俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪

-プロローグ-

 


 『はーい! 異世界【ペンデュース】へお一人様ご案内!!!』


 「待て待て待て!? どういうことだ! ちょ……蹴るな、押すな!? 落ち……落ちるだろうが!?」


 『落とそうとしてるからね!』


 「ふんぬ!」


 気が付けば玄関みたいなどころから蹴落とされそうになっている俺はありったけの力を使い、やはり渾身の力で押してくる女の手から逃れる事に成功した。


 『あ! 持ち直した……もう、手間かけさせないでよねー』


 「っと、っと……」


 たたらを踏んで振り返ると、そこには糸目だが、超絶美女といって差し支えない糸目の女性が腰に手を当ててプリプリと怒っていた。

 周りを見渡すと、天井があるのか無いのか分からない。壁も途方もないくらい遠いのか奥が歪んでいて、所々に柱が立っているのが見えた。そして近くには祭壇のようなものがあり、その前にはテーブルセットがあった。まだカップのお茶からは湯気が出ていた。


 改めて思う。


 「ここは、どこだ……?」


 すると女性が近づいて来て俺の前に立ち、その柔らかそうな口を開く。


 『あれ、もしかして何にも覚えてない? 名前は? 年齢は? 趣味は? ”自分がどうして死んだのか”覚えてない?』


 顔をぬっと近づけてきて矢継ぎ早に質問をしてくる女性を押しのけて言葉を反芻する。


 「近い!? えーっと……名前、は壽命 懸じゅみょう かける……二十一歳……重度のオタで……俺が死んだのは……死んだのは……死んだ!?」

 

 どどどどどどどういう事だ!? いや、確かにここって『それっぽい』感じはするけど死んだ!? 誰が!? 俺が!?

 俺が冷や汗をかいたり、顔を赤らめたり青らめたりしていると糸目の女性は椅子に座り、ティーカップを口につけながら俺に話しかけてきた。


 『そうよ。ほら、よく思い出してご覧なさいな、あなたがどうやって死んだのかを……』



 「お、俺は確か……」


 そして俺は思い出す。


 「そうだ! 俺はバイトが昼までしか無くなったからお昼を違うところで食べようとミュージックプレイヤーを耳につけて駅に向かい、気付くと人目もはばからず熱唱。歌詞の最後『それが俺のジャスティス!』と叫んだどころでトラックに轢かれたんだ! 視界が真っ赤になって『もう赤信号なのか青信号なのかもわかんねぇなこれ』とか思ってたら通行人に大丈夫か! って声をかけられて『大丈夫なわけないじゃんっ』て冷静にツッコンだあたりで意識が遠くなって、あ、これもダメなやつだって思ってそれで……」


 『はいそこまで』


 ぷちゅ


 「うああああ!? 目がぁ!?」


 興奮状態で捲し立てる俺の目を、いつのまにか目の前に現れた女性によるサミングで塞がれ、俺は床へ転げまわる。


 『ま、そう言う事。あなたは死んだ。アニソンを熱唱しながら赤信号に突っ込んでね。……ゴロゴロとうっとおしいわね』


 「お、お前がやったんじゃないか! 全然前が見えないんですけど!?」


 『あー、ごめんね。勢いがつきすぎて眼球潰しちゃった♪ ほら、治してあげるわ』


 ふわり、と俺の顔を暖かい光が包み込んだと思った瞬間、痛みが引き、目が見えるようになった。


 「見える……」


 『それはなにより。気付いてしまったから説明しないといけないか、ほら貴方も椅子に座ってくれる? 今後のことについて話をしないといけないから』


 「今後……? さっき俺をどこかに落とそうとしていた事か?」


 『うん。本当はちゃちゃっと捨て……行ってくれた方が説明しなくて良かったんだけどねー。コーヒーでいい?』


 「あ、ああ……」


 逃げるにしてもこの空間からどこかへ行けるとも思えないので、渋々席に着く俺。まずは至極シンプルな質問をしてみることにする。


 「……ここは死後の世界ってやつか? で、あんたは死神か神様?」


 コーヒー(本当に出てきた……)を受けとりながらおれは糸目の女性に質問した。


 『んー、半分当たりで半分ハズレってとこね。ここは察しの通り死後の世界『エントラウム』。そしてハズレの部分だけど、私は死神じゃなくて女神よ』


 「女神、だと?」


 『そう、女神。貴方の大好きなラノベに出てくるあの女神様よ! となると、この後何が起こるかは想像に難くないでしょ?』


 無論だ、俺はファンタジー小説を大好物とするオタの一人……当然……。


 「異世界へ転生するということになるのか?」


 『そう、その通り! アホなのによくできました!』


 ぱーん!


