3. きょうはおでかけ《大人のサキュ(二十二歳)》
「こんにちはー」
「こんにちは」
あたしは管理人のおじさんに挨拶をする。にこやかに返事を返してくれたけど本当はどう思ってるんだろう。独身男性宅に居着く謎の女性。きっと好奇心バリバリで観察してんだろうな。
いまは、外見二十二歳くらい。あたしが
「あ、待ってー」
彼ったら、さっさと先に行っちゃうんだもん。
「あのな、あんまり他人に関わるなって言っただろ」
「えー、挨拶くらいいいじゃない。
悪魔だって礼儀は大切にしてるのよ。礼儀がなければ契約は成り立たないからね」
「久しぶりのお出かけだねー。
今日は天気も良くて、思ったより湿気ないね」
梅雨に入る前、初夏の湿気の少ない晴れた日。日差しは強いけど肌に触れる風が心地いい。新緑の若葉を渡る風が命の香りをあたしに運んでくる。
「もっと出かけよう。あたし別に陽の光に当たっても燃えたりしないよ?」
「それは吸血鬼だろう!」
彼の腕に絡めた腕を振りほどかれてしまった。
「サキュと一緒だと気が休まらないよ。いつ仕掛けられるか。また、生気吸われちゃうんじゃないかって」
「ひどーい。そんな無理やりなんてしてないでしょ。
それに、あたし外ではそんなことしないよ。
食事風景を他人に見られるなんて、そんな恥ずかしい。
あっ、でも、求められるか、よっぽどお腹すいてるときはべつかな」
にこって、笑ってみせると、彼は横を向いてしまった。
「今日は何を買ってくれるのかな?」
横向いた顔を覗き込むと焦り気味の声で返事してきた。
「いつもうちの中にいて、いつも同じ服を着てるから。たまには違う服もいいかなって」
「えへっ、うれしいなぁ。
あたしって修治に想われてるのね?」
あたしが喜んでいるうちに彼ったらさっさと先に行ってしまう。
「なにいってんだか。
置いていくぞ」
「まってよー」
「ねっ、これどう?」
女性向けのショップで試着室から顔を出して彼に声をかける。このお店に彼と来るのは二度目。幅広い年齢向けのファッションが取り揃えてあるから、彼も居づらくないらしい。
落ち着かなさげに視線をそらしている彼にポーズを作り
膝上三十五センチの紺のタータンチェックの超ミニに黒の綿のタンクトップ。ちらりとスカート裾をめくる。
「ちょっと扇情的すぎないか。
て、おまえ、下着つけてないの」
ニヤリと笑って口角を上げる。
「あたしに下着はいらないよ。
体型は自在なんだから。それに月のものもないからね。
どう?ほれほれ」
下げた両腕で胸を寄せて強調する。
「やめろ、帰るぞ」
「わぁ、ごめんなさい」
目立って周りの視線を集めてしまった。店員には失笑されるし、こっち睨んでるおばさんもいる。離れたとこにいたおじさんもこっちを興味深そうに見ていた。
帰るふりをしていた彼が立ち止まった。振り返って、言い出しにくそうにしている。が、意を決したのかボソッと呟く。
「なあ、サキュこういうのも着てもらえないか」
そう言って、大人っぽい服を手に取った。あまり色気はないのであたし好みではないけど、上品そうでとても素敵な服だった。
「こういうのも好きなんだ。
ふーん。いいよ。あたしはあなたの望みはなんでも叶えてあげるよ」
「あ、うん。ありがとう」
彼は、照れ臭そうに俯いて感謝の言葉をかけてきた。どうしたんだろう。いまは肌が触れていないから彼の感情は読めない。あたしに文句ばかりつける彼らしくない。
「これだけか? もう会計してもいいか」
「あー、まって。これとー、これと、それからこれも」
「こんなに。
いいさ、誘ったのは俺だし。これくらいは全然平気だ」
そう言って、彼はカードで支払っていた。あたしは人間のお金のことは詳しく無いけど。これだけ買うと結構かかることと、彼の収入なら大した額じゃ無いことくらいはわかってる。あたしは悪魔だけど、受けたことにはちゃんと感謝を返すんだよ。
「ありがとうね。サービスするよ(にこっ)」
「おおう、くわばら。サキュのサービスは
冗談ぽく返す彼は、いつもより機嫌が良さそうだった。
「うふふ、うっれしいな」
彼は両手にいっぱい荷物を下げて後ろをついてくる。
あたしは、ご機嫌。さっき買ったばかりの裾に水色のラインの入った白のひらひらのワンピースの裾を翻し、同じく水色のリボンのついた幅広の白い帽子をかぶり、優雅にモデル歩きをしている。
インキュバスだって心の奥に女の子が住んでいるの。綺麗な服が嬉しく無いわけないわ。昔はこんな色とりどりの服はなかった。袖を通すのが待ち遠しい。帰ったら、ファッションショーだねー。
振り向くとそっぽ向くのが見えた。無理に無表情を作ってるのがバレてるってば。
「修治とお出かけできてうれしいなー。
ねえ、修治はどお?」
修治の返事は聞くことはできなかった。突然、背後から声をかけられたから。
「あのー、すいません。
少しお話しさせていただいても、よろしいですか?」
びっくりして振り返ると、歳のころ四十代頭くらいの、おじさんが話しかけてきていた。
「私は、こう言うもので」
名刺を突き出して来て、続ける。名刺には、『アダルトビデオ制作 蒼天企画 ディレクター・スカウター 野村 ゆうじ』と書いてある。
「先ほど、ショップでお見かけして、ぜひお話ししたいと思いまして。
私ども向けの嗜好をお持ちと、お見受けしまして。
それに、なかなか、良いものをお持ちのようで」
そう言いながら、ニヤニヤ顔であたしの体をしげしげと見つめる。いまにも、よだれが滴りそうな口元、
このおじさん悪くないわ。命の色はあたし好みと違うけど、素直な欲望が全身に満ちていて、生命力も強そう、きっと美味しいわ。これくらいだったら、お腹壊さなくてよさそう。あたしの食指が疼く。
「そうなんだ。なんだか、面白そう…… 」
そう言い、彼の方を振り向こうとした。
「だめだ、だめ。
そんなの許さないぞ」
修治が荷物を振り回し割り込んでくる。
「俺は、許さないからな。こい、サキュいくぞ」
否も応もなく、歩き出す。あたしは慌ててついて行く。名残惜しくて、チラと振り返ると、さっきのおじさんが残念そうな顔をしていた。そんなあたしの素振りに気が付いたのか、思い直し駆け寄ってくる。
「もう少し、お話しさせてください。絶対、楽しいですよ。失望させません」
「いい加減にしろ、警察呼ぶぞ」
荷物をその場に落とし、スマフォを取り出す。これで流石のおじさんも引き下がった。
「そうですか、それは残念です」
渋々と歩き去っていく。
「ねえ、ねえ。なんで断ったの? 面白そうだったのに。
それに、修治、この間外食もOKそうなこと言ったじゃない」
「それとこれは違う。
それに、お前は自由にしたら、何人人死にが出るかわからない」
あたしの頭をグリグリする。油断したね。彼の感情が流れ込んでくる。
「俺の目の届かないところに置いたら、なにが起きるか。
それに…… (俺は自分の行為を人に見せる気はない)
いや、なんでもない」
あたしは、思考は読めないけど、感情は読める。気持ちは手に取るように判る。修治、ありがとうね。なんだかんだ言って、あたしを求めてくれて。
人間って面白いね。みーんな、違いがあって。あたしにとって人間は、最初は
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