第十話 カケルは異世界で二度死ぬ




 でかい!? それがフォレストボアを見た感想だった。フゴフゴと畑を牙で掘る姿は確かにイノシシだが、サイズに問題がある。


 「ブモロォ!」


 「気づいたか!?」


 と、思ったのも束の間。ザッと足を蹴ったかと思うと凄い早さで突っ込んできた! 避けきれない!? 俺は槍を前に突きだして迎撃の態勢を取った。しかし……!


 ドゴ!


 「ぎゃあああ!?」


 槍ごと弾き飛ばされ、俺は宙を舞う! 結構飛ばされたらしく、背中から落ちた衝撃で俺はゲホゲホと咳き込んだ。血の味がする唾液が口からべしゃっと吐き出される。頭から落ちたので、くらくらする……触るとぬるっとしたものが手につく……ランタンで照らすとそれは血だった。見れば服も結構ズタボロになっている。



 「や、やばい一撃だった……死ぬかと思った……」


 フォレストボアは俺を吹き飛ばして障害を排除したと思ったのだろう。てくてくと果樹園の方へ向かって行く影が見えた。


 「お、オープン……」


 追撃が無いと分かり、HPの減り具合を確かめるため、一旦ステータスの確認をすると……。


 【#壽命 懸__じゅみょう かける__#】


 レベル:2


 HP:76/76


 MP:444/750


 ジョブ:(未収得)(回復魔王)


 力:10


 速:8


 知:4


 体:9


 魔:13


 運:9


 【スキル】


 回復魔王


 ヒール:消費MP 25


 ハイヒール:消費MP 30

 

 能力値上昇率アップ


 全魔法適正


 全武器適性


 ステータスパラメータ移動


 全世界の言語習得:読み書き


 【特殊】


 寿命:99,999,997年


 魔王の慈悲


 TIPS



 あれ? 回復していないのにHPがMAXになってる? MPはそのままだから確かに回復はしていないのは明白。しかし寿命を見て俺は飛び上がった。


 「寿命が二年減ってる!? まさか、さっきので二回死んだ事になってるのか……!?」


 誰もそれに答えてくれる事は無いがほぼ九割間違いない。通常の転生であれば今ので一発アウトだったということだ、そう考えると背筋がぞっとした。やはりレベル2では無謀だったのか……。


 「逃げるか……? もう少しレベルを上げてからでも問題は無いって言ってたし……」


 だが、あのお人良しの事を考えるとそうも言っていられない。口には出さなかったが、お金の半分を出すということは恐らく被害が結構大きいのだろう。即死ダメージを受けても寿命が減るだけ、そしてまだ寿命にはかなり余裕がある。

 

 ――ならばここで倒しておくのが得策だろうと思い、俺は考える。


 「あいつの突進力と攻撃力は高いから『速』を上げて回避重視……っと、んで耐える必要は皆無と考えるなら『力』に振り分けたらいけるか?」


 パラメータを変更し、俺は再びフォレストボアを追うことにした。『体』はいざという時の為そのままにし、魔力を削って近接戦闘向けに振り分ける。


 力:15


 速:13


 知:4


 体:9


 魔:3


 運:9


 駆け出すと、足の速さに自分が驚く。槍もかなり軽く感じられるようになった! これなら……! 果樹園に到着し、ランタンで辺りを照らすと木に体当たりしてリンゴを落とすフォレストボアを発見する。

 木がゆらゆらと揺れているが、気持ち斜めになっている所を見るとこれが被害の原因だろう。地面から木が剥がされ枯れてしまうのだ。


 「いい加減にしろよ!」


 近くに落ちていた石を投げるとフォレストボアがゆっくりとこっちへ振り向いた。先程と違い鼻息が荒い……食事を邪魔された事を怒っているといったところか。


 「……来る!」


 さっきは初見でやられたが、二回目はある程度スピードが分かっているので今度は回避が出来た! パラメータを変えているのも大きい。すれ違い様に槍をぶん回すと横腹に当たったらしく短く呻いた。


 「プギ!?」


 でかいし速いけど、よくある毛が固いとかそもそも身体が鉄みたいという事は無く、この槍でも十分渡り合える。走って行った先を見ると、再びこっちに突進をしてくるところだった。


 「もう当たるもんかよ!」


 「ピギィィ……!?」


 それから数度、すれ違い様に一撃を加える事に成功したが、ヤツも少しずつ俺の動きを読んでいるのか紙一重が多くなってきた。しばらくたった所で俺はあることに気付く。


 「振り向くまでにタイムラグがある……?」


 このフォレストボア、果樹園の木が邪魔して、一回の突進後に急ブレーキをかけてその場で振り向いてくるのだ。

 広い場所なら大きく回りながら狙ってくることもありそう(野生のイノシシは旋回性能が高い)だけど、木々に邪魔されて立ちどまってからでないと振り向けないらしい。


 「よし……ならこれでどうだ」


 俺はフォレストボアに背を向けて立ち、肩から首だけで振り返り突進を待つ。敵に背中を向けるとかアホだよね、と思えるが俺には考えがある!


 「ブルモォォ!!」


 「来い……来い……今だ!」


 俺は直前で横に逸れ、突進を回避。そしてそのままフォレストボアを追いかけて走る!


 「だあああああああああ!」


 ザザザザ……と急ブレーキをかけるフォレストボア。頭がこっちを向いた時、フォレストボアは驚きの声を上げていた。


 「ブ、ブモォォ!?」


 「もらった!」


 振り向きざまに槍を眉間に突き刺す。振り向く動きと槍の突撃が噛みあい、労せずに眉間にずぶりとめり込んだ。


 「ブモォォォン!」


 バタンバタン!


