意外と傑作ができるのは

 曲ができてしまった。


 衝動的に曲を作っていたら、徹夜で完成してしまった。しかも、過去最高くらいの出来で、普段やらない作詞までやってしまった。それもこれも和馬のせいだ。和馬があんなことをするから吐き出せない思いを思い切りぶつけちゃったじゃないか。

 これは、私の曲だ。和馬を意図的に遠ざけようとしている私の。さっきから頭の中で流れている声もいつもの麻希の声じゃなくて、カラオケの私の声だ。それに、キーボードがないのも私用みたい。

 本当は和馬のことが好きだけど、だからこそずっと近くにはいられないんだ。だから、いつか恋心が嘘になるまで閉じ込めてしまおう。和馬だって近づきすぎてすれ違わない方がいいよね。そんなことを歌詞にうたってみた。

 ひょっとしたら、意外と傑作ができるのはいつもみたいにうんうんひねり出している時じゃなくて、こんな風に衝動的に作りたいって思った時なのかもしれない。sqollさんも結構衝動的に曲を作ったことがあるみたいだし。


 だけど、歌詞として言葉にしてみると、和馬のことが好きだってことに気づかされて。いや違う、その思いから逃げられないって悟ったんだ。いつか何もかも忘れて和馬のことをどうしようもないくらい好きになってしまいそうだって。それで、ちょっとだけ思ったんだ。

 このまま、流されてしまってもいいんじゃないかって。何もかも忘れて、後のことなんか何も考えず、和馬との恋人関係を貪ってもいいんじゃないかって。別れた後のことを無視して、一時の感情に身を任せて流れるままにしてしまえって。どうせ両想いなんだ、誰にもはばかることなんてないって誰かが言う。

 でも相も変わらず私は和馬と恋人関係になるのが怖くて。嫌われるのが、和馬を失うのが怖くて。何もせずに前に進めない。ひょっとしたら和馬と別れずにゴールインってのもあるのかもしれないけど、それにオールインできるほど私は強くない。

 だから、結論を留保してる。そうして自分と和馬を傷つけるって知っていても。


 ああ、それにしても眠い。だけどまあ和馬の影響もあるけど自業自得だし、今日部活あるから頑張らなきゃ。出来た音源を携帯に落として楽譜をプリントアウトする。さて、行くか。



 *****



「あ、麻希咲おはよー」

「おはよー」


 柚樹と深雪は先に来ていた。結局あれから一睡もできてない。電車座れなかったし。


「あれ、咲大丈夫?」

「大丈夫じゃないかも。いろいろあって徹夜した。曲完成した」

「はや!?」


 普段は一晩でなんてことはないからね。みんなに譜面を配る。


「作詞もしてみたんだけど、それでちょっと相談があって。これ、私が歌ってみてもいいかな?」

「いいんじゃない、咲も声きれいだし」


 一番最初に麻希が賛成って言ってくれた。ボーカルは私だ、みたいに邪魔してくるかもってちょっとだけ思ったんだけど杞憂だったか。


「前から咲ボーカルの曲あってもいいかなって思ってたところだしさ。それにキーボードないし。よし、これどうせなら文化祭で演奏しちゃえ」

「いいね、なかなか歌詞もいい感じだし」

「ええ!?」


 文化祭って一番人来るやつなんですけど!? その3曲のうち1曲を私?


「あ、でもそうなるとベースが麻希でギターが私ってことになるけど、私この譜面は絶対無理だよ?」

「というかうちも無理だから」


 柚樹と深雪に言われる。あ、作曲のことばっかりで演奏すること全く考えてなかった。だって全部パソコンで完結するじゃん。


「sqollさんの譜面が鬼みたいなのの理由がよく分かった気がする」

「麻希、私が変人みたいないい方はやめて」

「いや、実際変態譜面だしこれ」


 いやそうだけどさ。でも、ちょっと調子乗っちゃっただけだって。


「それじゃあ、譜面弾きやすいように書き直してもらえる?」

「わかりました……」

「よし、これで2曲目も決まったけど、後1曲どうするかなあ」


 1曲目はsqollさんが活動初期に発表した曲に決まっている。文化祭では1グループあたり3曲の時間を与えられているんだけど、あと何を演奏するかがまだ決まってないのだ。


「とりあえずちょっと寝ていい? 流石に寝不足」

「まあいっか。まだ時間あるし」


 ライブの前になるまでは風花雪月はかなり緩いんだよね。ライブが見えてくると結構みんな真面目にやりだすんだけど。みんなでゲーム持ち込んだ時もあった。

 ちょっと机に横になるとひんやりして落ちていきそうになる。ああ、もうだめ。



 *****



「あ、咲起きたの?」

「あー、今覚醒した」


 麻希はスマホでゲームをしていた。柚樹はギターで遊んでる。深雪は、電話かな?


