第44話 ヒロインだって遅れてやってくる
「誰かの幸せ願って……何がいけないのさ」
誰に向けた質問でない質問に、答える人がいた。
『駄目ではないですよ』
その声の主は、少し前までいて、僕と鈴の行動を見守っていた、でも、今ここにはいない江菜さんのものでした。
カタッとテーブルの方から物置く音がして、そっちに目を向けると一台のスマホが置かれていて、無料電話の拡張機能がオンになった状態。そこに《江菜》と表示されていました。
でもいつから。
「休憩所に来たときから通話状態にしてました」
言ったのは弓月ちゃんです。
『コホッ…弓月さんからメッセージを受けて、繋げてもらったんです』
「体調は」
『大丈夫です。ベッドで安静にしています…コホッコホッ…春の季節は体調を崩しやすくて、特に5月は』
「そう、ですか」
分かっていたら、聞いていたらというのはワガママだな。でも、無理をさせてしまったのは本当だ。
「すいません」
『それは…コホ…驕りというものです。私が選んだことですから』
その言葉を聞いて僕は思った。
今思えば、これまで選んだことってあった?と。
江菜さんのプロポーズ、雪さんの告白は保留のような形で選んだとは言えない状態。
鈴の告白とプロポーズも、自分の感情を言い訳にしただけ。
僕は、ずっと逃げてきただけ。
『話を戻しますね……はぁ…ふぅ…別に誰かの幸せを願って良いのです。ですが、そこに自分を含めてないというのが駄目なんです」
思い当たる所はあります。
恋愛助っ人をしていた時、自分の用事なんて二の次、遊ぶ約束などがあれば三の次だったから。
江菜さんと出会うきっかけになった日。子猫を助ける事だけで、自分がどうなろうとどうでもよかったから。
『恐らくですが、鈴奈さんが蓮地さんの気持ちが分からないのは…コホ…そういう傾向が強いからだと思います。自分の事は後回しにしている。そうですね?』
「…はい」
鈴もそうだけど、江菜さんも僕の心の内を理解してる感じだ。
というよりは考えているんだ。
『でも、今は後回しに出来ません。蓮地さんがその渦の中心と言っても良いくらい、前に出ているからです』
見透かされている気分になっていきながら僕は聞き続けます。
『コホ…コホ…客観的に相手の立場に近い状態で考えていたことを今度は自分自身になった。混在して分からない。自分の為の恋愛ではなく、私達誰かの為に恋愛をしようとしていることことに勘づいて、鈴奈さんは蓮地さんが分からなくなったのでしょう』
否定できない。
それはとても確信めいているものなんだぞ、と言葉がでなかったから。
『鈴奈さんも私も雪も、蓮地さんが恋愛をしたいから、一緒に幸せになりたいから、何より蓮地さんの幸せを願っているからです。その為なら何時だって力になりたい』
でも、そこで誰かの為に恋愛してるなんて分かって、肯定されれば力になろうと思って考えても、本人にその意思がないのなら、いって良いか分からないし、出来ない。
「蓮地さん、私を、皆をもっと頼ってください。これまで一人で恋の手助けをしてきました。でも、その中で他の方の力も借りた筈です」
僕は頷きます。
江菜さんは「それに」と言って続ける
『諦めて二度と恋愛感情に向き合えなくなるのは嫌。でももっと嫌なのは私の好意を最悪な形で壊してしまうことです、って蓮地さんは言いました。そして、私は後日言いました。一緒に乗り越えましょう、と……蓮地さん……怖いですか?』
怖い?
何がだろうと思いました。
でも、直ぐに僕は分かりました。
それは既に僕が気付いているものだから。
恋愛が本当に出来るか、それが僕は怖い。
『私も怖いですよ…こほ…好きな人が幸せになれないのが』
「江菜さん」
『私では頼りになりませんか』
そんな事はない。
少なくとも江菜さんがそばにいるときはこんなに沈んだ気持ちにはならない。
せいぜい落ち込む程度だから。
「……いいえ。側にいてくれるだけでとても頼りになってます」
『しょ…こほ…そうですか、良かったです。蓮地さん、鈴奈さんも同じなんです。側にいてくれるだけで安心する。でも、その蓮地さんが不安だと、同じように不安になるんです」
そうか、だから鈴は。
『話を最初に戻します。分からないから、鈴奈さんも……』
「分からない、ですね」
『はい…蓮地さん行ってください。考えても同じです。ただ心のままに』
「お兄さん、比奈ちゃんから『お姉様は駅前広場です』だそうです」
「うん、ありがとう」
「先輩」
美雨さんが立ち上がる。すると、悠さんも立ち上がって頭を下げた。
「春咲先輩、苦かもしれません。でも、二度と逃げないと約束してもらえませんか?」
「……断言は出来ないかな」
「そこは断言してください」
きっぱり真っ直ぐ悠さんに言い返される。
でも、これはもう僕の性分だ。
善処しても、何処かで逃げてしまうかもしれない。
「でも、そうなる前に誰かを頼ることなら、絶対に約束する」
「はい、それで良いです」
「二度とお姉様泣かしたら実兄でもこの森川悠、そして『学園の花はお姉様の妹達』が許しません!」
あれ?シリアスだったはずなのに、このどうしようもない感じは何だろう。
しかも、これは悠さん達にとってはいたって真剣だろうから返し方が分からない。
「弓月ちゃん、早速逃げたい」
「こればかりはどうしようもないです。とにかくお兄さんはなーちゃんの所に言ってください」
「うん、江菜さんありがとう」
『はい』
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