第五十八話 出会い

 


  メリーヌ師匠が旅立った後、昼過ぎまでゴロ寝をしていたが俺はふと体を起こして考える。


 「そういや魔法は師匠のおかげでかなり理解できたけど、近接戦闘技術はまったく鍛えられてないな」


 カバンからにゅっと槍を取り出して洞窟から外に出る。昨日まで師匠とぎゃーぎゃー言いながら修行をしていたのが懐かしいと思いながら、俺は槍をビュ、っと振ってみる。


 戦う相手は居ないに越したことはないんだけど、ここは山奥なので魔物と遭遇することもある。実際、昨日もマウンテンウルフとやらに襲撃を受けていたりする。


 「ま、暇だし適当にやりますかね」


 <武器適性があるから訓練の必要はないでは?>


 槍を振っているとふいにナルレアに声をかけられ、俺は振りながらそれに答える。


 「適性があっても、訓練をしないと対応する動きは咄嗟にできないもんだと思うぞ?」


 <……確かに適性があれば岩を簡単に砕いたりできますが、人や魔物相手は動くので身体が動けるようにしておくのは分かる気がします>


 「だろ? 流石にこれ以上騒動に巻き込まれることもないだろうけどな」


 後三日我慢すれば港町へ行って船に乗り別大陸だ。そうなれば俺を知る人物はリセットされ、大手を振って歩けるし、新しい場所に行けることに期待をしながら無心で槍の修行をしていると、いつの間にか夜になっていた。




 「……ふう、静かなもんだな」


 <寂しいならお師匠様について行けばよかったではありませんか>


 「寂しくは無いけどな。それでも良かったけど、師匠の人生は師匠のものだ。手助けを必要としてくれたなら行ったかもしれないけど、あの人は自分で何とかする気なんだろうさ」


 ソシアさんを殺そうとしたことは許せないが、そもそもの発端を考えれば同情する点は多々ある。それについても城での一件から心変わりがあったのか、一緒に生活している間は随分と穏やかだった。アウグゼスト行きに俺を頼らなかったのは巻き込みたくなかったのだろうと思った。


 <理解ができません。人が多い方が有利だと思います>


 「まあ、人間ってのは理屈だけで生きられないから仕方がない。どんなに合理的でも、な」


 味噌汁とライスボール……おにぎりと、適当に焼いた肉を平らげた俺は、朝食の仕込みを始める。明日からは自分で朝食を用意しなければならないのだ。


 「お前、何かレシピとか引っ張って来れないのか?」


 ピロン


 俺がふと気になってナルレアに尋ねると、何か音が聞こえた後にナルレアが事務的なメッセージを話始めた。



 <『追憶の味』を習得しました>


 「なんだそりゃ……?」


 <カケル様の食べた、見たことのある料理を再現することができるようになりました。例えばカケル様が一番おいしいと思ったかつ丼の作り方が頭に浮かびます。なのでボア丼もさらに美味しく調理できる、というような形ですね>


 便利、なのか?


 俺は試しにレヴナントが置いて行った食料からビーフシチューを作ってみることにした。


 「お、おお? 確かに作り方が手に取るように分かる……!」


 微妙に使う材料は異世界のものになるが、その辺りを補完してくれる機能がついているようで、見た食材え適正なものを選び取ることが容易だった。


 「これいいな! これで各地の美味しい物を食べればいくらでも再現ができるってわけか!」


 魔王としてどうなのか、というスキルだが『食べる』ことに関してはできるだけ妥協しないでいきたいと思っていたのでこれは素直に嬉しい。


 <ふふん!>


 何故お前が誇らしげに……?


 そう思ったが、こいつのおかげでスキルが増えたので今回は不問にしておくことにした。一晩寝かせればきっと美味しいシチューができているに違いない……俺はワクワクしながら疲れた体を休めた。





 ◆ ◇ ◆



 ――翌朝



 「くぁ……」


 夜中に目が覚めることも無くぐっすりと眠れたようで、スマホの時計を見ると9時半を回っていた。師匠はお年寄りだからから朝7時には起きていたことを考えると寝過ぎたといえるだろう。だが、今は一人。誰にも文句は言われない!


