両手で受け止めきれないなら零せばいい
理彩と実萌奈と仲直りできてよかった。和馬との仲が少しぎくしゃくしてしまったけれど。そんな中で、終業式を迎えて夏期講習が始まっていた。うちの学校は終業式が終わっても7月中は夏期講習で忙しいのだ。まあ、出席日数にカウントされないからさぼってもいいんだけど、部活あるし。
「ところで、夏休みどこ行く? うちら部活で結構忙しいし、あんまり時間取れないんだよね」
「木曜が休みだけど、それ以外はお盆くらいしか取れそうになくて」
理彩と実萌奈はバレーボール部だ。軽音部はメンバーの都合で結構簡単に練習日を入れ替えられるけど、バレーボール部はそうはいかない。まあ、4人で遊びに行くのならそれは仕方ない。しかし、お金どうしようか。お年玉を切り崩すしかないか。バイトしてる暇はなさそうだし。
「まあ、私らも木曜なら都合つけられるよね」
「で、どこ行く? プールでも行こうか?」
「いいね、それ」
麻希が提案する。ちょうど和馬に水着を買わせるって話をしたしね。
「それから、私らのライブにも来てよ」
「はいはい、わかってるって」
「でも、新野先輩いるんでしょ? あの人苦手だなあ」
「先輩たちもあんまり近づかない方がいいって言ってるしね」
「ああ、私も苦手。でもまあ、実力は私らの方が上だし、もともと私らと和馬のとこで企画してたやつだしね。時間はかなり減らさせてもらいました」
「うわ、咲悪い顔してる」
というか、無理やり入ってきて時間を作らされたと言った方が正確でもあるんだけど。あの図々しさはある意味尊敬する。
私は何か企んでるときは悪そうな顔になるからね。本当のことを言うのならもっと減らしたかった。まあ、ライブハウスの値段は人数で等分にしたからあっちの負担が大きいんだけど。
「ていうわけだから来てね。シスコンボーカルもいるし」
「わかってるって。楽しみにしてるから」
「はいみんな、朝のホームルーム始めるよ。咲ちゃん号令お願いね」
七菜子先生に頼まれる。そう言えば、私今日日直だった。いけないいけない。
*****
「そんじゃあ、先に準備しとくね」
「あ、それじゃあベース頼む!」
日直で黒板消しの仕事があるので、麻希にベースを任せて仕事にかかる。リュックを背負って学級日誌とバイオリン、ベースを全部持つのはさすがにしんどい。今日はリュックじゃなくて肩掛け鞄だからなおさらだけど。
それから、和馬と真琴は先に部活へ向かったみたいだ。帰宅部と部活のない暇な人たちが残ってだべっている。まあそれはいいんだけど私の仕事を増やすなよ?
あ、それからついでに言えば、真琴は柚樹にまだ告白してはいないらしい。となると、狙いはライブの後かな。私だったら、タイミングではライブ終わって打ち上げの前が一番タイミングがいい気がする。あ、自分がするってわけじゃないよ?
でも、そのタイミングで和馬の方も警戒しておかないとな。
「あ、咲まだ消さないで! ノート写してない」
「はいはい。速く写してね。私も部活行きたいから」
「わかってるって」
とか言いつつ、私は一応写しただけだ。さっぱり理解していない。きっとテストでヒーヒーいうのが目に見えているんだけどやる気でないし。大体受験以外に何に使えるっていうのさ。受験に使えってことらしいけど。
「オッケー写したよ」
「あ、ちょっと待ってくれ俺も」
「それじゃあ日誌書いてる間だけ待つから」
授業寝てたのかと言いたい。いや、寝てたのか。私も寝ることあるし、人のこと言えないね。
*****
「失礼します、香田先生おられますか」
「咲ちゃんいらっしゃい。そうだ、ライブ楽しみにしてるからね」
「あれ、来るんですか。アハハハハ」
「いいじゃん。私もバンドやればよかったかな」
七菜子先生は確か放送部出身って言ってなかったっけ。軽音部にあこがれてたのかな。でもまあ、確かに軽音部ってイメージがかっこいいしね。麻希がモテたいがためだけに入ったのもわかる気がする。それより、七菜子先生がライブ来るとか予想外だ。まあ、入場制限とかかけてないから来てもおかしくはないんだけど。でもちょっと恥ずかしいかも。初舞台だしね。
