第15話 花見当日

四月二十日午前五時半


セットしていたアラームが鳴り半ば強制的に目を覚ませた。

アラームを消そうとにも体が重い。探り探りでようやくアラームを消した。


もう少し寝ていたいけど今日は花見。

起きたいでも体が動きません。

意識と感覚が徐々に戻っていき腰回りをホールドされた感覚と背かに重さが集中しフニッと柔らかいものが密着しているのに気がついた。


久しぶりで忘れていました。

布団をめくって除き混むと見覚えのあるピンクのモコモコパジャマが見えました。

顔は見えなくても可愛いモコモコとこの朝たまに布団に潜り込むのは妹の鈴奈しかいません。


「鈴、朝だよ」


「むにゅ、お兄ちゃんもうちょっと」


寝惚けて起きる気配のない鈴は体を密着して抱き足を絡ませて子コアラみたい。

これが逆なら最高の抱き枕になるかも。


普段は目覚めも良くて早起きの鈴なんだけど、時々僕のベッドに忍び込んでは寝惚け嬢となるのだ。


「お兄ちゃん捕まえてどうするの?」


「このまま…き…」


声がくぐもってうまく聞き取れなかったが何やら続きが不穏な単語と化すと感じてしまうのは気のせい?

とにかくこの寝惚鈴ねぼすずをどうにかしないと思って体を揺らすと。

鈴は幼児のように唸って離れようとしない。


「鈴、お兄ちゃんに起きる権利をください」


「きじをつくりゅ、なら…ゆる…」


ここで記事だよね。聞き間違いじゃない。そうした方が賢明な気がする。うん。

でも、何だかんだでブラコン拗らせすぎている寝惚鈴は恐ろしい。


「お兄ちゃんは記事は作らない」


「うにゃ。お兄ちゃんの…バ〜カ〜」


惚けているからかなのか捨てられた子犬のような細目で潤んだ瞳、息遣いも少し艶かしい。

僕じゃなかったら今頃超絶美人の妹に男子はドキドキしてると思います。

渡すか。


「……どうしよう」


いつからここまでお兄ちゃんっ子になったのか本当、不思議に思う。

それくらい大切に思われているのは嬉しい。

そのせいか最後は必ず気持ちを邪険にしないようにとしていつしかそれが身に染みてしまって、


「はあ、5分だけだよ」


仕方ないと折れてしまいます。


「ありがとう…お兄ちゃん」


嬉しそうな声色と共にスルッと少し全身の力が緩みながら眠りについていった。

その間に仰向けに体を動していく。

鈴は先程までの拒否反応を出さずに静かな吐息をたてて寝ている。

仰向けになって頭を優しく撫でてやるととても気持ち良さそうな笑みを浮かべる。

けど、鈴の幸せな時間は一人の総長によって消滅することになった。


バン


「起きろ、ガキ共!」


「げ!母さん総長


「誰が母さん総長だ!」


部屋に現れた水樹は怒っているようにも見えたが声はノリノリのように聞こえた。


「鈴奈起きなって」


「んん。5分だけぇぇ!」


離れたくないと鈴はいやいやと駄々捏ねる。

足と足を絡ませるな!!


