第二十話 厳しい現実
あれだけの事があった後なのに楽しく過ごせたことに俺は安堵した。この世界の人間はタフだな、と関心もしたかな? アンリエッタは終始笑っていたし、ニルアナさんも笑顔だった。まあアンリエッタは笑い上戸なだけだったけどな。一応、一六歳から成人らしく、お酒は問題ないそうだった。
で、今日は養成所の後にユニオンマスターと会う事になっている。ミルコットさんから俺が異世界人であることは伝わっていて、ゼルトナ爺さん曰く、ユニオンマスターにこの世界について教えてもらった方がいいであろうということだった。
「お兄さん、また明日」
「じゃあな、あんちゃん! ビーンのあんちゃん!」
「今度、俺達と遊んでくれよな」
「おー、危ない事以外ならいいぞ」
養成所の授業が終わり、子供たちはゼルトナ爺さんに追い出されて部屋から出て行った。すぐにビーンが話しかけてきた。
「今からなのか?」
「ああ、ゼルトナ爺さんと今から行ってくるよ。お前は帰るのか?」
「一旦アンリエッタの所へ行ってくることにするつもりだ」
「はは、若いってのはいいな。頑張れよ」
「……でも、アンリエッタは……」
「おーい、カケル。行くぞい」
何か口をもごもごさせていたビーンをよそに、片付けが終わったゼルトナ爺さんが俺を呼んできた。
「今行くよ、じゃあまたな」
「あ、ああ」
俺はゼルトナ爺さんの後を追い、廊下へと出た。そのまま、特に会話も無く、三階へ連れて行かれた。
三階は一、二階とは様相が変わり、職員が業務をする部屋などがあるようでせわしなく職員さんが移動していた。少し歩いた所でひときわ大きな扉の前で立ちどまった。
「ここじゃ。マスター連れてきましたぞ」
「ゼルトナさんか、入ってくれ」
ゼルトナ爺さんがノックをしながら声をかけると、と中から若干強面を思わせる声が聞こえてきた。扉を押して、中へ入るとドラマで良くみる社長室のような部屋だった。
「やあ、君がカケルかな。私はドライゼン、カルモのアドベンチャラーズユニオンのマスターをしている」
「あ、はい。俺の名前……」
三十代半ばと思われる茶色の短髪をして顎髭を蓄えた男が握手を求めて来たので、それに応じる。
「私が報告するって言いましたからね」
「あ、ミルコットさん」
「立ち話もなんだし、まあかけてくれ」
よく見れば社長席みたいな机の横にミルコットさんが立っていて微笑んでいた。なるほど、俺についての情報は伝わっているとみていいだろうな。
皮張りの二人がけの長椅子にゼルトナさんと並んで座り、テーブルを挟んでドライゼンさんとミルコットさんが対面に座る。
「さて、まずはネギッタ村の件について礼を言わせてくれ。まさかアンリエッタの父親の殺害まで関与していたとは驚きだった。あの男に悪い噂は無かったからまるで気付かなかった。もしかするとこの先被害が拡大していた可能性もあった、ありがとう」
「大したことはしていませんよ。どうもアンリエッタの財産に目がくらんでいたようでしたからね。次の金づるが見つかるまでは動かなかったでしょうけど、アンリエッタ達が死ななくて何よりでした」
俺がそう返すと「謙虚だな」と言いながらニヤリと笑った。続けてすぐに本題に入る。
「……ミルコットから報告があったけど、君は、その、本当に異世界人で魔王、なのか?」
「ええ、ステータスにはそのように……ですがミルコットさん達には見えないみたいです。ちなみにこの世界に来る前にアウロラからスキルを貰う話をした時には回復魔法だったはずなんですけどね。証明しろと言われれば難しいですけど……」
特に隠す必要も無いので言えるだけの事を言い、ステータスとスキルをドライゼンさんに伝えると、横にいたミルコットさんとゼルトナ爺さんが目を見開いて驚き、ドライゼンさんは目を瞑って何かを考えるように腕を組んで聞いていた。
