第三十七話 ソシアさんが思いのほか頑固だった
「い、今のは一体何だ!? 物凄い早さで出て行ったが……」
門の前まで戻ってきた俺に驚きながら声をかけてきたのは学院の門番だった。
「部外者、だと思う。ソシアさんを狙っていたようだ」
「何だって……!? しかしいつ侵入したのだ……? 入口はここしかないし、この壁を越えられるとは思えんが」
と、ぼやく門番。
言い訳のようにも聞こえるが、彼等は朝から夕方まで立っており、十七時を過ぎると門を閉める。残った生徒は門の近くにある非常口を使って外に出るのが基本なのだ。無論、そこにも門番が常駐しているので居眠りでもしていない限りは通り抜けるのは難しい。
外壁も6、7メートルはあるので飛び越えるのはまず不可能。空を飛ぶ魔法を持っていればという所だが、今の所該当する魔法を見たことが無いので何ともいえない。
となると考えられる理由は……
1.学院の生徒か先生が手引きして入れた。
2.そもそも生徒か先生が犯人。
3.夜中の内に外壁を登りきって中でひっそりとソシアさんが見つかるまで待っていた。
この辺りだろう。
気になるのは俺が居ない時に襲撃があったという事を加味すると『実地訓練で俺の実力を知った上』で、見計らっていた可能性だ。そうなるとクラスメイトの誰かになるが……。
とりあえず門番をスルーして、俺はみんなの所へ戻る。まだ白い煙が立ち込めていた。
「≪妖精のため息≫」
トレーネの声が聞こえたと思った瞬間、煙が霧散しみんなの姿を確認する事ができた。幸いケガは無さそうだ。
「大丈夫ですか?」
「カケルさん……は、はい、攫われそうになりましたけど、グランツさんとエリンさんが咄嗟に私を庇ってくれたので……」
「うう、目が痛い……カケルさんの声が聞こえた途端逃げ出したわ。顔は分からなかった……ごめんなさい」
ソシアさんとエリンが続けて喋り、グランツがその後口を開いた。
「セバスさんは!?」
「あいつ来てたのか?」
俺がグランツに話しかけながら起こしていると、馬車の中からか細い声が聞こえてきた。
「わ、私はここだ……」
馬車からずるりと這い出るように窓から顔を出したセバスの顔は青かった。煙をもろに吸ったらしく、口を手で押さえている。
「ちょっと座ってろ、トレーネが煙を吹き飛ばしたから落ち着くまで休め」
「むう……不甲斐ないことよ……しかし貴様等のおかげで攫われずに済んだのは礼を言う」
気が弱くなっているのか珍しく殊勝なことをいいながら地面に腰を落ちつけると、ざわざわと生徒達が集まってきた。
「とどまるのはマズイな。グランツとトレーネは動けそうだな。馬車は扱えるか?」
「俺はいけます」
「よし、ソシアさんとエリンは馬車へ乗ってくれ。グランツは馬車を頼む。俺とトレーネは徒歩で警戒しながら屋敷まで戻るよ。いいなトレーネ」
「うん」
「オッケーだ。ソシアさん、肩を貸すので乗ってください」
「すみません……」
「エリン、大丈夫か?」
「頭がボーっとするよ……」
人によって効果に差があるみたいだけど何の煙だったんだろうな……? 体に悪くなければいいけど。
この件はネーレ先生に話をしておきたかったが屋敷へ戻って休ませるのが先決だ……というかネーレ先生が俺を引き離したと考えるなら二手に分かれるのは得策でも無いし。
「すいません、道を空けてください!」
グランツが馬を操りながら御者台の上から声を出すと、やじ馬はぞろぞろと離れていく。さて、二度目は無いと思うが……。
◆ ◇ ◆
「――ということがありました」
「燃える瞳のみなさんとカケルさんが居なかったら危なかったです」
あの後、特に襲撃を受けることなく屋敷へと戻り、すぐにボーデンさんへ報告すると、苦い顔をしてポツリと呟いた。
「……ふう……落ち着かんな。ソシアよ、パーティまで学院を休むのはどうかね?」
「そうですわ。無理していくこともありませんでしょう」
両親がこぞってソシアさんへ提案するが、ソシアさんは首を横に振って答えた。
