第六十八話 魔王様ファイト!(蹂躙)



 あっという間に目の前から消えたカケルとウェスティリアの向かった方向を呆然と見つめていたリファが大声をあげた。


 「ハッ!? お嬢様を追いかけないと!」


 「あの二人仲違いしてるかと思ったけど、コンビネーション抜群なんですけど!?」


 あのスピードでは追いつくのは難しい……リファは被害者であるユーキに訪ねていた。


 「何か犯人に心当たりはないか? いつも絡んできた人間とか、意地の悪い貴族とかでも何でもいい」


 「……もしかすると……」


 「誰か心当たりがあるのね?」


 ルルカが聞くと、ユーキはコクリと頷き、話を続ける。


 「漁師の息子で、スネッタってやつなんだけど、いつも俺が魚を売っていたら絡んでくるんだ。俺を貧乏人っていつも言ってきてたから、商売がうまくいってるのが気に入らないのかも……」


 「そいつはどこに?」


 「いつもは兄ちゃんが走って行った方にある、港外れの空き倉庫を秘密基地とか言って遊び場にしてるよ。俺、何度か連れ込まれそうになったこともあるから案内できるよ」


 それを聞いて『あー』とルルカは納得する。嫌がらせには、鉄板を持って行った目的とはまた別の理由もあると思ったが、今はそれを言っている場合ではない。


 「それじゃ、連れて行ってくれる?」


 「うん! こっち!」


 リファとルルカはユーキを先頭に、魔王二人を追いかけはじめるのだった。




 ◆ ◇ ◆



 「次は!」


 「右へ曲がってください、その後は道なりです!」


 俺の背中でカーナビのような指示を出してくるティリアと共に港を走り抜けていると、人気が少なくなり、寂しい場所へと近づいていく。


 「近いです。この倉庫のどこかに潜伏していると思います」


 「よし、ここからはゆっくり探そう。 ……帰りの船は大丈夫なのか?」


 「こちらも乗りかかった船ですし、悪い人を許す訳にはいきません。後、たこ焼きのためです」


 うまいことを言う……そして、恥ずかしがらずにハッキリとしているのは好感が持てる。そんなことを思いながら倉庫の扉をゆっくりと開けながら中を覗いていく。


 「レベル6だと言っていましたが、ここまで来る時の速さはかなりのものでしたね? スキルのおかげ、とか?」


 「……まあな。おっと、ビンゴのようだ」


 「そのようですね」


 三つ目の角にあった倉庫をそっと開けると、覆面野郎がボソボソと会話をしていた――




 「へへ、ユーキの野郎、生意気にも金を稼ぎやがって」


 「まったくだ、思い知らせてやらないとな」


 二人が真ん中にいた覆面に話しかけると、そいつは覆面を取りながら笑う。


 「はは、あいつは貧乏のままでいい! どん底になった時、俺が手を差し伸べる……そしたらどうなると思う?」


 「スネッタにゃ頭が上がらなくなるな!」


 「そう、あいつは俺のものになる」


 何だ……? ユーキを自分のものにしたいって……手下を増やしたいのか、あいつは?


 「で、鉄板はどうするんだ?」


 「これを追ってユーキは来るに違い無い。ここは人も滅多に来ない、後は分かるな?」


 「へへ、お楽しみって訳か。いいな」


 すると、それを聞いたティリアが拳を握って怒りをあらわにした。


 「何てことを……! 絶対に許せません……!!!」


 「なるほど、ここにおびき寄せて全員でリンチってとこ……っておい!?」


 すっくと立ちあがったティリアは勢いよく倉庫の扉を開け放った!!


 バァァァァン!!