「……珍しい黒髪黒目に、不思議な服。聞いたことも無いスキル……極めつけは女神アウロラ様を呼び捨てにするあたり、嘘ではないか。分かった、今からは君を異世界人として認めた上で話をさせてもらう」
「は、はい」
ドライゼンさんの顔が険しくなり、膝に手を置いてから話を続ける。
「何も知らないという前提で話をするぞ。まずは魔王についてだ。この世界には火・水・土・風・光・闇の属性それぞれに魔王が象徴として君臨している。その力は絶大で、並の冒険者程度ならば簡単に蹴散らされてしまうほどだ。しかし、倒す事が出来ればその力を継承され、絶大な力と富を得る事が出来る。基本的に魔王は世襲制だが、倒されてしまえばそこで交代が行われる」
まあ、それはそうだな、弱い魔王なんてのは意味が無い。
「そういった者が居るので魔王達は『極地』と呼ばれる人があまり足を踏み入れない地域に住んでいる者が多い」
「なるほど……街や国を治めていたりとかはしないんですか?」
「一応、魔王が支配している国もある。補足すると各国に一人、必ず魔王が存在するんだが性格は様々でな。自分で統治している者も居れば人間に任せる者も居る。光翼の魔王などは争いを好まぬから人里から離れているな」
複雑、と言えば複雑だけど一つ気になる点がある。
「……魔王はこの世界に置いてどういう役割があるんだ? 聞いている限りだと別に世界を支配したり、圧政をしいていたりとかはしていないみたいだけど……?」
ドライゼンさんはコクリと頷き、その辺りの説明をしてくれる。
「カケル君の居た世界ではどうかわからないが、この世界の魔王はお互いがお互いを監視して平和を保っている。魔王同士で争わないというのは暗黙の了解でな。人間や獣人、エルフといった者が魔王を倒せば魔王になる。だが、魔王が魔王を倒した場合どうなるかは未だに分からないのだ」
「ふうん、魔王が力を二つ持つって事にはならないのかねえ」
「そういった話や伝説は無い。それくらい不鮮明なのだ、中央の連中は力のバランスが崩れて世界が滅びるなどとも言っているが」
試した事が無いから分からない、か。力が通常より高いだけで人とそれほど変わらないんだろう、世界と天秤にかけてまで試すヤツは居なかったってことか? ……それはそれで何かもやっとするな……いつからこの世界があるか分からないけど一人くらいは他の魔王に喧嘩を売ってもおかしくなさそうなんだが……。
となると俺は何だ? 今の話を聞く限り、俺はそのバランスの枠から外れている事になる。魔王を倒すとどうなるか、という疑問が湧いてくるな……倒せるとは思わないけど。
「魔王についてはこれくらいか。君が魔王であればステータスの高さは納得がいく、ということは分かってもらえたと思う。次に異世界人についてだ」
「あの曖昧な伝説以外に何かあるのか?」
「伝説自体がどこから出てきたのかも正直不明でな、何千年とこの世界が続いているが異世界人がこの世界に現れた事は一度も無い。もしかしたら居るのかもしれないが、そういった文献などはないのだ」
「……? じゃあ俺が最初のってことになるのか……?」
「私の知る限りはそうだな。ミルコットから聞いた時はまさか、と思ったよ……そしてここからが本題だが……」
「本題?」
「ああ、言いにくい事だが君は異世界人だ。伝説には災いをもたらす可能性があるとされている」
「……マスター?」
声のトーンが変わったところでミルコットさんが声をあげる。だが、ドライゼンさんは構わず言葉を続けていた。
「さらに申告とはいえ、君は魔王だと名乗った。それも世界の枠から外れた魔王だと。申し訳ないがそれを知った今、君をこの町に置いておくことは出来ない」
「ドライゼン、それは酷いじゃろ? こやつはアンリエッタを助けた以外は悪いことなどしておらんぞ? 短い付き合いじゃが悪さをするとは思えん!」