「それじゃあ、楽しみにしてるね。あ、日誌はオッケーだよ」
「それじゃあ部活行ってきます。失礼しました」
職員室の扉を閉める。しかし、ライブ頑張らないとなあ。先生も来ることだし、下手なものは見せられない。そう思ってバイオリンケースをしっかりと握り締めた。
黒板消すのに時間かかったから、ドラムセットはもう運ばれてるかな。それじゃあ直接地学室に向かうことにしよう。中庭を突っ切ったほうが早い。
運動場が使えない零細運動部の人たちを横目に見ながらのんびりと中庭を突っ切る。どうせご飯食べてから練習と言いつつ結構おしゃべりするし。そんなに急がなくてもよかったかも。
しかし、梅雨明け宣言も出て暑い。夏本番という感じになって来たなあ。日差しがまぶしい。日焼けに気をつけないとね。
中庭を突っ切って生徒用の玄関から階段へと向かう。その途中で和馬とばったり出会った。まるで私を待っていたみたいじゃないか。
「お、和馬もこれから部活? ライブ大変なことになってるよ。七菜子先生も来るってさ」
「みたいだな。それと、ちょっと咲に話があるんだ」
「何? ライブの話?」
私は全く何も考えていなかった。夏の暑さで頭をやられていたのかもしれない。想定していたなら、避けられたかもしれないのに。
和馬が息を吸い込んだ。
「聞いてくれ、俺は、咲のことが好きだ」
「え?」
鞄がポトリと落ちた。顔が赤く染まる音が聞こえる。こわごわと和馬の瞳を除いてみても、その瞳は本当のことを話しているようにしか見えなくて。
「そ、それって……」
「幼馴染としてじゃない。異性として、咲のことが好きだ。俺と、つきあって欲しい」
意味が、分からなかった。和馬の言っていることの意味が。いや、意味は分かったんだ。だけど、頭がそれに関して思考することを拒否していた。
どんどんと頭の中からわけのわからないものが漏れ出してきて。自分の思考のドロッとしたものがとろけだしてきて。
「その、ずっと好きだったんだ。それに、もうすぐ夏休みだろ?」
和馬の思いが重すぎて。大きすぎて受け止められそうにない。
なら、両手で受け止めきれないなら零せばいい。すべて、この感情を。うれしいと思ってしまっているこの気持ちと底知れぬ気持ちを焼却炉行きにしてしまえばいい。
「恋人として、夏を迎えたくて、さ」
だから、逃げ出した。バイオリンケースだけをしっかりと抱えて。上履きのまま、玄関を、中庭を、校門を通り抜けて学校の外へ。
逃げ出した。ここじゃない遠い所へ。居場所のない私をとらえてくれる所へ。
逃げ出した。和馬から。私に向けられた好意から。受けられないからすべて捨てて、ないことにすればいいと思って。
「咲!」
後ろから和馬が追いかけてくる足音がする。だけど、追いつかれたくなくて。もうすぐ変わりそうな信号を無視して突っ切った。
どこへ、どこへ行けばいい。私はここじゃないどの場所に向かえばいい。とりあえず、学校から離れよう。
別に、うれしくないわけじゃないんだ。和馬が私のことを好きでいてくれて、安心した部分もあるんだ。あれだけ酷いことをしても、まだ私のことを見ていてくれるって。
でも、それ以上に怖いんだ。和馬の思いを正面から受け止めるのが。自分が違うようになってしまいそうな気がしていて。このままぬるま湯につかって知らず知らずのうちに溺れてしまえば、傷つかずに済むのだろうか。
傷つきたくない。怖い。だって、和馬は私の大切な幼馴染だから。嫌だ、いやだよ。こんな、こんなあっけなく壊れちゃうなんて嫌だよ。
息が切れた。堤防の上にいた。汗も流れていく。これは暑さのせいなのか、それとも別の理由なのか分からずにいる。
「咲、待ってくれ」
「いや、やめてよ!」
もう、自分の感情がぐるぐる回って。
だから、捨ててしまえば。
「咲!」
躓いた体が投げ出され、堤から零れ落ちていく。バイオリンを体の前で抱きしめながら、回る視界に目を閉じた。堤防の上から転げ落ちて、そして、
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