第百五十四話 猫からの依頼

 

 「まずは助けてくれたことを感謝したい。吾輩の名は『チャコシルフィド」という」


 「あ、これはどうもご丁寧に……」


 俺達は白い猫を拾った後、宿へと向かい、今は俺とクロウの部屋で机に乗っておじぎをする猫とご対面と言う訳である。

 俺も頭を下げていると、さっきまでうずうずしているリファがいよいよチャコシルフィドへ飛び掛かった。


 「かわいいー! 城では動物を飼わせてくれなかったから触れなかったんだ! ほーら、ごろごろ……」


 「むお!? く、苦しい……!? そ、そこの! 少年、助けてくれ!」


 「僕!? ……し、仕方ないな……」


 おっぱい恐怖症のクロウが渋い顔をしながらチャコシルフィドを回収する。


 「あ!? も、もうちょっと……」


 「お前の胸で抱きしめられたらまた犠牲者が出るから諦めろ。とりあえず元気になって良かったな、何があったか分からんが気を付けてな」


 俺が窓を開けてそう言いつつ放してやろうとしたところで、チャコシルフィドが口を開いた。


 「……吾輩が何故喋れるか聞かないのか?」


 「え? いや、獣人の国だし、喋る猫がいてもおかしくないんじゃないか?」


 俺が答えると、ルルカが俺の横に立って猫を撫でながら言う。


 「カケルさんは知らないと思うから説明すると、獣人と動物は違うんだよ。二足歩行をしない純粋な猫や犬が喋ることは基本的にないよ? まあ獣人でもチェルちゃんやミリティアさんみたいに人に近い顔と、動物に近い顔で分かれることはあるけどね」


 「じゃな。お主、ただの猫ではあるまい? 妖魔の類か魔物か……そんなところじゃろう?」


 師匠が追加で質問をすると、チャコシルフィドは一度目を閉じてから俺達に告げる。


 「……吾輩は……」


 ゴクリ……と、ティリアが興味津々の目で見つめている。


 「吾輩はただの猫だ。なぜ喋れるようになったのかは分からん……ご主人を助けようと必死だったが、あえなくやられてな……」


 ガクッと師匠がこける。だが、それ以上に気になることをこいつは言っていた。尋ねようとしたところで、今度はレヴナントがチャコシルフィドへ話しかける。 


 「君はどこから来たんだい? そのご主人はどこにいる?」


 レヴナントが猫を抱きかかえて顔を前にすると、チャコシルフィドはがっくりとうなだれて震えだした。


 「吾輩は、山中にあるピルツの村でご主人と暮らしていた……だが、五日ほど前にドラゴンを連れた者達に村が襲撃され、村は壊滅……ご主人は目の前で……吾輩も戦ったが所詮ただの猫、助けを求めに走ってきたところ、お前達に拾われたということだ」


 どうやらミリティアさんが言っていた襲撃を受けた村から来たらしい。城の近くだったみたいだから、真っ先に狙われたのだろう。さらにチャコシルフィドはにゃーと鳴きながら懇願してきた。


 「見たところお主らは冒険者のようだ。吾輩に力を貸してはくれないだろうか? ご主人の仇を討ちたいのだ! 何者が襲撃して来たのかわからんが、まだこの国にいるに違いない!」


 「分がりまじた! このウェスティリアがご主人様の仇、討ってみせます!」


 「ティリア!?」


 見れば涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら胸をドンと叩いて宣言していた。だが、気持ちは分かる。どうもこの手の話には俺も弱い。


 「ふう……ならチャコシルフィド、俺達と行動を共にすればいい。恐らく、俺達が遭遇する相手と同じだろうな、どんな奴らだったか覚えているか?」


 「騎士というやつだろう。全員槍を持っていた。その内一人だけ、色の違う鎧を着ていたから恐らくそいつが首領だと思う。もうダメだと思うが、村どうなったか見たい。吾輩が案内するから共に頼む」


 もう一度ぺこりとおじぎをすると、ティリアが感極まって飛び付いた。


 「けなげな猫さんです! 私が……わだじがきっとなんとかしてみせますからねええ!!」


 「おわ!? 苦しい!? お、おい、男! 助けてくれ!」


 「俺はカケルだ。よろしくな、とりあえず話は分かった。そして諦めろ」


 「う、うわあああああ!?」


 「お嬢様ばっかりずるい! わ、私も!」


 「実はボクも猫大好きなんだよねー」


 「あひん!? 毛がボロボロになる!? やめてぇぇぇぇ!?」



 「……アウロラ様のご加護があると、いいな……」


 女性陣にもみくちゃにされながら、かつての自分を思い出して祈るクロウであった。


 ともあれ、道案内ができたのは嬉しい限りで、チャコシルフィドが言うには道中二つ村を経由し、彼のいた村へ到着するらしい。町はここ、シュピーゲルの町以外だと城下町しかないのだとか。


