魔素"を売ってもいいしね。
こんだけ稼げりゃあ、マリ達を裏切ってまで環境変えたくならないのもわかるでしょ?
こりゃゴチャゴチャ税務上の所得をいじらなくとも、規定通りの税制優遇を受けるだけで十分な金が手元に残りそうだな。
冒険者ってのも意外とチョロい商売だ。
んで、火、木、土にはオサム君の勧めで筋トレをしている。
これまでの家での自重トレじゃなく、ジムでバーベルを使ってやる本格的な奴だ。
場所は彼の大学の、レスリング部に併設されたトレーニング施設だ。
本来部外者が立ち入れる場所じゃないが、彼が同行するなら問題ない。
「いいフォームです!もう1レップ!
いけますいけます絶対いけます!軽い軽い!
……オッケー!ナイスガッツです!超クールでしたよ!」
「はぁっはぁっはぁっ。おぅぇっ!」
素人が自己流でウェートトレーニングなど自殺行為だが、オサム君がパーソナルトレーナーになってくれるから安心だ。
効率を考えてビッグ3、すなわち、ベンチプレス、スクワット、デッドリフトの3種目を火、木、土に分散して実施している。
いやもうきついきつい。
治験バイトから4か月。自重トレで関節を強化しておいて本当に良かった。
一回当たりの所要時間は存外に短い。
昼前には終了し、隣接する学食で栄養補給。
学食はコスパ最強だな。プロテインとビタミンミネラルの補給も忘れない。
その後ジム内のサウナ施設で汗を流す。
無料なのが最高。
ここまでオサム君も大体付き合ってくる。てかこいつ授業出てんのか?
事情は分かるが、こいつの執着怖いなあ。
……まさかそのケはないよな?
大丈夫大丈夫。彼女いるはずだし。
……金目当て、両刀使い、カムフラージュ。
不穏当な単語が脳内を巡る。
ブルっ。
大丈夫かな。
ノンケでも平気で食っちまうタイプのスタンド使い(意味深)だったらどうしよう。
力づくで来られたら抵抗しきる自信はないぞ。
「ウツミさん。今日はこの後、暇ですか?」
「あー、ちょっと買い物行こうかなーなんて。
ズボン一本新調したいから、アピタ行ってこようかなって」
「おっ。じゃあ俺もお付き合いしようかな?
服選びは得意だから、任せてくださいよ!」
「えっ……、いやー、いいよそれは。
あー、人と合流する予定なんだよね。
だから今日は、まあってことで」
嘘だ。
俺は買い物は一人で済ませたい主義だ。
オサム君の距離の近さも気になるしね……。
そんなわけで、俺は車を走らせる。
大型ショッピングセンター、アピタに向かって。
---
大型ショッピングセンター、アピタ。
服屋、飯屋、雑貨屋、本屋、フードコート。
さらにはゲームコーナーやボーリング場といった娯楽施設に加え、スーパーマーケットも出店しており、大体そこに行けば全部の買い物が済ませられるというユートピアだ。
なんせ娯楽の少ない我が県だ。
執拗にジャコスに行きたがる二次元美少女のごとく、老いも若きも休日はとりあえずアピタかイオン、アルプラザやファボーレといった大型複合商業施設に行くというのが鉄板パターンだ。
アピタいくの!?アピタいかないの!?なんだーアピタいかないのかぁ…ざんねん…。えっ!?やっぱりいくの!?やっぱりアピタいくの!?やったぁー!!アピタいけるんだ!!ゲームしていいよね!?クレーンゲームがやりたいな!突然の死!!!
みたいな感じ。店によってはシネコンもある。
小矢部のアウトレットまで足を伸ばせばさらにいい買い物もできるが、ちょっと遠いんだよなー。
行くだけで本気出す感じになるから、行くだけ行って何も買わずに帰るって選択に勇気が要るんだよなー。
子供部屋おじさんはいまだにお母さんが服を買ってきてくれるから、自分で服を買う機会は少ない。
ネットだと母親のセンスで選ばれた服が奇抜すぎて着れたものじゃない、というネタが鉄板だ。
だがウチは、俺などよりは母のほうがよほど服飾センスがあるし、なにより上等なブランドで落ち着いた無難なデザインの物を選んでくれるから、ほぼほぼ外れはない。
というか俺が自分のセンスで選ぶと、何故か毎回曖昧な茶色系の服ばっかり選んでしまい、気を抜くと上から下までまっ茶色のうんこの塊みたいなコーデになってしまう。
そうなるくらいならお母さんファッションに身を包んだほうがはるかにマシなのだ。
だが、それでもこちらの随意に服を得られるわけではない。
ズボンは流石に本人が店にいないと買いづらいしね。
俺は気に入ったズボン1-2本を、春夏秋冬お構いなしに履き倒して、どこかが破れて使えなくなったら新品と買い替えるというスタイルを採用している。
嫁さんに捨てられる遠因の一つがこういうとこかもしれないね……(遠い目)。
俺が服を選ぶ基準は、"色"と"値段"。その2点だ。
色は、真っ黒か真っ白。その2択。
中間色を選ぼうとすると、曖昧な、わけのわからん、どう見せたいのかわからん、なんのつもりかわからんような中途半端な色彩を選んでしまうことが分かり切っている。
自分のセンスは絶対に信用できない、というその判断だけは絶対的に信用している。
値段というと、例のごとく安い物を選ぶと思うだろうが、その逆だ。
2万5千円。それが購入ラインだ。
俺は自分のファッションセンスを1ミリたりとも信用しない。
だから今日のミッションは、「2万5千円する黒いズボンを買う」の1点に絞られる。
値段が安くとも良いデザインで自分に合った服があるかも、なんて幻想は一切抱かない。
仮にあったとしても自分はそれを見つけられないし、見つけたとして手に取ることはできない。
だから、できるはずもないナイスチョイスに挑戦しようと時間やエネルギーを消耗することなく、色と値段と店員の甘言のみに従い手早く買い物を終える。
それだけに、「服を買いに行くと決める」こと自体が命懸けだ。
内臓を摘出するような心境で、「今日2万5千円使う」と覚悟を決める。
店についてしまえば後は作業だ。
……ゴブリンキングを狩れるようになったからには、多少金を使っても大丈夫なんだろうけどね。
「あれ、ウツミんさん!?」
と、そんな時。
背後から聞き慣れた声がかけられた。
驚いて振り返る。
「マリ。
……こりゃまた大所帯だな」
右手を小学校中学年くらいの女の子と繋ぎ。
スカートの左後ろのあたりを同じくらいの女の子に捕まれ。
左手で押すベビーカーにはプニップニの幼児が寝息を立てている。
大量の買い物袋が、ベビーカーにぶら下げるだけでは足りず、両腕に重たそうにぶら下げている。
俺の
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