第百七十四話 元・魔王参上

 

 何と封印のある洞窟に居たのは、元・闇狼の魔王、ベオグラートだった。確かにティリアの言うとおり、顔が少し怖い感じがするが、狼の耳は立派だし、顔にある傷も歴戦感があってカッコいいと思う。

 それはともかく、ここで出会えたのは僥倖だと思い俺は挨拶から入る。


 「初めましてだな。俺はカケル、一応これでも『回復の魔王』をやっている。城は俺達が解放したから、安心してくれ」


 俺が握手を求めると、ベアグラートは『城を解放した』と聞いた辺りで目を見開き、素直に応じてくれた。


 「そうか、お前が感知で引っかかっていた新しい魔王か! ウェスティリアと共に城を取り戻してくれたのか? 感謝する」


 「乗りかかった船だしな。それよりどうしてこの洞窟に?」


 深々と礼をしてくるベアグラートに頭をあげるように伝えて俺が質問をすると、頷きながら答えてくれた。


 「……うむ、あの騎士共を招き入れた後、オレは毒を盛られ青い鎧を着た男……イグニスタに腹を貫かれた。やられた、と思った時には魔王の力はヤツに奪われていたのだ。だが、このまま死ぬわけにはいかんと、窓から飛び降りて何とか逃げ出した。後は、この狼達に助けられて、うっすら聞こえていたアウロラ様の封印を探していることを聞いてな、ここで待っていればヤツラは必ず来ると張っていたのだ」


 「なるほどのう。確かに城の状況が分からんとなれば、待ち伏せが確実か。それに狼の群れなら鼻も利く。じゃが、お主無理をしておらんか?」


 師匠が目を細めると、一瞬ギクリと体を強張らせるベアグラート。あ、そういうことか。俺はベアグラートに『還元の光』を使う。


 パァァァ……


 「ん? これは……お、おお……!」


 柔らかい光がベアグラートを包み込むとボロボロだった服が修復され、顔色が良くなっていく。恐らく服の下はまだ傷が残っていたのだろう、師匠はそれを見抜いたのだ。


 「魔王の力までは無理だけど、とりあえずこれで傷は治ったろ?」


 「ああ! 気力も充実している。どういう原理か分からんが回復の魔王の力、恐れ入った。では、城へ戻るとしようか」


 ベアグラートが狼達を連れて入り口へ戻ろうとしたところで、芙蓉が止める。


 「待って、私達はこの先にある封印へいくつもりなの」


 「……封印をどうするつもりだ?」


 「自己紹介が遅れたわね。私は芙蓉。あそこにいるティリアさんのもつ初代『光の力』を持っていた者よ。アウロラの封印を解いて破壊神の力と話をするの」


 すると、ベアグラートが目を見開いて驚いた。

 

 「光の……? なるほど、『光翼の魔王』の力を持っていたものか……ってなんで生きてるのだ!? それにアウロラの封印を解く!? 正気か!?」


 「うん、その気持ちわかるよ……」


 「?」


 いつの間にか近づいていたクロウが遠い目をしてベアグラートの肩を叩き、芙蓉が指を口に当てて首を傾げていた。


 「ま、そう言う訳だからよろしくね。あ、そうそう、君の魔王の力はそこの少年が奪い返しておいたけど……ついてこなかったら……ゲフゲフン……なんでもないわ」


 もごもごしながら芙蓉が狼を撫でながら呟き、スタスタと歩いていく。ベアグラートは横に立っていたクロウと目を合わせた後、芙蓉を追いかけはじめた。

 

 「お、おい!? どういうことだ初代! ついていかなかったらどうするというのだ!?」


 「うーん、流石は芙蓉さん。後輩達なんて手駒だね。見習う点は多いね」


 「お手本にしよう」


 「アニスはやめてくれ……」

 

 ルルカが不穏なことを言い、アニスがボソリと呟いていた。クロウ、ちゃんと抑えておけよ?




