第百六十二話 戦いの前に


 ――騒動が終わった後、入り口付近でクロウがぐったりしているのを発見し介抱する。朝、目を覚ましたクロウはアニスが出て行ったことを説明してくれた。


 「モタモタ食べていないで早く追いかけないと! アニスは死んじゃうんだぞ!」


 激高するクロウに俺は朝食のパンを食べながらクロウへ返事をする。


 「……出て行ったのはアニスの意思なんだろ? なら、それを連れ戻すのは違う。どちらかと言えば俺達が城へ向かっているという情報を漏らされないかの方が心配だな」


 実のところ、クロウとアニスの夜中のやり取りは気付いていた。外に人の気配があったことも。クロウが追いかけるなら止めるつもりでいたが、アニスが止めてくれたため俺達の出番は無かったのだ。

 数人程度なら鎮圧することもできるが、恐らくアニスを探しに来たであろうやつらが、帰ってこないと思われるのは現状不利になると考え、そのままアニスを見送る形とした。


 「とりあえずアニスちゃんは私達のことを言わないと思います。もしそのつもりがあるなら昨晩の時点で攻撃を受けていたでしょうし」


 「そうじゃな。では、予定通り行くかカケルよ」


 「! そうか、カケルが城へ行けばアニスも助けられる……!」


 頬杖をついてパンを食べる俺に、ティリアと師匠が予定について尋ね、クロウはそんな俺に期待を寄せる。雨足はそれほど弱くなっていないが……


 「だな。でも、今日は奇襲の可能性があるから動かない。ミリティアさんには連絡してあるし、明日の朝城へ向かうよ」


 するとクロウが俺に詰め寄ってから激高する。


 「それじゃ遅いよ! 封印が見つかっていたらアニスが生贄にされるんだぞ、そうなったら破壊神の力は強力になって復活するのを分かっているのか?」


 なるほど、クロウの言い分は正しいと思う。いつもなら褒めてやるところだが……


 「言いたいことは分かる。俺だって封印については気が気じゃないさ。でも、クロウは『アニス』を助けたいから言うんだろ? さっきも言ったけど、アニスは自分で出て行ったんだ。俺達が今やらないと行けないことはなんだ?」


 俺が目を細めると、少し下がってからクロウが呟いた。


 「……城を占拠したやつらを倒すことと……ヘルーガ教を止めること……」


 するとルルカが後ろからクロウの肩に手を置きながら呟く。


 「そうだね、よくできました。クロウ君には悪いけど、出て行ってしまったアニスちゃんを信用できないかな。もしかしたらアニスちゃん自体が罠の可能性だってあるしね」


 「で、でも、封印は気になるだろ! カケルが一日待つ必要はないじゃないか……!!」


 「まあ、それはそうだな。でも行くなら夜だ、『存在の不可視』は時間制限があるから、なるべく身を隠せる時間帯がいい」


 「くっ……もういいよ!」


 ガコン!


 「クロウ」


 イスを蹴り上げて別の部屋へ入っていくクロウ。俺が引き止めようとするが、手を振り払われてしまい、ポツリと「見損なったよ」と、呟いたのが聞こえた。


 すると、その後をチャーさんが追って行った。



 「……良かったのかカケル?」


 ふてくされたクロウを見ていたリファが俺に言う。


 「クロウの気持ちは分かるけどな。もしアニスが攫われた、ということであれば俺は即座に行くだろう。だけど、アニスの真意はどこにあるか分からない。ま、あの子が俺達を騙しているとは考えにくいけど、用心するに越したことはないよ。アニスが俺達の脛だと思われるのもうまくない」


 「そうだね。アニス君はどこかで掻っ攫うのがいいと思う。気の毒な子だ、それに『おじさん』とやら、本当にアニスを救ったのかな……?」


 レヴナントが腕組みをして俺達にそんなことを言う。可能性はいくつかあるが、それを論じても仕方がないので、俺達は家の中で様子を見る。


 備えをしつつ、ミリティアさんへ連絡を取ると、戦力はそれほど多くないが送ってくれたそうである。到着までしばらくかかるとのこと。


 そのままヘルーガ教は動きを見せないまま、少し遅いお昼を取ることになる。食ってばっかりだな俺達。当然暴食魔王は歓喜。


 「今日は仕込んでおいたチャーシューを使っての……チャーシュー丼にしてみた」


 ブラックボアールの肩ロースをフライパンで煮込んでおいたのである。染み込ませるのに寝かせないと美味しくならないからここで使うことにした。醤油がある世界で良かった。


 「いただきま――あ、クロウ君を呼んでこないといけませんね! そろそろ機嫌が治っているといいんですけど……」


 我先にいこうとしたティリアが止まり、クロウを呼びに席を立つ。俺の料理愛好家として、自分だけ食すのはダメらしい。そういえばクロウは長いこと部屋から出てきていないな。少しだけ嫌な予感がする。当たっていなければいいが――


 と、思いつつ、俺がクロウの丼を用意していると、ティリアが慌てて戻ってくる。


 「カ、カケルさん!? 大変です! クロウ君が!!」


 「……悪い予感が当たったか……?」


 俺達が部屋を見るとそこはもぬけの殻で、窓がひらっきぱなしになっていた。それにチャーさんの姿も見えない。


 「あいつら、アニスのもとへ行ったのか……」


 「そのようじゃな。可能性はあったが、こんなに早く行動に移すとは思わなんだわい」


 それもあるが、クロウがそこまでアニスに肩入れしているのも驚きではある。


 「どうする? 連れ戻しに行くかい?」


 レヴナントがため息を吐いて言うが、俺は首を振って答えた。


 「いや、このまま行かせよう。こうなる気もしたからな、俺に策がある――」





 ◆ ◇ ◆



 <ゼンゼの城:ギルドラの部屋>


 

 「アニスよ、無事であったか」


 「はい。申し訳ありません、おじさん」


 「無事なら良い。何をしておったのだ?」


 「死んだ村人達を埋めてきました」


 「やはりそうか。別に村人が死んだところでエアモルベーゼ様の糧になるから心も痛まんが、お前が『呼ばれる』のはいただけなかったな」


 「特殊な体質をお許しいただきありがとうございます。それで封印は見つかりましたか?」


 アニスがギルドラへ確認をすると、ギルドラは目を伏せる。


 「まだなのだ。お前の願いを叶えてやりたいが、もう少し待ってくれ」


 「分かりました」


 「……そうそう。あの騎士がお前に会いたいと言っておったのを思い出した。夕食の後、身を清めてから部屋へ行ってくれるか?」


 「はい。おじさんがそう言うなら」


 「(こう扱いやすいと楽でいいな。私の教育のたまものだが。どうせこやつは死ぬし、その前に男に抱かれても問題はあるまい、感情がないからヤツとしては面白くないだろうがな。真実を知った時の絶望を復活の糧に――)」


 ギルドラが胸中でほくそ笑んでいると、ドアがノックされる。


 「ギルドラ様、お耳に入れたいことが」


 「どうした? 入れ」


 「ここから南に数キロの場所に、崩れた洞窟がありました。入り口が岩で塞がれていたのですが、魔法を使って破壊したところ、奥に神殿のようなものがありました」


 「ほ、本当か!? でかしたぞ! では明日、早速出向くとしよう。アニス、ようやく願いが叶うぞ!」


 「はい。ようやくおじさんのお役に立てます」


 やはり無表情で、アニスは口を開くのだった。

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