「可愛い…じゃなくて。蓮地みたいに言うな」


親馬鹿出しながらさらっと母さんは諦めず引っ張り出そうとする。

その分鈴の抵抗力が増してホールドされてる部位が徐々に締め上げれて凄く痛いです。

不安で仕方ない。

でも鈴に5分と言った以上は。かといってこのままでは折れてしまいそうで怖い。


「ほら離れる」


「んんん、お母さんの言葉でも聞けないー!」


「起きないと花見いけ…あっ!」


「べ!…」


突然鈴奈が力を抜いて勢い余ってベッドへと放り出されて床へと激突しました。

五分たった事で離したみたらということみたいです。

こんな所で変におっちょこちょいな部分出さなくても。でも、久しぶりに見たかも。

母さんは鈴をおぶって部屋を後にしました。


暫くして母さんが「季吹さん起こしてくるから早く着替えなさいよ」と言ってデスマ帰還の父さんを起こしに行った。


四月半ばなのにまだ冬の肌寒さ。

早朝なので明瞭に雀の鳴き声もあって心地い気分で身支度を済ませた。ボディバッグを持って色々してからリビングに向かいました。


ガチャ


「おはようございます、蓮地さん!」


扉を開けて迎えてくれたのは江菜さんだった。

キッチン越しなので上半身半分くらいしか見えないけど、綺麗な黒髪ふんわりロングはポニーテールにされていて隠れていた首筋やうなじの白い肌が惜しげもなく晒されたエプロン姿。


「お、おはようございます、江菜さん」


可愛いのは変わりない。

でもポニーテールという新鮮な姿には大人の女性っぽい色気があって朝の鈴とは違う物を感じました。


「どうかしました?」


好きな人のちょっとした変わりように気づいても言うのが恥ずかしくて躊躇ってしまう人は恋愛の依頼実行中のデートを見ているときもその傾向が多かった。

褒めたいけど羞恥でブレーキが掛かってしまうという事もありました。


正直に褒めると嬉しそうにしてくれるのは実証済み。

僕は誤魔化さず思った事を正直に答えることにしました。


「その、江菜さんの今の姿にドキッとしました」


「「……」」


何でだろう恥ずかしい。鈴奈や雪にも普通に「似合ってる」とか「可愛い」とか言ったことあるのに恥ずかしい。

顔熱い。

それは江菜さんも同じなのか顔を真っ赤にして固まっています。


「…僕も朝食作り手伝いますよ」


「はい…それでは、お願い致します」


僕はバッグを置いて朝食作りを手伝うことにしました。

キッチンに入った瞬間横から見えたエプロン越しの服は首まであるタートルネックのニットにフレアスカートのコーデはやっぱり大人っぽさを感じさせるものがありました。


さて、江菜さんが家にいる理由は昨日の車下校していた時突然家に泊まらせてもらえないかと言われたからです。

聞くと一つはリムジンだと花見の場所で目立つから。二つ目は電車に乗ってみたいという事らしいです。


電車で行くのは元々決めていて、もし江菜さんが良かったら電車で一緒にいこうと思っていたので丁度良かったです。

只電車で行く場合僕が同行するなら良いという条件らしいので同行することを電話で伝えて了承してもらえた様です。

葉上家のご両親は大分過保護のよう。


で、泊まる理由は僕の自宅からの方が駅が近いから。多分純粋に泊まってみたいということもあったかもしれません。

本当かどうかは聞いてないから分からないけど。


母さんは大歓迎で泊まりも即決。

しかも蒿田さんと合流すると明日の服とお泊まりセットらしきものを持ってリムジンから出て来て江菜さんに渡した。


夕食は父さんがまだ仕事だったので江菜さんを含めた四人で。

その時江菜さんに「あーん」と食べさせられ、鈴も対抗心を燃やして「あーん」をされる。それが何回か繰り返されて、母さんは微笑ましく見ながらという食事を僕はすることになりました。

こういう修羅場はいやカオスな展開は怖い。


食後は何故か特に何もなく普通に就寝に至った。

そも僕は江菜さんが泊まってるのに朝から妹と何してるの。


「江菜さんって料理できるんですね」


「蓮地さんも出来るではないですか」


朝食は一宿一飯の恩という事で現在作っています。

只、僕の一言でむっと口を尖らせて拗ねるような表情になりました。


この時何故か初めてショッピングモールに行った時に江菜さん達のコーデを見立ててくれた観察眼の鋭い女性店長が世間知らずのお嬢様ではない、むしろしっかりしてるというような事を言ってた事を思いだし確かにと改めて実感しながらサラダにする食材を切っている。