 突然の轟音にビクッとする三人組。恐る恐るこちらを見て、ホッとしたあとニヤニヤと笑いながら喋りはじめた。


 「へ、へへ……驚かすなよ可愛いお嬢さん。何の用だ? 俺達といいことしたいのかい?」


 「それはお断りだな」


 嫌らしい笑みを浮かべているところに俺が扉の影から姿を現すと、三人組が驚いた声をあげた。


 「げ!? お前はユーキと一緒にいた……ど、どうしてここが!? お前はあの時いなかったはず!」


 「私が案内しました! さあ、鉄板を返しなさい!」


 「それと、二度とユーキに近づかないようにしてもらわないとな? 警護団に引き渡せば大人しくなるかな?」


 ティリアがロッドを、俺が指を鳴らしていると、三人組の後ろからさらに声が響いた。


 「それは叶いませんよ?」


 「……誰だ?」


 影から出てきたのは小太りだが、身なりのいいおっさんだった。こいつが黒幕、ってところか?


 「貴族の私が握りつぶす。それも確実に! 鉄板は盗まれたのではなく『譲った』ここであなた方に何かあってもそれは『無かったこと』になるのですよ? ユーキとノーラが来なかったのはアテが外れましたが、とりあえず楽しむのはそこのお嬢さんでもいいでしょう」


 こいつらティリアが魔王だってしらないのか?


 「(お前が魔王だって知られてないのか?)」


 「(私は別の大陸の魔王ですし、継承してそれほど経っていませんから、仕方がありません)」


 俺とあまり変わらない感じってことか?


 「あの鉄板は私がうまく活用しますからご安心を……さて、冒険者のようですが、この三人もそこらの冒険者には負けないくらい強いですよ?」


 「へへ……」


 チャキ……チャキン。


 三人は武器を取り出し、ゆっくりと近づいてくる。


 「大人しくしてればすぐ済む。ちんちくりんな体でも女は女だ。兄ちゃんの方は……魚の餌だな」


 ピキン!


