第四十三話 レリクス王子



 

 「いきます! ≪光刺≫」


 開始直後に仕掛けたのはソシアさんだった。連戦の疲れもあり、早く勝負を決めたいところなのは理解できる。それを見たレリクス王子が不敵に笑う……!


 「フフフ、気が早いね。ではこちらからも行かせてもらうよ!」


 「何の防御もせず正面から行っただと!?」


 いや、何か策があるのかもしれない。さっきの戦いは『しょぼい』と見せかけていただけの可能性も……。 


 プスプスプス!


 「ああ!? 痛いっ!?」


 「……」


 「≪光の矢≫!」


 「おお!?」


 特に何も考えていなかったらしく、あっさりと光刺があちこちに刺さり、光の矢を撃たれたが驚きながら寸前で回避をした。俺の驚きを返せ。


 「ソシア様、そのまま畳み掛けましょう!」


 「ええ!」


 グランツの声援でさらに光の矢を生成し連続で放つが、王子もまだ頑張るつもりのようで魔法を使ってきた!


 「≪輝きの一閃≫!」


 「光の矢を……!?」


 「かき消しながら攻撃をしてくるなんてアリ!?」


 光の矢を飲みこみながらレイピアから発した光の波を見てソシアさんとエリンが叫ぶ。そして光の波はそのままソシアさん目がけて飛んでくる!


 「≪輝きの盾≫……!」


 咄嗟に使った盾の魔法で、何とか防ぐものの、盾は女生徒の戦いの時よりも強度が下がっているようで、綻びができ、ソシアさんの制服がわずかに斬り裂かれた。


 「やりますね……!」


 「ああ、伊達に次期国王ではないということだな」


 恐らく戦いたいのであろう、グランツの声に熱が入る。これで迂闊に手が出せなくなった……と、思っていたのだが……。


 「僕の最大技を防ぐとは、フフフ、流石はソシア君」


 「ぶっ倒れているー!?」


 「王子、多分魔力切れ」


 カッコいいセリフだが、レリクス(もう呼び捨てでいいわ!)は、うつぶせ状態で顔だけを前に向け、さらにドヤ顔で喋っていた。


 「あの……レリクス王子……?」


 ソシアさんが恐る恐る声をかけると、レリクスは大げさに頭を振りながら叫びだした。


 「ああ! 何という事だろう、これでは戦うことができない! ……しかし、これで良かったのかもしれない、やはり僕には婚約者を傷つけることなんてできないのだから!」


 いや、お前今大技を使ったよな……?


 「レリクス王子……!」


 その言葉に感動して口に手を当てながら瞳を潤ませるソシアさん。


 「騙されてるよ! 王子は魔力が切れて動けなくなっただけだ! 美談にならないから!」


 「君は黙っていたまえ」


 「いや、その恰好でキリっとされても困るが……とりあえず王子の負けってことでいいのか?」


 「……そうだね、僕はもう動けそうにない。先生、合図を」


 ぼけーっと一部始終を見ていたネーレ先生がハッとし、慌てて手をあげて宣言をする。


 「しょ、勝者~ソシアさん~!」


 その瞬間、ワッ! と歓声が上がり、拍手やレリクスを称える黄色い声が響き渡った。壇上を降りながら横目で見ると、レリクスはネーレ先生に魔力回復のポーションをもらいすぐに立ち上がっているのを確認できた。