「いいえ、それでは犯人を捕まえることはできませんし、婚約者候補として、王子と顔を合わせないのも不利になるでしょう。私を城へ嫁がせるのはお父様の願いだったはず……」
「し、しかし、命を失っては元も子もあるまい……」
「そのためにカケルさん達を雇ったのです。残り二週間ほどですし、特に明日の対抗戦では私の魔力の強さを王子に知っていただく絶好の機会」
「仕方ありませんわね……言いだしたら聞かない子ですし……くれぐれも一人にはならないでね?」
「分かりました。カケルさん、みなさん。今日はありがとうございました! 夕食まで少し休みます、また後ほど……クレア、いきましょう」
「は、はい、お嬢様!」
クレアはソシアさん専属のメイドの女の子で、屋敷の中でちょこちょこと動いているのを良く目にする。外はセバス、内はクレアといった所だろう。
「君達も一旦休んでくれたまえ。ありがとう」
「いえ……それでは失礼します」
俺達も一礼をして部屋を後にし、自室へと戻ることにする。その途中、気になっていることを尋ねてみる。
「ソシアさん、えらく婚約に執着していたけどそこまでのものなのかな?」
すると目を赤くしたエリン(まだ後遺症があるみたい)が、目を大きく開いて俺の肩をガクガクと揺さぶってきた!?
「何言ってるのよ!? 当たり前でしょ! 王女様よ王女様! 冒険者で日銭を稼ぐ必要もないし、国を動かすこともできる……あたしだって生まれが貴族なら狙いにいってるわよ?」
「私はカケルがいればいい」
「そうなのか?」
トレーネの意見は役に立たないのでグランツにも聞いてみる。
「そうですね。民を導かないといけませんから、生半可な学や魔力では難しいでしょうが、それに見合う暮らしができますから……俺ですと、王家に娘しかいないのであれば婿候補に出向くくらいはするかもしれません。生まれで弾かれるでしょうが!」
なるほどな。
念のため、もし王子が変な顔だったらどうする? という問いも『最悪愛が無くても……』と言い出したエリンの答えに、メリットの方が大きいと悟った。でも、レムルならともかくソシアさんは領主の娘だし、不自由はしていなさそうだけどな……とりあえず背中に乗ってきたトレーネを背負いなおしながら部屋へと向かった。
権力とか面倒くさいと思うのはやっぱりこの世界の人間じゃないからなんだろうか……。
それにしてもようやく相手も動き出してきた。あの時見た王子に似た人影も気になる。
今日の襲撃で分かったことは『ソシアさんと殺すつもりはない』ということだろう。前回も助かっていたし、今回も煙で見えなくした割には誘拐しようとしただけだった。正直なところ、あの状況で殺しにかかられたら、グランツ達がいたとはいえ危なかったと思う。
で、襲撃者がソシアさんを殺すつもりが無いのに、寿命が残りわずかという謎が残る。
後手に回っているのはおいしくないが、成り行きを見守るしか手が無い。学院の誰かが敵なら明日の対抗戦でなにか動きがあるかもしれない……もう、レムルが犯人だったら楽なのにと思いながら俺は意識を手放した……。
◆ ◇ ◆
そして迎えた翌朝。
何か面倒なことにならないか心配していたものの、あの時は人がまばらだった事もあり、昨日のことは広まっていないようで一安心。
おはようーと、クラスメイトたちに挨拶をしているとネーレ先生がやってきた。
「は~い、みなさん~! ゆっくり休めましたか~? 今日はクラスの対抗戦です。皆さん誰を推薦するか決めてきましたか~?」
ああ、そういえばそんなことを言っていたっけ。
自分以外の五人となると、昨日の戦闘を見る限りグランツとエリンが頭一つ上で、ソシアさんも魔力には自信がありそうだ。護衛を考えるとトレーネとあと一人残しておきたいから、グランツかエリンにして……残りは昨日戦ったグネンかな? 前の席の子、とツッコミが上手かったオライトの五人で出しておこう。
外から見ていた方が警護に集中できるし、仕事優先でいかないとな!
――などと楽観視していた朝のホームルームが懐かしい……。
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