第八十七話 怪しい男と新しい力
クリューゲルの話を聞き、王都まで乗り込むことに決めた俺達はいそいそと準備を進めていた。
今は昼を回るかどうかという時間だが、ここから王都まではティリア達の乗ってきた馬車でほぼ丸一日かかるらしい。一回は森か平野で野営をすることになるので食料をユリム達と一緒に集め、何とか馬車に積み込みまで終わらせることができていた。
「よし、これで万が一何かあっても食いっぱぐれはないな」
「ですね、私もご一緒したいのですが……」
「わたしもー!」
ユリム達がそんなことを言うが、今の情勢でエルフが王都へ行ったらそれこそ八つ裂きにされかねないので、やんわりと断った。
「ゴブリンにまた狙われるぞ」
「あ、あれはクリムがゴブリンに捕まったから仕方なくです! 本当は強いんですよ私!」
ユリムが豊かな胸を反らしてえっへんと鼻息を荒くする。まあ、魔王の娘だけあって弱いということは無いだろうと思うが。
「ま、親父さん達とここを守るこったな」
「そう、ですね……でもカケル様がお父さんを治してくれたのできっと大丈夫ですよ!」
そう言ってやっぱりキラキラした目で俺を見てくるので、片手をあげてその場を後にする。俺はもう一つ確認したいことがあったので、バウムさんを探す。すると、バウムさんから声をかけてきてくれた。
「カケル君」
「ん? バウムさん? 丁度良かった、探してたんだ」
「そうなのかい? まずは礼を言わせてくれ、私の治療、本当にありがとう」
そう言ってバウムさんは深々と頭を下げてきた。
「いいって、俺も打算が無いわけじゃない。チェルの家がこの国にあるって聞いたからな。騒動が片付いて家へ帰せるなら悪くないさ。それより、魔王であるバウムさんが体調を崩すということが俺には信じられないんだが、それについて何か情報は無いか?」
「うむ……その前に、魔王という存在についてどれだけ知っている?」
「え? ……そうだな、六人居て、それぞれ属性を司っていて強大な力がある、って感じかな?」
俺は学院やゼルトナ爺さんから貰った知識を呼び起こして答えると、バウムさんは頷き、話を続けた。
「その認識で大丈夫だ。ただ、強大な力があっても、それはこと戦闘においてだけで、魔王にもよるが毒も呪いも効く。身体能力は高いが、状態異常が効かないわけではない、ということだな」
「そうなのか……ってことはまさか?」
「そのまさかだ。何らかの毒を盛られたと考えるのが妥当だろうな。ちなみに私は麻痺や睡眠にはめっぽう強いが、毒には弱いのだ。そして体調を悪くしだしてから、集落からエルフが一人消えている」
怪しすぎるな、その消えたエルフ。
「この集落の者では無いのだが、ある日、何人かと森へ探索に出た後、消息を絶ったらしい。血のついた装備品が落ちていてそれを回収した者が私に報告をくれて発覚した」
「ほぼ黒だな」
「私もそう思う。集落のエルフを疑う者は基本居ないからな、ふらりと来て、料理に毒を混ぜるくらいはできるだろう。その後は口封じに殺されたか……」
「自作自演で死んだと見せかけたか、だな」
俺が言うとバウムさんが頷く。
「この森で暮らすことを強制していないかわりに外の世界では自力で生きていくことになる。もしかすると唆されたのかもしれないな」
「ああ、そういやエルフって他の国にもいるよな。ミルコットさん元気かなあ……」
「ミルコットを知っているのか?」
「え? うん、カルモの町ってところのユニオンで働いていたぞ」
「そうか……元気でやっているのか……外の世界に憧れて出ていくエルフは多いが、苦労して帰ってくる者も多いからな」
フフ、と懐かしそうに笑うバウムさん。知り合いだったのかな?
「とりあえず、私の命を狙ったと思われる者の名は『フィアム』という。左耳にリングを三つつけているからすぐにわかると思う。一連の件に関与しているなら気を付けておいた方がいい」
「気を付けてみるよ。見つけたらどうする?」
「ここに連れて来てくれると助かるが、その場で処しても問題ない。カケル君に任せよう」
「……ま、殺すのは最終手段だな。左耳にリング三つ、覚えたぞ」
「そうだな、似顔絵を書いておこう」
「へえ、覚えてるのか顔? 絵も描ける……って、上手ぁ!?」
さらさらとペンを走らせるバウムさんの絵はめちゃくちゃ上手かった。ああ、斜に構えているというかチャラいというか、そんな雰囲気の男だった。
「じゃあ貰っとくよ。じゃあ……」
「待て」
と、俺が立ち去ろうとしたところでまた声をかけられる。
「何だよ、まだ何かあるのか?」
「うむ。カケル君の武器についてだ。その錆びた剣で戦うつもりか?」
「これは、俺の修行道具みたいなもんだな。本命はこっちの槍……」
と、カバンから取り出したところで、デブリンとの戦いで折れ曲がったことを思い出す。
「……だったんだけどこの通りだ。武器屋ってここにあったりする?」
「はは、この集落には無いな。町へ行って買うのがいいだろうが、ふむ槍に適性があるならあれを貸してやろう」
そう言って一度屋敷の中へ入り、しばらくして戻ってきた。
「この槍を持っていけ。名を『テンペスト・コール』という。それなりに使えるはずだ。一説には使い慣れれば嵐を起こせる、と言われているが使いこなせたものは私を含めていないな」
「いいのか?」
「私には宝具があるからな。倉庫で錆びになるよりマシだ。……クリューゲルという男も完全に信用したわけではない。お前達も足元を掬われるなよ。あのゴブリン達やデブリン達の動きも異常だった、もしかするとローブの者達が絡んでいるかもしれん」
「分かった。ありがとうバウムさん」
「それよりも無事に帰ってきたら、パーティだ! 私を治してくれたお祝いだ!」
はっはっは、と笑いながらバウムさんは手をあげて屋敷へと戻って行き、入れ違いにティリアが迎えに来た。
「カケルさん、どうですか? 話は終わりましたか?」
「見てたのか。ああ、いつでも行けるぞ。チェルは?」
「あの子はもう馬車に乗ってます。リファとルルカが話相手になっていますね。御者はクリューゲルさんにお願いしました」
「……お前も大変だな。魔王に頼みこみに来たら騒動に巻き込まれるし」
「? そうですか? 私は世界が滅びて大切な人を失いたくないし、できることをやっているだけですよ。カケルさんも大切な人がいたらそうするでしょう?」
コテンと首を傾げて俺を見るティリア。
「行きましょう!」
俺が困惑していると、ティリアがニコッと笑い、俺の手を引き、馬車へと向かう。
やれやれ、と苦笑しながら、俺はティリアの言葉を思い返す。
……大切な人
とうの昔に失くしてしまった……いや、自らの手で失くした俺には、ティリアの言葉が刃のように胸に刺さっていた。
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