 「流石はソシア様だ! おい、お前等決勝で足を引っ張るんじゃねぇぞ!」


 「えっと……モブ男君、だっけ?」


 「グネンだよ!? 昨日戦ったろうが!?」


 「ト、トレーネちゃん! 決勝進出おめでてとう!」


 「ありがとう。噛んでるけど……ところで誰?」


 クラスメイトに歓迎されながらソシアさんもニコニコと笑いながら後ろからついてくる。


 「それでは決勝の前に一時間の休憩です~! 出場する人は魔力回復などに努めてくださいね~!」


 お、連戦じゃないのか。それはソシアさんにとってはかなり助かると思っていたら、クラスメイトが魔力回復ポーションをソシアさんに差し出していた。


 「はい、ソシア様」


 「ありがとう! ……んくんく……リンゴ味なのね、美味しい」


 「ええ、カルモの町でまたリンゴがたくさん取れるようになるからって、大盤振る舞いをしてたんですって。それをポーションに混ぜてみました」


 横で聞き耳を立てながら俺は少し喜ばしい気持ちで聞いていた。どうやら、リンゴ園は問題なく運営できているようだ。


 「アンリエッタ、頑張ってるな……」


 「あ、またアンリエッタって言った。誰? 昔の彼女?」


 「今も昔彼女は居ないぞ。少し前に世話になったんだよ。もう会うこともないだろうけど」


 「なら安心」


 ふふん、と鼻を鳴らすトレーネにやれやれと肩を竦めていると、後ろからレリクス王子に声をかけられた。


 「やあ、カケル君、だったかな?」


 「レリクス王子……」


 目当ては俺か? 一体何の用だ? と俺が訝しんでいると、きらりと白い歯を見せながら尚も話を続けてくる。


 「食堂でも言ったけど、君と少し話をしたいと思ってね? ソシア君、借りてもいいかな?」


 「……ええ、構いませんよ。私も少しお友達とお話したいので!」


 「ではあそこの日陰に行こう。ペリッティ、ティーセットを頼むよ」


 「承知しました」


 「うわ!? どっから出てきたの!?」


 俺達の間を割って歩くレリクスが声を出すと、いつの間にか俺達の横にメイドさんが立ってコクリと頷いき、エリンがビクッと後ずさった。ん? この人、訓練場でレリクスと居た人じゃないか? 確か。


 そのまま流されるように校舎の近くにある木の下で、ペリッティさんがスカートからテーブルセットを取り出し俺達を座らせてくれた。


 「……どうなってるのそれ?」


 「見ますか?」


 「いえ、いいです……」


 ヒラヒラとスカートを揺らしながら真顔でエリンに答えると、エリンは俯いて諦めた。


 「では俺が……」


 「どうぞ」


 「カケルはダメ! 兄貴ならいい」


 俺がスカートの中へ頭を突っ込もうとすると、トレーネが思い切り引っ張って抗議してきた。グランツは「い、いや俺は……」と顔を真っ赤にしてキョドっているのをエリンにジト目で見られていた。


 「クソ……そのスカート、予約しておくぞ」


 「いつでも」


 「ははは、君は面白いね。王族のメイドにからかわれて尚前に出るとはさ。僕付きのメイドに手を出したら、僕の一存で極刑もあり得るんだけどね」


 などと笑顔で恐ろしいことを言いながらズズ……と、茶をすするレリクス。


 「……で、俺達に何のよう、ですか?」


 「フフフ、律儀だね。別にここでは畏まらなくていいよ、僕もその方がやりやすい」


 「やりやすい?」


 グランツが聞き返すと、頷くレリクスが口を微笑ませながら、グランツを見ながら口を開く


 「君達は……ソシア君に雇われた冒険者、だろう?」


 「……!」


 見事、ふいうちを受けたグランツは眉をひそませながら、目に見えて驚愕していた。むう、馬鹿正直が裏目に出たか。冷や汗が凄いな……。


 「ああ、気にしなくていいよ。婚約者候補にはそれとなく僕達の密偵をつけているからそれくらいは分かるのさ。もっとも本人たちは知らないだろうけど」


 「えへん」


 「何であんたがご満悦なんだ……?」


 ペリッティをあしらいながらレリクスを見ると、俺達に話しかけながらも目はソシアさんを追っているようで、俺もそちらを見ると、クラスメイトではない女の子達と楽しげに笑っているのが見えた。


 再びレリクスへと向き直り、お決まりの訪ね文句を口から出した。


 「なんでまたそんなことを……?」


 「そうだね――」



 ――レリクス曰く、婚約者候補には本当にそれとなく護衛に近い者をつけているのだそうだ。もちろん女性の手練れを。理由は簡単で『悪事を働いたり、世間に顔向けできないようなことをしていないか』という、将来スキャンダルになりそうな人を選別する為でもあるらしい。

 

 まあ地球で言う興信所みたいな感じだと思えば分かりやすいか。で、パーティが始まる一か月前近くからつけているのだそうだ。


 ……え? 俺はあることに気づき、思わず席から立ち上がって叫ぶ。そしてレリクスの言葉で二重に驚かされることになった。


 「一ヶ月前からだって……なら!?」


 「やはり察しがいいね。そう、ソシア君の誘拐騒ぎの正体を僕は知っているよ? ……異界からの来訪者君」


 「な!?」


 しまった!? つい!?


 くそ、グランツのことも大きく言えないな……俺の反応に満足気な顔でレリクスはニコリと笑っていた。

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