 ◆ ◇ ◆



 「造りはどこも変わらないんだな」


 「そうね、バラバラに飛び散ったアウロラとエアモルベーゼの力を、それぞれの勇者が追いかけて封印。そこに建てたんだけど、似たような形なのは驚きよね」


 リファと芙蓉が歩きながら、気にした風もなく……ガーゴイルを粉砕していく。神殿の中へ入ると、やはりいつも通り石碑があった。


 「ねえ芙蓉さん。この石碑って何て書いてあるんですか?」


 「え? えっと、これはね『この地は聖と邪が封印されし、過去の封印である。封印を解かんとする者、相応の力が無くば死を迎えることにならん。願わくば永劫、解かれぬことを求む』かな。血で封印が解けるという部分は残さなかったから、偶然解かれたら厄介かな? くらいだったんだけどね」


 「まあ、封印が解かれたら勝たないと死ぬし、そのままエアモルベーゼが復活したら世界は終わりだしな。消滅させることはできなかったのか?」


 俺が尋ねると、芙蓉はコクリと頷き答えてくれた。


 「……多分できたと思う。だけど、とどめを刺す直前でアウロラが力をぶつけて六つに分かれたのよ。だからこの封印も仕方なく、なのよね」


 「ならとっとと封印を解いて一体ずつ葬れば良かったのに……」


 「当時は血で封印が解けるなんてわからなかったし、とりあえず世界が平和になってめでたしめでたしって感じだったから……さて、それじゃ封印、解こうか?」


 ……解せぬ。こいつはまだ何か隠しているような気がする。でも、『ちょっとコンビニ行こうか』レベルで封印を解こうとする能天気さのせいで難しい……


 「多分、エリアランドで立ち会ったならわかると思うけど、光の玉みたいなのが出なかった? あれはアウロラから分かれた力の一部なの。ちょうど破壊神と対を為す感じね。だからこそエアモルベーゼに集中できたわけだし。それじゃ、誰か一滴血をちょうだい! 私とカケルさん、ティリアさんにクロウ君の血だと復活しないから、よろしく♪」


 魔王系は全滅なのか? その辺りも詳しく聞きたいが、アニスが手をあげて芙蓉へと近づいていく。


 「じゃあ、元々生贄になる予定だった私があげる」


 「気を付けてくれよ」


 クロウの心配をよそに、チャーさんを抱えて芙蓉の元へと歩いていくアニス。芙蓉はポケットから針を取り出し、アニスの指に刺すとぷっくり血が浮き出てくる。それを石碑へ擦りつけると――



 みゅいーん……みゅいーん……


 あの音が聞こえてきた。この気が抜けそうな音はデフォルトなのか……


 『汝、封印を解くか。力を蓄えてきたのだろうな?』


 ふわりと光の玉が芙蓉の前にでてきて語る。これも同じか。


 「こういう感じなのね。さて、出て来てもらうわよ」


 芙蓉がやはりポケットから絆創膏を取り出し、アニスの指に巻いてあげていると、石碑がビシッ! と、割れた。



 ゴゴゴゴゴ……


 「ぬう、邪悪な気が……初代、本当に大丈夫なのだろうな」


 「多分、ね」


 「多分!?」


 曖昧な芙蓉のセリフに焦るベアグラートだが、石碑は待ってくれない。光の玉がフッと消えた。


 「……」


 「ここはどんなやつなんだ?」


 と、険しい顔をしていた芙蓉に声をかけると、黒い影がシュッと飛び出して割れた石碑の上に降り立った。


 「ふはははは! 復活したぞ! わしを復活させたのは誰じゃ? 褒美に破壊神の力を見せてやろうではないか! ふはぁ!」


 白髪交じりの黒い髪をオールバックにして、鼻の下に髭をたくわえた初老っぽい男が手を振るうと黒い塊が神殿の柱を直撃し粉々になった! あの威力、まだ本気じゃないな……


 「おー。爺ちゃんを目覚めさせたのは私」


 俺がごくりと喉を鳴らしていると、パチパチとアニスが拍手をしながら言う。すると初老の男はアニスを見て、口を開いた。


 「……嬢ちゃんがわしを……? あれ、強者が力試しにきたんじゃないのかのう……?」


 すごくがっかりした様子でアニスの前で崩れ落ちる。あ、フェルゼン師匠と同じ匂いがする。 

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