「今何時?」

「1時半」

「お昼じゃん!」


 めっちゃ寝てた。授業ありなら一回移動教室あって置き去りにされて戻ってきたらまだ寝てたみたいなそんな感じじゃん。


「うん。そろそろ解散する?」

「あ、それなら私男子のところ行きたい」


 柚樹が言う。真琴とラブラブな様子だ。まあ、どうせベース持って来たけど調律すらしてないし男子のところに遊びに行ってもいいか。


「よし、じゃあ私も利哉に会いに行く」

「行きますか」

「その前に咲寝ぐせ」

「あー、ついちゃったか。ちょっと直してくる」


 そう言えば、あれ以降で和馬と顔合わせるの初めてだ。何もないことにしたんだから表情変えない。うん。



 *****



「ええー!?」


 工芸室の中から真琴の驚くような声が聞こえる。反射的に麻希が扉に張り付いた。盗み聞きはよくないよ。とか思いつつ私も聞き耳をそばだてる。


「それで、本当に童貞もらってあげたんだから貸し1つって言われたのか?」

「まあ、一応ね」

「羨ましい。俺もそんなこと言われてみたい」


 よりにもよって! あの夜のことを話してるんだよ、なんで!

 なんで和馬はそれを真琴とかに話すのさ! あと連城お前は引っ込んでろ。


「それ絶対咲もお前のこと好きだって! そうじゃなきゃ貸し1つじゃすまないから!」

「やっぱり真琴もそう思う?」

「そうだって!」


 麻希がじろりと私をにらむ。柚樹と深雪も奇異の視線で私を見つめた。


「今咲が和馬の童貞もらってあげたって聞こえた気がしたんだけど、どういうこと?」

「いや、その。一昨日家で勉強会したんだけどさ。その時に出したお菓子で和馬が酔っ払っちゃって。その、襲われたんだよね」

「一応確認しておくけど、そういう気はなかったんだよね?」

「滅相もございません」

「などと舞坂容疑者は供述しており」

「麻希!」


 口をふさがれる。ああ、バレたらまずかったのか。


「まあ冗談だって冗談。私には良い人いないのになにくそとは思って嫉妬してるのがメインってのはあるけど」

「冗談じゃないじゃん」

「まあそれはともかく咲と和馬だったら別にいいんじゃないかなとは思う」

「まあ、お似合いだしね」


 麻希と柚樹が言う。これが知られたのが理彩とか実萌奈だったら一悶着ありそうだけどなくてよかった。


「それよりも童貞もらってあげたんだからってのはどういうこと?」

「いや、あの、それはテンパってて。お互い酔ってたんだからなかったことにしようっていう意味のつもりだったんだけど……」

「それがどうして貸し1つになるの?」

「和馬が気まずそうにしてたからそれでチャラってことにしてあげようと」

「いくら何でも羨ましすぎる。私もそんなこと言われたい!」


 いや、麻希。そんなこと言われてもあなた女子でしょ? 今まで親友がそんな目で見てたと思ったらちょっと引くんだけど。冗談だよね。


「しかしそれなら付き合っちゃいなよ」

「それはそれで制限多いし。別にただの幼馴染でそこまで和馬のことが好きってわけでもないしね」


 柚樹に言われて帰した台詞。また自分に嘘を吐いた。本当は和馬のことが好きなくせにともう一人の自分が言う。もう前のことなんて忘れて楽に和馬と付き合っちゃいなよって。それをだめだっていう自分がいて、おりがこうやってどんどんたまっていく気がする。だめだね。


「はいはい。この話はここまで。和馬! いる? はいるよ!」


 無理やり打ち切って工芸室の扉を開ける。和馬がびくっとした顔をした。


「忘れろって言ったじゃん。それより、暇なんだけどお昼からどこか行かない?」

「文化祭までまだ時間あるし遊びに行こうよ」


 とりあえずびくっとしていた和馬はにらんでおく。それから麻希が末広先輩にアプローチをかけようとしているのも放置しておく。


「そう言えば、姉から映画のチケットもらったんですけど、どうしましょう?」

「行く!」


 麻希即答かよ。まあ、暇だし行きたいところではあるけどね。


「というか末広先輩そんなの持ってたんですか?」

「うん、その、なかなか言い出せなくて」

「まあ、仕方ないですよ。それより何人まで大丈夫なんですか?」

「10人だね」


 ということは、末広先輩のお姉さんも大丈夫ということか。ちょっと興味がある。私と似てるらしいし。


「これは行くしかないでしょう」

「よし、行こうか。和馬もいつまでも顔赤くしない!」


 麻希が音頭を取る。全く、確かにいろいろあったんだけどなかったことにしようって言ったんだから普通に振る舞ってよ和馬。これじゃあ私がバカみたいじゃないか。



 ちなみに末広先輩のお姉さんはやりたいことがあるとかで来てくれなかった。残念。

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