 「くっ……」


 痛みで暴れるフォレストボアから無理矢理槍を引き抜くと、血が吹き出し、その場で倒れてジタバタともがいていた。脳天を直撃だ、もう長くは無いだろう。


 俺はフォレストボアに近づいて槍先をフォレストボアに向ける。


 「ブモー……」


 すると観念したのか、フォレストボアは目を瞑って暴れるのを止めた。魔物だからか動物の本能かは分からないけど、俺の方が上と認めたのかもしれない。


 「悪いな……こっちも果樹園を荒らされるわけにはいかないんだ」


 ズシュ……! もう一度頭に槍を突きさすと、何度か体が跳ねた後、動かなくなった。槍を引き抜いてから俺はその場にへたりこむ。


 ピロロン


 「お、終わった……パラメータ改変が無かったら無理だった……」


 ヒールがあったとしても即死では意味が無い。故の『体』を捨てての特攻だったが、うまくはまって良かった……。


 そう思うと急激に眠気が襲ってきた。


 (ば、馬鹿な……!? 倒されただと……!?)


 タタタタ……


 ん? 今何か声が聞こえてきた気が……ダメだ、眠い……。俺はそのまま意識を手放した。






 ◆ ◇ ◆




 「――きなさい、起きて」


 ん? 体が揺さぶられている……? アンリエッタか? もうちょっと寝かせてくれよ……。


 「起きて、ねえカケルってば!」


 「んー……後、十分……」


 「ベタな事言ってるんじゃないわよ! ほら、起きて!」


 お腹をドンドンと叩かれ、俺はしぶしぶ目を覚ますと、太陽を背にアンリエッタの顔があった。上半身を起こすと、フォレストボアと俺をたくさんの人が囲んでいた。


 「でけぇな……果樹園のリンゴとかトウモロコシを食べてるからでかくなったんだろうな……」


 「ああ……夜しか出なかったからいいけど、子供たちが遊んでいる昼間に出られたらことだったな」


 フォレストボアを見ながらそんな事を口にする村人がいると思えば、こっちではおじさんやおばさんが歓喜の声をあげて俺を労ってくれていた。


 「あんた、すごいねぇ! こんな大きいの倒しちゃうだなんて、ひょろっとした兄ちゃんだと思ったけど、やるじゃないか!」


 「おお! 大したもんだ、安く引き受けてくれた上にきちんと退治をしてくれるたあな!」


 「ああ、どうも……へへ……」


 するとアンリエッタが俺を立たせてくれ、村の人に頼みごとをしていた。


 「とりあえず家へ戻りましょ! みんな、後でユニオンに行くからフォレストボアを荷台に乗せておいてもらっていいかしら!」


 「い、いいのか?」


 「いいのいいの♪ あれを倒したんだから、少しくらい頼んでも快く引き受けてくれるわよ♪」


 俺の手を引っ張るアンリエッタの声は心なしか高く、足取りも軽そうだった。


 「ご機嫌だな、何か変な物でも食べたのか?」


 「何でそうなるのよ!? フォレストボアを倒してくれたからに決まってるでしょ! ほら、九時から養成所に行くんでしょ? その前にご飯と体をきれいにしておかないと」


 「……養成所……? お、おお! 養成所! 全然忘れてた!」


 「その時に依頼料と、フォレストボアを換金しましょう。あれだけ大きければ売れるわよ?」


 「へえ、そしたらお前のリンゴ代払ってもお金が余りそうだな。期待しよう」


 「うん!」



 そのままアンリエッタの家へ戻ると、朝食の用意をしている最中だった。お湯を沸かしてあるからお風呂へ行って来たら? とアンリエッタに案内される。


 「お、足が伸ばせる風呂か……」


 「まだ時間があるからゆっくりね。あ、服、貸してくれたら縫っておくけど」


 終始ニコニコ顔のアンリエッタがそんな事を言う。そういえば、スライムとフォレストボアとの戦いで結構傷だらけになっていた。


 「サンキュ! ちょっとケガもあるし、先に回復魔法をかけさせてくれ、風呂でしみると嫌だし」


 と、俺はまだ使っていないハイヒールを使う事にした。何でも試してみるべきだろう……魔王の慈悲は分からなかったけど……。


 「≪ハイヒール≫」


 「いいわね、回復魔法……え!?」


 「ん?」


 アンリエッタが驚いた声をあげる。


 柔らかい光が俺を包むと、見る見るうちにケガが治っていく。回復スピードはヒールより早いかな? しかしそれよりも……。


 「な、何で服が……」


 「お、本当だ! 服が元通りになってる! 回復速度が速いだけじゃなくて衣類も修復できるのか、いや便利だな回復魔法」


 するとアンリエッタが首を振って慌てて否定してきた。


 「そ、そんなわけないじゃない! 回復魔法はケガの治療だけよ? 病気だったらまた別の魔法だし……服を修復する回復魔法なんてあるわけない!」


 早口で捲し立てられて俺はどうどう、とアンリエッタを宥める。この剣幕からいくとアンリエッタが嘘をついているようには見えない……。となると『回復魔王』のせいってことか? アウロラめどういうつもりでこんなスキルをよこしたんだよ。


 ぶつぶつ呟くアンリエッタを部屋に戻し、俺は風呂に入りながらそんな事を考えていた。とりあえず、これで村の脅威は取り除かれたと俺は安心していたのだが……。






 ◆ ◇ ◆





 「まさかあんな若造がフォレストボアを倒せるとは……こうなったら強硬手段しかないか……危ない橋だが……」

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