第42話 それは誰のため 1

「そ…そんな事…」


「ある!……恋愛感情がないのはもう分かったよ…だから、江菜さんとか雪さんとか………止めて」


 何かを飲み込んで言った、鈴の弱々しい声。

 何で突然こんなことを言ってきたのか、僕には理解ができませんでした。


 江菜さんや雪とか、それは誰かの為という事?

 それなら僕は、僕のために恋愛したくてやってるつもりでもある。


 でも、鈴は否定した。


 僕はしてないのかな。


 うん、きっとしてないんだろう。

 鈴は心を覗いているみたいに僕の思ってることを当てる。

 それが無意識でも。


 否定された時、言い返そうとしたけど、言葉が詰まった。

 つまりはそういうことなんだと思います。


「……もっと」


「え?」


「…そこは…もっと否定してよ!!」


「鈴!!」


 鈴がソファから立ち上がって、泣きながら休憩所を走って離れて行きました。

 突然で、一瞬頭が真っ白になりながらも僕は直ぐに意識を戻して鈴を追いかけて休憩所を出ようと走り出しました。


 何を言えば良いかなんて分からないですけど、でも、でも、このまま離れたらいけないような気がして怖かった。


 休憩所を出てエレベーターのある方に行くと鈴が下りようと扉を閉めていたところでした。


「鈴!」


 僕は鈴の名前を叫びながら走った。

 でも、遅くて、扉は閉まりボタンを押してもエレベーターの扉は開くことはありませんでした。


「お兄さん」


 知っている声が後ろから聞こえ、振り返ると弓月ちゃんと鈴を慕う3人の友人、美海さん、悠さん、比奈さんが立っていた。


 何を言えば良いか分からず、僕は思ってる事を口に出しました。


「ごめん」


 でも、これは、


「それはなーちゃんに言う言葉だと私は思うな、お兄さん」


「……分かってる」


 美海さんは僕の前で屈んで、驚くべき一言を言った。


「蓮地先輩、いえ、先輩、お姉様になんて言ったんですか」


「え?美海さん、今な…」


「どうでも良いです。お姉様に何と」


「……何も言ってない…何も否定しなかっただけだよ」


「…そう、ですか」


 美海さんは言葉を噛み殺すようにそう言った。

 次に口を開いたのは悠さんだった。


「先輩、とりあえず休憩所に戻って話をしませんか」


「今はそれどころじゃ、鈴が…」


「今行ったところでいまの先輩には無理なの、わかってますよね」


 悠さんの言葉に僕は黙ってることしか出来なかった。

 行ったところで、否定しなかった僕が鈴と話せるわけがない。


「私はお姉様探してくるね」


 比奈さんは丁度きたエレベーターに乗ってこの場を後にした。


「お兄さん行きましょ」


「……うん」


 ◇◇◇


 否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ否定してよ!


 お兄ちゃんは優しい。でも、いつも自分より他人の事を先に考えて、自分の事なんか後回し。


 妨害してしまったけど江菜さんとの初デートで、ナンパされたときだって、相手から仕掛けたことでも、そのあとに自分が処罰を受けることを考えたりしてない。


 最悪、始まって直ぐに学校から停学処分受けてても可笑しくなかったのに。


 遊園地での事だって、自分の意見は言わずに江菜さん、雪さん、私が楽しく行きたい場所を優先にして。


 言わせなかったらいつまでも言わないままだった。


 ああ、もう!イライラしてお兄ちゃんを悪い方にしか考えられない。


 せっかく、せっかく……無理に来てもらったのに。


 お兄ちゃんは頑張ってるんだろうけど、もう少し自分に好意を持ってる人の事を考えてほしい。


「お兄ちゃんの…ばか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る