「きゃあ」宮美みやび疳高かんだかい悲鳴をあげた。

「クソ、狙撃手スナイパーか」村正は顔をしかめてぼやいた。

『村正。どうした。何があった』

 村正の耳に仕込まれた無線機から、クローディアの声が聞こえてきた。彼女は別働隊とともに、屋敷の外に待機しており、白金機関のものと思しき不審車を追跡しているはずだ。

「敵の狙撃手に襲撃された。ヤクザどもが何人か死んだ。が、問題ねえ。数で押し切る」

『わかった。助けが必要ならいつでも呼んでくれ』

 村正は弾丸が飛来した方向を見定め、走り出した。

 ぼこ、ぼこ、と、彼の通過した一瞬後に屋敷の壁や地面がえぐられていく。

「へっ。これでも撃てるかよ」

 ヤクザのひとりが宮美を楯にして得意げな顔をしていた。対照的に宮美の顔は恐怖に歪んだ。

「おい、馬鹿。下――」

 村正が叫んだ時にはすでに遅し。

 ヒデルがいつの間にか小型のアーミーナイフを抜き出し、ヤクザの足にぐさりと突き立てた。

「いぎゃあ」

 金切り声をあげたヤクザは、激痛のあまり宮美を捕らえていた手を放してしまった。

 その一瞬の隙を突いてヒデルが体当たりを敢行し、ヤクザはふっとばされていった。

「走れ」

 ヒデルは宮美に叫び、射殺されたヤクザの死体から突撃銃AKを強奪し、さらにヤクザの集団に発砲した。

「ぐひゃ」

「うご」

「やめちぇ」

 七、八人のヤクザが体の数カ所に風穴を開けてふきとばされ、手入れの行き届いた美しい芝を赤黒い血と臓物で染めあげた。かろうじて難を逃れた連中は建物の壁の裏に隠れた。

 追いつめられたヤクザのひとりが発砲、他のヤクザも追従して一斉に発砲し、つい先ほどまで暗闇と静寂が支配していた黒獅子組組長宅は、たちまち無数の怒声と銃声と花火のごときマズルフラッシュ、そしてほかほかの鉛弾が飛び交う屍山血河しざんけつがの地獄と化した。

「撃つな。宮美嬢にあたったらどうする。おい。やめろ。やめんか」

 組長龍馬の叫びも虚しく、多くの仲間を殺された怒りと恐怖で、組員たちはもはや制御不能となっていた。絶え間なき弾雨の中、ヒデルは宮美の腕を強引に引っぱりながらけ、庭中央の大岩の裏に飛びこんだ。

 勇敢にもヒデルを追撃しようと庭に躍り出たヤクザたちが、たちまち敵の狙撃兵に頭や胴体をふきとばされ、ばたばたとたおれていく。ヤクザのひとりが弾丸の来た方向へ闇雲に発砲したが暖簾のれんに腕押し、ろくに訓練していないであろうヤクザどもに、スコープも使わず何百メートルも離れた相手を狙撃できるはずもない。

「馬鹿どもが。所詮は破落戸スクラップか」村正がぼやいた。

 うーうーうーうー、と、唸るようなパトカーのサイレン音が次第に近づいてきた。近所の住人が通報したのか、むしろ今まで来なかった方が不思議なくらいだ。

 村正はほくそ笑んだ。警察は事実上ヘリオスの兵隊だ。警察の上位組織である国家保安委員会は、ヘリオス日本支部のナンバー2である高神が仕切っている。

 

 ぱしゅ。

 

 唐突に乾いた音が響き渡り、屋敷の壁が大破、そばにいたヤクザたちが瞬時にばらばらの肉片と化した。

『村正。気をつけろ。敵の車がそっちへ向かっている。黒のBMWだ。機銃やロケット弾を積んでいる。こちらは私以外全員やられた』無線機からクローディアが早口でまくしたてた。

 直後、一台のBMWが鋭いエンジンの咆哮ほうこうとともに屋敷の塀をぶち壊して飛びこんできた。

 そしてすかさず助手席から長髪の男がミニミ軽機関銃を構え、狂ったように叫びながら発砲してきた。

「うええい」

 ヤクザたちも負けじと拳銃やマシンガンで応戦するが、おそらくは防弾仕様である敵の車の車体を貫くには至らず、一方的にばたばたとたおれていった。

 たちまちヤクザたちは壁の裏や屋内に退避。がら空きとなった庭、その最奥の巨石の裏に隠れているヒデルと宮美の前に、白金機関のBMWが駈けつけ、彼らは後部座席にすばやく乗りこんだ。村正もヤクザたちとともにAKMSで弾丸をばらまき、妨害する。

「うええい」

 だがふたたび狂ったように叫びながら軽機関銃を乱射する長髪の男に阻まれ、殺害には至らなかった。

 どかん。

 正門が突然勢いよく蹴破られ、大盾を装備した機動隊員――否、特殊急襲部隊SATが飛びこんできた。

 しめた。SATはハイジャックや重要施設占拠といった重大テロ事件を〈制圧〉することを目的とし、軍並の強力な武器と犯人の射殺が許された警察の特殊部隊だ。まともにやりあえば連中に勝ち目はないだろう。

 敵もそう考えたのか、BMWは突如急旋回した。

 そしてボンネットから激しい煙と音を立てて細身のミサイルが撃ち出され、屋敷の塀を粉々に爆砕した。

 そのまま敵のBMWは道路に踊り出、屋敷の前に停まっていた無数のパトカーとカーチェイスを開始した。

「車は無事か。クローディア」村正が言った。

『何とかな。追うか?』

「俺も一緒に行く。連中を地獄の谷底にぶち落としてやろうぜ」

『地獄谷だけにか』

 冷静なツッコミと同時に、黒塗りのベンツが一台、破壊された塀の外に停車した。

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