鼻息を荒くしてゼルトナ爺さんが声をかけてくれるが、俺はそれを制してドライゼンさんに聞く。
「まあ言いたい事は分かるよ、何かが無くても俺が居る事でリスクがある以上、それを排除したいと思うのは偉い人の立場からすれば当然のことだよな」
「……すまない。何が起こるか分からん以上……いや、違うな。知ってしまった以上、この町に居て欲しくないのだ。すぐにとは言わない、準備もあるだろうしな。で、こいつを受け取ってくれ」
ドライゼンさんが差し出した封筒を受け取り中を見ると、数枚のお札が入っていた。
「少ないが謝礼と同じ10万セラを用意した。野営道具一式と当面の食料を買ってもおつりがくるはずだ」
「……分かった、ありがたく受け取っておくよ。三日ほど貰っていいか?」
「カケルさん! それを受け取ったら町を出ないといけなくなるんですよ!?」
ミルコットさんが悲鳴に近い声をあげるがドライゼンさんはそれを無視して言葉を続けていた。ゼルトナ爺さんは難しい顔で黙って聞いているだけだった。
「それくらいなら問題ない。一週間程度は見ておくつもりだったからな。それと、今後は異世界人であること、魔王であることは吹聴しないことをお勧めする……魔王は強大だ、それがウロウロしているだけで、畏怖する者も居れば力を利用しようとするものも居る」
叩きだされたりしなかっただけマシってところかな? ドライゼンさんも悪気があっての事じゃないのは理解できるし、この世界の事はまるで分かっていない俺が得体のしれない者である事実は、知ってしまった以上変わる事は無いし。
「ありがとう。この町が最初の辿り着いた場所で良かった、話はそれだけかい?」
「最後に。君が何故この世界に送り込まれたのかは分からないが、アウロラ様も適当に送り込んできたわけではないだろう。何か意味があると思う。そこで提案だが、光翼の魔王に会うといい。魔王は必ず宝具を持っていてな、光翼の魔王のもつ『真実の水晶』で君自身を見てもらうといい。それに同じ魔王なら何か分かるかもしれないしな」
比較的温和な魔王と言う理由もあるがと笑っていた。争わないけど結構エグイのか魔王達って?
「今は代替わりして娘が受け継いだらしい」
「行く宛もないし、目指してみるか……場所は?」
「東の大陸『コーラル』そこにペツォル森林という特別区がある。そこに屋敷を構えているな。近くにはイゾルデという町があるのでそこで聞いてみるといい」
「重ね重ね助かるよ、これで本当に話は終わりか?」
「……ああ、本当にすまない。だが、私はこの町を危険にさらすわけにはいかんのだ……」
「いいさ、それじゃ世話になったな」
俺が席を立つと、ゼルトナ爺さんが無言で俺に着いてくる形で部屋を出た。
◆ ◇ ◆
「すまんのう……」
「どうしたんだゼルトナ爺さん?」
ユニオンの一階で申し訳なさそうにゼルトナ爺さんが俺に向かって呟いた。
「アンリエッタを助けてくれたというのに、腫れもの扱い……しかも町から追い出すという。だがわしには何もできんのが悔しくてな」
「そんな事か! いいって、色々知れたし。いつかは旅立つつもりだったからちょっと早まっただけだ。お金ももらったし、悪い事でも無い」
「しかしのう……」
「それより、俺がユニオンで魔王だって言ったら町を出る代わりにお金を貰えるかもしれないという前例ができたからな……ふひひ……」
「そりゃまずいじゃろ!?」
「はっはっは、まあ気にしないでいいってこった。それじゃ準備があるから俺は行くよ」
「あ、おい! 最後まで養成所には来るんじゃぞ!」
俺は振り返りながら手を振ってゼルトナ爺さんと別れた。その足で俺は商店街へと向かう。
「さって、とりあえず野営道具を探すか」
到着した日に道具屋とかに入っていたので何があったのかは分かる。早速物色してみるとしよう、長旅になりそうだし、ちょっといいやつを買うかな?
