第8話 第三王子殿下近衛隊
王宮図書館は王宮の敷地内の中心にあるお城から東に位置する。ちなみに騎士寮は南にあるのでそこまで遠くはない。
歩いてもそこまで時間がかからない場所にあるおかげで、馬に乗れない私でも不自由はしなさそうで良かった。
同僚二人と連れ立って出勤した王宮図書館は、まるで神殿のような白い石造りの建物で、市政の図書館とは違い小さな部屋が幾つもあり、本は種類毎に各部屋に分けられ保管されている。
王宮図書館の本は、殆どが学術研究や王侯貴族のためのもの。歴史的価値の高いものや一般的には普及されていないものが沢山あり、警備面や焼失をさせないためなどの理由で部屋が分けられ、部屋毎に厳重な魔法がかけられ守られているらしい。
そんな王宮図書館の一室、固く閉ざされた大きな扉の部屋が、第三王子殿下の研究室、もとい私室。
夜勤だった騎士四人が、エドガーとジャンの姿を見るなり交代を悟って破顔する。
そして隣の私を見て、びっくりしたように目を丸めた。
「あれ、見ない顔だね。新人さん?」
「珍しい! 女の子だ!」
「名前は!? 魔法騎士!?」
「お前らがっつきすぎ。いきなり悪いな」
四者四様の歓迎を受けその勢いにちょっとたじろぐ。
だって夜勤明けなのにパワーが! 圧が! これが本物の騎士!
「フィーラと申します。本日よりお世話になります」
若干引きつり気味の笑顔を浮かべると、四人のうち二人がぐいぐいと距離を詰めてきた。
「礼儀正しい! 良い子だ! 是非よろしく!」
「フィーラちゃん! かわいい響き! 何歳なの!?」
「はいはいお前ら一旦ストップしようね」
ゴンッと二人の頭に鉄拳が振り下ろされた。
すごい音だったけれど大丈夫かしら、と不安に思っていると、鉄拳の持ち主が二人の首根っこを掴んで私から引き離してくれた。そしてエドガーがさらっと私を後ろに庇ってくれる。
そんなエドガーをまるで物語の騎士様みたいにスマート! と思った私は完全にエドガーが歴とした騎士だということを忘れ去っていた。
「フィーラさん、こいつらが悪かったな。俺は小隊長のバルドだ。一応階級上はあんたの上になるが、小隊が違うからそこまで気にしなくてもいい」
ぐいぐい来た二人とそれを止めた騎士の後ろから、四人の中で一番背の高い騎士――バルドさんが申し訳なさそうに眉を下げながらそう言った。
背丈の割に紳士的で穏和そうなバルドさんは、四人の中で今のところ一番接しやすそうね。他の三人はぐいぐい来たり、柔らかな口調でさらっと鉄拳を振り下ろしたり、ちょっと怖い気もする。
でも四人とも、基本的には良い人そうで安心した。騎士というからにはやっぱりちょっと厳しかったり怖い人がいるかもと思っていたけど、エドガーやジャンもそうだし、意外とフレンドリーな人ばかりなのかもしれないわね。
「そういえばうちの小隊長来てなかったんですね。朝食堂にいなかったので、てっきり先に来てると思っていましたけど」
思い出したようにジャンが聞けばバルドさんは渋い顔をした。
「あいつなら昨日の夕方、酒瓶持って歩いて行くところを見たぞ。起きてないならどうせ今頃酔いつぶれてるんだろう。まったく、新人が入った初日からこれとは……」
ある意味すごい人が私の上司なのかもしれない。どうしよう。今からでもバルドさんの小隊に入れてほしい。
「酔いつぶれって……良いんですか?」
恐るおそる聞けば、綺麗に全員が首を横に振った。
「各小隊の交代は小隊長以上の者が二名以上いなければできない規則なんだ。つまり、小隊長が来なきゃ俺らは仕事も始められない」
エドガーがそう言えば「俺らも休めない!」と先ほどぐいぐい来た二人が不満気に頬を膨らませる。
「しょうがない、僕とエドガーで起こしてきます。フィーラはここにいて。酔っ払いの部屋に女性を入れるのはまずいから」
「わかったわ」
短く答えると、ジャンとエドガーは小走りで騎士寮へと戻っていく。
その背に小さく手を振っていると、バルドさんが「フィーラさん」と声をかけてきた。
「彼らが戻ってくる前に殿下に挨拶しておいたらどうだ?」
「あ、はい。そうします」
挨拶をすると言っても、と閉ざされた大きな扉を振り返りながら思う。
これは開けてもいいのかしら? それとも扉の前でご挨拶するべきなの?
うーん、と扉の前で考え込んだ私に四人は苦笑した。
「とりあえずノックして名前と軽い挨拶だけ言えばいいと思うよ。どうもーって」
「そうそう。殿下は普段から、侍女が食事を運んできたときくらいしか扉を開けないんだ。俺らが勝手に開けるわけにもいかないしな」
「俺が配属されたときも扉に向かって挨拶したっけ……うわ、なつかしー!」
わざと茶化すように言って笑わせようとしてくれるのが伝わってきて何だか嬉しくなる。
アルベール殿下の近衛隊に入れなくて残念に思っていたけれど、ここの人達はみんな優しくて、うまくやっていけそうな気がした。
「失礼します、殿下。本日より第三王子近衛隊に配属になりました、フィーラと申します。よろしくお願いします」
コンコンとノックをして、扉に向かってそう告げる。
反応はないだろうな、なんて思いながら一歩下がって扉を眺めていると、暫くして扉が内側から開けられた。
「……!」
扉の向こうから現れたのは、夜空のような艶やかな黒髪に海の如き青の瞳を持った、色白ですらっとした青年だった。私よりちょうど頭半分ほど背の高い青年は、表に出てこないのがもったいないほど整った顔立ちをしていて、綺麗だとか美しいだとか言う言葉が似合いそうな人だ。
流石は、あの眉目秀麗なアルベール殿下の弟君というわけね。
黙ったまま殿下を見上げること数秒、はっとして私は慌てて頭を下げた。
「あっ、し、失礼しましたっ! 私、フィーラと申します! 以後お見知りおきをっ!」
不躾に見つめてしまった恥ずかしさと申し訳なさといったらもう! 穴があったら入りたい! この場から消えてしまいたい!
顔から耳まで熱が集まってくるのがわかるほど顔が赤面してしまう。
「えっと、フィーラ。落ち着いて、別に気にしてないから」
――凛と通るアルベール殿下の声とは違う、柔らかく包み込むような優しい声音。
厳しさなど微塵も感じさせない、ふわりと降りてくるような声に促されるまま顔を上げれば、ほんの少し戸惑ったような表情を浮かべる殿下と目が合った。
「はじめ、まして。僕はオーブエル・ジル・ソーラント。よろしくね」
そう言ってオーブエル殿下は片側だけ前髪で少し隠れた瞳を優しく細めた。
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