 すでに昼を過ぎているので、出発は明日の早朝に決め、今日は各々好きなことをする時間にあてることにしたのだ。俺はミリティアさんへ出発の件を伝えるべくユニオンに向かっていた。女性陣は猫に夢中なので、俺はクロウと外に出たのだが――



 「……どうして師匠がついてくるんだ?」


 「散歩じゃよ。と、言いたいところじゃが気になっていることを聞きたくての。はっきり聞くが、レヴナントは一体何者じゃ? わしらを助けてくれたことには感謝するが、言動が怪しい。何を企んでいるか知らんか? ルルカも感づいておるから監視役として置いて来た」


 まあ流石に気付くか。とはいえ俺もあいつについての情報は少ない。


 「……俺も目的は分からない。だが一つだけ言えるのは、あいつは恐らく俺と同じ世界の人間だ」


 「え……!?」


 クロウが驚いて俺を見るが、師匠は眉を少し上げただけだった。


 「やはりか。どうもスマホのことを知っていたり、何かを言い淀んだり、言いなおすことが多かったからのう。どうする? 力づくで吐かせるか? 魔王二人にわしとルルカ、リファにクロウなら勝てん相手ではないぞ」


 師匠は指を立てて言うが、俺は首を振った。


 「今はまだいい。実害があるわけじゃないしな。まあ故郷へ戻るつもりだったティリア達には悪いが……」


 「ああ、あやつらはあまり気にしておらんからええわい。なら、わしも傍観させてもらうか。ただし、カケルや他の者に害があると判断すれば容赦はせん。いいな?」


 「それは俺もそうだ、頼りにしてるよ師匠」


 「う、うむ。泥船に乗ったつもりでいるがよいぞ」


 赤い顔をして俺の背中をバンバン叩くが、それは沈むぞ師匠。


 「僕はカケル達について封印を何とかするだけだから、レヴナントは利用させてもらうよ……ん?」


 クロウが何故かドヤ顔でそんなことを言っていると、後ろから気配がして振り返る。するとそこには女性陣に構われていたチャコシルフィドが走ってきていた。


 「お、どうした? ティリア達から逃げて来たのかチャーさん?」


 「吾輩はおもちゃではないからな……いや、待て、『チャーさん』とはもしかして吾輩のことか?」


 タタっと器用に俺の背中をよじ登り、肩に止まってから言う。


 「ああ、名前が長いからチャーさんだ」


 「ぐ、ぐぬう……ご主人のつけてくれた名前を……しかし命の恩人……」


 チャーさんが葛藤していると、クロウが大声で笑い始めた。


 「あはははは! チャーさん! いいじゃないか!」


 「フー!」


 バリバリバリ!


 「ぎゃああああ!?」


 笑われたことに怒ったチャーさんがクロウに飛び掛かり、顔を引っ掻いた。


 「この……! クソ猫め!」


 「ふん、笑いものにするからそう言う目にあう」


 チャーさんを捕まえようと走り回るクロウだが、ひらりひらりと躱していく。その身のこなしを見ていると、こいつが逃げ切れたのは偶然じゃなさそうだと思う。


 「ま、賑やかなのはええことじゃ」


 そのまま俺と師匠はぎゃーぎゃー騒ぐ一人と一匹を連れてユニオンの扉を再びくぐった。







 


 ◆ ◇ ◆






 『――まあまあ馴染んできたわね。残り四つの封印も早く解かないと、折角のチャンスだし』


 左手をにぎにぎしながらアウロラが呟く。


 『さて、封印が全て解かれた時の準備をしないと。今度は必ず消滅させてやるわ……』


 フフフと不敵な笑いをするアウロラがティーカップに口をつけた。


 『熱ッ!? 私は猫舌なんですけど!? くそ! こうしてやる! ……あら、面白そうなことになっているじゃない』


 だばだばと池にお茶を捨てるアウロラ。そこにはドラゴンがカケルのいるシュピーゲルの町へ襲撃に向かう場面が映し出されていた。 

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