 どこから取り出したのか、糸目でゆるふわ緑髪の、女神を自称する女性はクラッカーを鳴らした。


 「にわかには信じられないが……」


 『さっき落とそうとしていた所あるでしょ? あそこが貴方の行く世界【ペンデュース】へと繋がっているのよ、百聞は一見にしかず。さ、行ってらっしゃい』


 そう言ってティーカップに口をつけ一息ついた。


 しばらく黙っていると俺と目が合い(糸目なので分かりにくいが)、何でまだ居るの? って感じで首を傾げた。


 『なんで居るの?』


 「居るよ!? それだけの説明で俺にどうしろってんだ!? こういう時はどうして俺がその世界に行く事になったとか、スキルをくれたり、お金をくれたり、チートをくれたりする場面でしょうが! 大体お前の名前も知らないし? 『行ってらっしゃい』って近所の駄菓子屋に買い物にいくんじゃないんだぞ! この年増!」


 『ああん?』


 ぷちゅ


 「目がぁぁぁぁぁ!?」


 『あーもう、だからこうなる前に捨てたかったのに』


 「今ハッキリ言ったね!?」


 『そういえば名乗ってなかったわね。私はアウロラ、迷った魂を別世界へと送るために存在しているわ……ええい、ゴロゴロしない!』


 ふわり、とまたも暖かい光が俺の顔を包み目が見えるようになった。これは回復魔法というやつだろうか? それはさておき、アウロラと名乗った女神が説明モードになったので俺は席に戻る。


 『よろしい。ま、色々省くけど、死んだ魂を別世界に送って、生きてもらおう! というのがお仕事なの。人によるけど、姿・記憶はそのままで向こうの世界に送ることが多いわね。ラノベとかで目が覚めたら知らない場所だった……ってあるでしょ? 大抵は目が覚める前に捨て……行ってもらってるのよ」


 目が覚めるとこういった説明をしなければならないのが面倒なんだと。適当過ぎる。


 で、向こうの世界ペンデュースだけど、一応剣と魔法の世界らしく、俺にも何かしらスキルや魔法といった技術を一つはつけてくれるらしい。


 『本当は目が覚めたらお金と良い剣を手にできるようにするつもりだったんだけど』


 「マジか!? 魔法とかは?」


 『そういうのをつける予定は無かったわ』


 「お前、ラノベとか知ってるなら俺みたいなのが魔法に憧れていることくらいわかるだろうが。それを剣とお金だけとか舐めてるのか?」


 『ふん!』


 「ハードナックル!?」


 急に腹に重い一撃をもらい、椅子から滑り落ちながら俺は膝から崩れ落ちる。い、いつの間に目の前……おぼろろろろ……。


 『そういうつもりじゃないけど……って汚いわね!』


 急にしおらしくな……おえええ……それにしても、何も説明せず異世界に送るのはバツが悪そうだな? ここは畳み掛けてみるか……。


 「……ちなみに、異世界行きを拒否したらどうなる?」


 『私の評価が落ちるわ、黙って落としていれば、それだけで勝手に評価が……あ!?』


 俺はそれを聞いてにやりと笑う。


 そうか、それなら意識が無いまま異世界へ落としていた、ということは納得がいく。

 

 そして恐らくだが、こいつは『聞かれたら答え無くてはならない』決まりでもあるのだろう。で、異世界には何らかのデメリットがあるに違いない、だからこそ何も言わせずに世界へと送り込んでいるのだ。


 なら、今が俺がすることは……。

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