 「う……!?」


 スネッタ、と呼ばれていた少年が言葉を放った瞬間、空気が張りつめた。異様なオーラが俺の隣から溢れているのが凄く伝わってくる。


 「今、何と?」


 さっきまで髪と同じく銀色だった瞳が赤く染まっていた。


 「何? 女は女……」


 「それじゃありません」


 「ああ、ちんちくりんな体……か!?」


 言い終わる前にいつの間に前へ出ていたのか、ティリアがロッドの柄でスネッタの鳩尾を鋭く突いていた。


 「言ってはいけないことを言いましたね!」


 「な、こ、こいつ!?」


 隣に居た覆面が慌ててティリアに剣を振り降ろすが、ティリアは魔法で軽々とそれを止める。


 「≪光壁≫あなた達でこれを破るのは不可能です。せい!」


 「んが!?」


 「おー、流石は魔王様ってとこか、強いな」


 魔法も使わずロッドだけで三人を相手にするティリアはかなり強かった。そして俺の言葉を聞いて、後ろで呆然と立っていた貴族とやらが冷や汗をかきながら口を開く。


 「ま、魔王、だと? ……あ!? あの赤い瞳は魔王の証……!? こいつらでは勝てん……! て、鉄板だけは……」


 「おっと、そうはいかないぞ」


 このままじゃ俺の見せ場が無くなってしまうので『速』をあげて一気に近づき、貴族の首根っこを引っ掴む。


 「うお!? き、貴様……! は、離せ!? 私を誰だと思っている!?」


 「いやあ、この世情に疎くてなあ。悪党だってのは分かるんだが……」


 バタバタと暴れる貴族を尻目にチラリとティリアの方を見ると、向こうもすでに蹂躙が終わっているようだった。


 「むふー!」


 「おげぇぇ……ま、魔王がなんでユーキの鉄板を取り返しに来るんだよ……」


 「こ、これは、きいてねぇよスネッタ……!」


 「げほっげほっ!? お、俺が知るか!? い、命だけは……!」


 分かりやすいヤツラである。そして、後ろ手にナイフを隠し持っていることも見え見え。それなら、と俺は貴族を持ったままティリアの横へ移動する。


 「ヒッ!?」


 「おや、そちらも終わりましたか? お疲れ様でした」


 「大したことないヤツだしな。さて、お前等、話をしようか」


 ティリアに労われつつ、俺は貴族を前に回し、首を掴みながら三人組へ声をかける。


 「な、何だよ……か、金はないぞ……」


 「そんなもんは要らん。今後、ユーキに近づかないと誓えるなら見逃してやってもいい、どうだ?」


 「な、何だって……?」


 「言った通りの意味だ、今後ユーキに絡んだり嫌がらせをしたりするのを止めろ。そしたらこの場は許してやる」


 すると三人組は顔を見合わせてぼそぼそと何かを喋っていた。


 「(マジかこいつ、ラッキーだな)」


 「(ああ、こいつがどこかに行った後に襲えばいいんじゃね?)」


 「(ひひ……アホだな……)」


 「は、はい……ユーキには手を出しません! 誓って!」


 まあだいたい何を考えているか表情で分かるな。そう来るだろうと思って、この貴族を捕まえている訳だが……。


 「お、おい! こいつらはこう言っているし、わ、私も手を引く。鉄板も返すから助けろ!」


 「ふう……お前等、まだ立場が分かっていないようだな?」


 ズズズ……と、貴族の首根っこを掴んだ手に力がこもる……そう、俺は『生命の終焉』を発動させたのだ。


 「もし、ユーキに何かあればこういう風になるぞ……?」


 「ひっ!? あ、赤い瞳……お、お前も……!?」


 スネッタが叫ぶがそれをかき消すようにそれ以上の声で貴族が奇声をあげながら暴れ始めた。


 「ひいいいいい!? 手、手が!? いっぱい!? や、止めろ、掴むな、あ、ああああ!?」


 「「「うわあああああ!?」」」


 三人組は貴族の様子を見てちびった。無理もない、見る見るうちに貴族がしわしわになり、骨と皮だけになったのだから。寿命を残り一年になるまで吸ってやった。


 「はえ……? わ、わらひは一体……?」


 「あ、あああ」


 「俺は魔王カケル。ユーキに何かあれば、こいつみたいにしてやるからな……?」


 できるだけ悪い顔でニヤリと笑うと、三人組は腰を抜かしたのか手で這うように逃げ出した。だが、俺はそれを逃がさない。


 「ひえっ!?」


 「……返事はどうした?」


 「あ、ああ、は、はい! に、二度とユーキには手を出しません! 誓って絶対に! 魔王様に誓ってぇぇぇ! だから許してぇぇぇぇ!」


 「俺はレリクス王子とも面識がある。その意味は分かるな? ……分かったら行け」


 俺が顎で促すと、三人は凄い勢いでコクコクと頷き、ダバダバと裏口から出て行った。


 「ふう、さて……後はこいつか」


 「……どうするのですか?」


 「あれだけびびらせたら大丈夫だろう『魔王の慈悲』っと……」


 ぴくぴくしている貴族があっという間に元の姿へと戻っていった。


 「鉄板回収っと。こいつはここに捨てていけばいいか?」


 「いえ、連れて行って明らかにするべきです。魔王である私達なら、信じてもらえるでしょうから、ユーキさんに復讐の手が伸びないよう、手を打っておいた方がいいと思います。レリクス王子とお知り合いなら尚のことでしょう」


 確かに、それは一理ある。が、レリクスの件は咄嗟だったから頼るつもりはないんだよな……。


 さてどうするかと考えていた所で、最近聞いたはずなのに妙に懐かしく感じる声が聞こえてきた。


 「オーッホッホッホ! 見つけましたわよカケルさん!! この人達に着いて来て正解でしたわね!」


 振り返ったそこには、リファにルルカ、それに口をあんぐり開けているユーキに……元・悪役令嬢が高笑いをしながら立っていた。

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