「他には何が出来るんですか?」


「家事は一通り。他にはピアノ、水泳、習字、のお稽古事をしておりました」


あの時の護身術は聞かない方がいいのかも。


「いたって事は今はやってないんですか?」


「数ヵ月前に」


「もしかして僕が原因ですか?」


「そうだとしても決めたのは私です。蓮地さんが責任を感じる必要はありませんよ」


僕は心底自分に呆れてしまった。

遠回しに自分が原因だと言わせてしまったことと勝手に勘違いした僕に呆れた。


「それじゃ駄目です」


いつからいたのか僕と江菜さんの間から鈴奈が下からぴょこっと現れた。


「江菜さん。そう言ったらお兄ちゃんは絶対に責任押し付けたぁとか思ってます。だよねお兄ちゃん」


「……」


「蓮地さん、沈黙は是なりですよ」


その通りなので一回頷きました。

すると「はあ」と呆れた吐息が鈴から出た。


「私別に責任感じる事でもないと思うよ。確かに江菜さん遠回しな感じの発言したけど」


「うっ」


「でも、お兄ちゃんが……お兄ちゃんが悪い」


フォロー失敗。でもそうです。自分から聞いたのが悪いからです。


「でも責任感じる必要はないよ。もしそうだとしても江菜さんは止めたこと後悔してないんでしょ」


江菜さんに視線を向けると視線に気づいて笑顔でその通りと十二分に語っていた。

鈴に江菜さんを認めたのか聞くと「それはないよ」と無表情で即返された。

でも仄かに頬が赤い事は秘密。


「よく見てるね」


「見てなくても私の体の一部はお兄ちゃんでできてるから分かる」


小さくも大きくもない。言ってしまえば半端乳。

その分美人さんだから。そんな胸を張り腰に手を当て自信満々に言った。

でも自信満々の発言がさっきまでのを台無しにしてしまった。


「鈴はそのイタイ設定を中学卒業までには外しておくこと」


「いたくないよ!たまにお兄ちゃんが作る朝食、夕食、お弁当を食べてるから間違ってない」


頬をぷくっとしてるけど大いに間違いだ。

夢の無い発言をしてしまうと血肉となっているのは料理化した牛、鶏、豚、魚介類だ。もし入っていても


「お兄ちゃんが作る要素しかないよ」


「むぅ、思いが入ってるの。はっ、つまり私はお兄ちゃんの精神と」


頬を赤くしてなぜか恥じらいながら言う鈴。


「混ざりあってないから」


「興奮した?」


「妹に欲情する兄はここにはいない」


「江菜さんには興奮してるのに?」


「してないよ!」


「しないのですか!」


「江菜さんまで!?」


二人して楽しんでる。

暫くして母さんがやっと父さんを連れてリビングに来たので急いで江菜さんと残りの朝食の準備をした。


江菜さんが作ってくれた朝食はフレンチトースト、スクランブルベーコンエッグ。

フレンチトーストはとろっとして甘さは控えめなのに丁度良い。

スクランブルベーコンエッグの味付けは何もせずにベーコンの塩気だけ。なのに美味しい。更にカリッとしたベーコンが合わさり美味しかった。

サラダは僕が作ったので省きます。


鈴も「認めたくないけど」と呟きながら朝食を食べていました。

こんなに美味しいのに「まだまだ母様には及びません」と江菜さんは言うので相当美味しいのだと思いながら普段は江菜さんのお母さんが作っている事が判明した。


食べ終わった空き皿を僕が洗い江菜さんが水気の拭き取りをしていると両親に茶化された。

やめてほしかったけど江菜さんが嬉しそうにしていたので終わるまで流した。

洗いだけに。

食器を洗い終わってバッグを取り玄関に行こうとした時母さんが呼び止めた。

なんだろうと思って手招きする母さんの方に向かうと「はいこれ」と言って渡された一本の鍵と花見用の弁当の入った包み。

すぐにこれが何の鍵かは理解できた。

今なのと思いましたけどあれに慣れておいた方がいいと暫く思案して決めた。










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