黒金記 - Revenge of the Sunset
Enin Fujimi
一
ばす、と、玩具のような音をたてて銃口に備えつけられたサイレンサーの先から吐き出されたほかほかの九ミリパラベラム弾が、黒いトレンチコートを着た三十代くらいの大柄な男――そう、刺客の心臓を、正確に貫いた。すでに〈機関〉を抜けて天涯孤独の身と化しているため、死体の後処理をしてくれる〈始末班〉は来てくれない。人を殺す術は知っていても、死体を跡形もなく迅速に処理する術を、〈彼〉は知らなかった。もたもたしていれば、あの白金ヒヅルのよこした第二、第三の刺客が自分の命を狙うだろう。仕方なく彼は追手の死体をそのままにして山小屋を後にした。
彼の名は、
しかし裏の世界においては日本はおろか世界中にネットワークを持つ白金機関の追手から逃げ続けるのは、至難の業であった。裏切り者には死。それが機関の掟だからだ。白金ヒヅルは身内にこそ寛大だが、裏切り者に対しては無慈悲という他ない。おそらく村正が生きているかぎり、地の果てまでも永遠に追ってくるであろう。
さて、これからどうするか、と、村正は考えていた。白金機関の追手は厄介だが、おいそれと殺される自分ではない。殺されず逃げ切れるとして、どこでどうやって生きていくべきか。白金ヒヅルによる〈粛清〉から命からがら逃げ延びたため、金がない。とりあえず、大学時代の知りあいでもあたるか、と、スマートフォンを取り出そうとして、家に置き忘れてきたのを思い出した。まあいい。どのみちあのババアのことだから、盗聴していたり位置情報を掴まれる可能性は多分にある。
白金機関の動きは実に迅速で、白金グループ傘下の銀行はおろか、村正が金を預けていた他の六つの機関に預けていた金や資産はすべて凍結されていた。
さらに厄介なのは、警察の中にも白金機関のスパイが多数紛れこんでおり、すでに村正は過激派組織
「くそめんどくせえ」
途方に暮れた村正は、素性を偽って犯罪組織の用心棒ないし殺し屋として金を稼ぎ、裏社会での独自のつながりを作りつつ、今後の身の振り方を考えていた。白金機関は裏社会にも絶大な影響力を誇るが、髪も髭も伸ばし、指名手配書の写真とはまったく別の風貌で、名前も〈
黒金日没の名が裏社会に浸透してきた頃、彼の元にある大きな仕事が舞いこんだ。依頼者は愛国党総裁にして日本国総理大臣、
だが、正確には村正に与えられた仕事は殺しではなく、ヘリオスの暗殺者のサポートであった。ヘリオスには腕利きの狙撃手がいるのだが、その相方が最近任務中に死んでしまい、急遽代理が必要であった、とのこと。漫画や小説の世界では狙撃手が単独でビルや茂みの中から獲物を狙うという描写が散見されるが、実際の戦場では観測手と呼ばれるサポーターと共に行動することが多い。スコープを覗きこんでいるとどうしても狙撃手の視野は狭くなるため、観測手が肉眼や双眼鏡で周囲を警戒し、情報を収集し、敵の接近を
閑話休題。「今回の任務での働き如何では、破格の待遇でヘリオスの兵士として採用したい」――村正に仕事を持ってきたヘリオスの使いが村正の素性に気づいてなかったのか、そう言ってきた。急速に勢力を強めつつある白金機関に押され、ヘリオスのスカウトが優秀な人材を求めて裏社会を
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