◆ ◇ ◆
「毎度ーまた来てくれよ!」
道具屋の親父さんの機嫌がいい声を背に、外へ出るともうすっかり暗くなっていた。
必要なものを探して彷徨い、テントに毛布、小型のテーブルセットに調理器具と地図、食料。それとMPを回復する薬を数本買ってフィニッシュ! 占めて6万セラ。MP回復の薬が意外と値が張ったな……回復魔法があるから傷薬は買わなかった。だけど、これで準備は完了だ。
「あ、居た!」
俺が昼飯を食い損ねたな、と思っているとアンリエッタが声をかけてきた。隣にはビーンも一緒だ。
「おう、どうした?」
「話は終わったの? どうだった?」
「……ああ、お前を助けたことをめっちゃ感謝されてな。この世界について色々教わってた」
「そうなんだ。晩御飯はどうするの?」
「そうそう、丁度昼飯を食い損ねたからどうしようって思ったところだったんだよ、どっか美味い飯屋ってないか?」
するとアンリエッタがドヤ顔になり、俺の肩をバンバン叩く。
「あるわよ! 私の家! お母さんの料理なら文句ないでしょ?」
「はは、そりゃ願ったりかなったりだな! ただ飯最高ー!! エビピラフ!?」
俺の叫びにアンリエッタの拳が俺の鳩尾に炸裂していた。たまらず俺はその場にうずくまる。
「うおお……」
「だ、大丈夫か……?」
ビーンが肩を貸してくれ、俺は何とか立ち上がる。
「ふん、アホな事言うからよ。……それじゃ行きましょうか!」
「ああ、ちょっと待ってくれ。寝泊りしている部屋に忘れ物があるんだ。先に帰っててくれないか」
「それくらいなら待つわよ?」
「先にニルアナさんに言っておいたら料理を作る時間が短くなるだろ? 昼食ってないから腹が減ってるんだよ……」
仕方ないなあと言った感じで苦笑いをするアンリエッタ。
「分かったわ、じゃあビーン行きましょう」
「……ああ」
二人が遠ざかっていくのを俺は微笑みながら見送って俺はユニオンに入る。
「……これで良し、と」
一息ついた後、俺は大部屋を片づけてユニオンの受付へと向かい、カウンター見る。
「……ミルコットさんは居ないか。あ、すいません」
「はい? どうされました?」
「こいつをミルコットさんに渡しておいてくれないか」
「え、あ、はい受け付けますけど……ラブレターはあの人即破り捨てますよ?」
「違うから!? とにかく頼んだよ」
水色のショートカットの女の子にそう言い、ユニオンを後にする。
「それじゃ行くか」
俺は一言呟いた後、村とは逆の門へと歩き出した。しばらくすると、門が見え、こっちにも門番は居るんだなと当然の事を考えながら通り抜けようとした時、後ろから声をかけられた。
「は、はあ……はあ……あんた、何してるんだ……? あ、アンリエッタの家は逆だぞ?」
ビーンだった。
俺は振り向かずにとぼけてみる。
「あーそうだっけ? いやあ、まだ数日だからな。慣れなくて」
「とぼけるな! あんた町から出るつもりなんだろ? どうしてだ、異世界から来たなら急ぎの用も無いはずだろ!」
「ま、色々あるんだよ。……元気でな」
「アンリに何も言わず出て行く気か、今も待っているのに……そもそもなんで出ていく必要があるんだ」
「それこそ色々だな……代わりに食ってやってくれ、行けなくて悪いと言っておいてくれ」
歩きながら手を振るが、尚も食い下がってくるビーン。
「あいつは多分あんたの事が……」
「ストップだ。お前、アンリエッタが好きなんだろ? なら邪魔者が居ない方がいいだろ」
「……」
「所詮数日しか居なかった人間だ、忘れるのも早いだろ。後はお前が守ってやれ」
「……でも」
「今回はたまたま俺が助けられたけど、今後は気をつけろよ。……人の悪意ってのはどこで育ってるかわからないからな」
それだけ言うと俺はダッと走り出す。
「あ!? ま、待て! ……くそ、分かったよ! あんたが羨ましがるくらいアンリを幸せにしてやる! だからまたここに来い!」
くぅ~恥ずかしいセリフを言ってくれちゃって! 若いってのはいいな。あ、俺もまだ二十一か。
「その前にちゃんと告白してやれよ! 幸せ以前の問題だぜ!」
「……っ!? さっさと行っちまえ!」
ぬははは! ま、ビーンなら大丈夫だろ。
たった数日だ。俺の事なんてすぐに忘れるだろう。この町に俺は居なかったのだ、それでいい。
「次の町は大人しくしておくか……」
俺は夜空を見上げながらアンリエッタの育てたリンゴをかじるのだった。
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