 「ビバ、独り者……!」


 <負け組のセリフですよ>


 「やかましいわ!? さて、顔を洗ってからビーフシチュの試食といこう。いい匂いがしていたからきっとうまいぞ」


 <ゴクリ……>


 「何で喉を鳴らすんだよ……お前は食べられないだろうが……」


 <そんなことはありません、カケル様の……おや、どうしました?>


 と、何か言いかけたものの、洞窟から顔を出した俺が固まったことに気付いたナルレアが疑問形で訪ねてきた。


 そんな俺の目の前には、俺の、ビーフシチューを、がつがつと、食べ続ける、髭面のおっさんが、居た。


 あまりの光景に言葉を失っていたが、我に返りおっさんに声をかけた。


 「お、おい! それは俺のビーフシチューだぞ! 何勝手に食ってやがる!!」


 すると、おっさんは顔を上げて笑いながら手を振ってきた。やけに親しげに……!


 「おー、おめぇが作ったのかコレ。びーふしちゅー? ってのか? うめぇな! おっと」


 「そりゃどうも。 ……じゃねぇよ! あ、あーあ……全部食ったのかよ……」


 おっさんが手にしていた鍋を奪い取るが時すでに遅し、鍋の中はきれいに空っぽになっていた……。


 「お、おお……」


 カラン……


 鍋を取り落とし、ガクリと膝をついた俺が四つん這いで嘆いていると、おっさんが近づいてきて、俺の肩を叩きながらニカッと笑い、指を立てて言った。


 「ごちそうさん!」


 「死ぃねぇぇぇぇぇぇ!!」


 食べ物の恨みは恐ろしいのだ、おっさんが何者だか知らないが後悔してもらう……!! 我ながら驚くほどの速さでステータスをいじって殴りかかる!


 「おっと」


 「避けた!?」


 馬鹿な!? 『速』にかなり振ったから威力はそこそこだけど確実に当てられるように変えたのに避けやがった!? ほぼゼロ距離だぞ!?


 外した勢いでゴロゴロと転がりながらも、俺は態勢を立て直し槍をカバンから取り出して構え、再びおっさんに襲いかかった!


 「ほう、今の一撃も中々だったが速いな」


 「食らえ!」


 命を取るつもりはないので、柄の部分で殴り掛かるため最速で振り降ろす。ふはは! 今度こそもらった!


 だが、次の瞬間、俺は目の前が真っ暗になった……。







 <――様、カケル様>


 「ハッ……!」


 「おう、気付いたか。悪ぃ、勢いが良かったんで叩きつけちまった」


 ナルレアの声で目を覚ました俺はガバッと上半身を起こすと、石を椅子にしたおっさんが頭を掻きながらすまなさそうに声をかけてきた。


 「俺は……気絶していたのか……」


 「だなぁ。鋭かったが読みやすい。ちょっと避けた後、足を引っかけて投げ飛ばしたんだよ。いや、悪かったな。三日くらい何も食ってなかったところにいい匂いがしたから食っちまった」


 「はあ……もういい。なら満足したろ? どっか行ってくれ」


 とりあえずおっさんをシッシ、と、追い払う仕草をして俺はカバンを探る。まだ食材はあるので、適当に見繕おうとしたが、その場を動かないおっさんが俺に尋ねてきた。


 「おめぇ冒険者か? こんな山の中で修行でもしてるのか?」


 「……まあ、そんなところだ。あんたこそ何だってこんな山奥に居るんだ? それも三日食ってないとか、迷子か?」


 「迷子じゃねぇよ。いい歳したおっさんに失礼だな。ただ目的地に着かないだけだ」


 「それを迷子ってんだよ!? もういいからどっか行ってくれよ……」


 これ以上関わるとロクなことにならないと思うので、なるべくうんざりした顔で言い放つと、おっさんは顔に似合わず殊勝なことを言いだした。


 「飯の礼をしたいんだが、あいにく今は手持ちが無くてな」


 「いや、もういいよ。一言あればなお良かったが、腹が減ってたんなら仕方ない。美味かったみたいだし、また作ればいいからな」


 「……ふむ」


 顎に手を当て、目を瞑って考え込み始めたおっさんが、何かを思いついたように足をパンと叩いて叫んだ。


 「よし! おめぇは冒険者だって言ってたな。俺が鍛えてやる!」


 「はあ!?」


 「はっはっは、これでも俺ぁそこそこ強いから何かの役に立つと思うぞ!」


 豪快に笑いながらおっさんはそんなことを言う。そういえば腰に剣を下げているが、おっさんも冒険者か?


 「……鍛える、ねえ……」


 俺は鶏肉を焼きながら、もう一度すっごい嫌そうな顔をしておっさんを見て呟いた。

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