乙女よススメ!~妃が無理なら騎士になる~

第1話 初恋が砕け散った日

 昔読み聞かせてもらった、女の子なら誰もが一度は憧れるような素敵な王子様との恋物語。

 格好良くて優しくて、非の打ち所がないような完璧な王子様が、いつか私をお妃様に望んでくれる。


 ……なんて、思っていましたとも。今この瞬間まで。


「リリアーヌ、私の想いを受け入れてくださいますか?」

「はい、殿下……!」


 王家主催のパーティーが開かれている会場のど真ん中で跪いてご令嬢に手を差し伸べているのは、眉目秀麗、文武両道、才色兼備で完璧王子として有名な我が国、ソーラント王国の第一王子のアルベール殿下。

 瞳を潤ませながら差し伸ばされた手に喜びに打ち震える手を重ねたのは、月光の如き銀髪を持つ美人で聡明と名高い公爵家のご令嬢、リリアーヌ様。


 一世一代のプロポーズを成功させ無事結ばれたお二人に会場は祝福ムード一色になる。あちこちから祝福の声が上がり、何処からともなく沸き起こった拍手は鳴りやみそうにない。

 あぁ、素直に祝福できればどれだけよかったことか。他人事と流せればどれだけ楽だったことか。

 後々の歴史にも語られるであろうアルベール殿下とリリアーヌ様が結ばれた素晴らしきこの瞬間は、残念なことに私の初恋が砕け散った瞬間でもあったのだ。


「……かえろう」

 広い会場を出て馬車を呼ばせようと侍従を探して周囲を見渡すと、涙ぐんだり真っ青なお顔をしたご令嬢やご令息方がちらほら。たぶん私も彼らからしたら同じように酷い顔をして見えるのだろう。

 なんて罪作りなお二人なの。ちょっとだけこの国の未来が不安になったわ。


 そうして私は失恋仲間の皆様と一緒に、ひっそりと会場を後にしたのでした。


***


 少しだけ身の上話をしましょう。

 私の名前はフィリーレラ・シル・ダイアスタ。現在十七歳。ダイアスタ伯爵家の末の子供として生を受けた。どちらかと言うとお父様似の容姿は、薄くてぼんやりとした金髪にお母様譲りのローズピンクの瞳をしている。


 上には五歳年上の双子の兄と姉がいて、二人はそれはそれは美形で社交界の華とまで讃えられているけれど、私は二人に比べるとちょっと、すこーしだけ、控えめな顔立ちだった。それに面白いものと新しいものが好きで突飛な性格をしている兄姉と違って、読書が好きで大人しかった私は注目を集めるようなこともなく、いつしか“ダイアスタ家の地味な方”だとか“ダイアスタの幽霊”と呼ばれるようになっていた。社交界でも、私の顔と名前が一致している人の方が少ないと思う。

 兄姉のように目立ちたいとも思わなかったからそれ自体は構わなかったし、家族はみんな私をとてもとても可愛がってくれているから寂しいとも思っていない。


 でも、いつしか期待していたのだ。

 地味で目立たない女の子を、運命の王子様が見つけ出して愛してくれる。そんなお伽噺を。


「いえね、恥ずかしくてこっちから積極的にアプローチはしてないし、私程度が着飾ってもリリアーヌ様に敵わないことくらいは理解してるのよ!? でもパーティーではいつもさり気なく側に行ったり、視界の範囲内に留まるように歩き回ったり頑張ったのよ!? 顔は数え切れないほど合わせたのだだし、せめて一度でいいから声をかけてほしかったのぉぉぉっ!」

 ベッドに突っ伏して泣きじゃくる私に、侍女のイルダは慰めるでもなく淡々と言い放った。

「お嬢様、そんな不審者まがいのことをしていたのですか。良かったじゃないですか、殿下に変な令嬢として認識されていなくて。変な令嬢としてすら、でしょうか」

「変でも何でも認識されないよりはマシよぉーっ!」


 何もお伽噺のような完璧な王子様だったから、という理由でアルベール殿下を好きになったわけじゃない。

 あれは、お父様に連れられて顔を出したパーティーでのこと。

 デビュタントを終えたばかりで不慣れな私はお父様にくっついて挨拶回りをしていた。そしてそこで私は初めてアルベール殿下にお目にかかったのだ。緊張でガチガチになって、まともに顔も上げられなかった私に、殿下は呆れるでもなく優しく声をかけ気遣ってくれた。

「この国の女性は皆、女神の愛し子。堂々と前を向かれてください」

 そう言って微笑んだ殿下に、私の心が奪われるのはあっという間だった。


「私に優しくしてくれた殿方なんて、家族以外では殿下だけだったのよ……」

「まぁ、ダイアスタ家といえばご兄姉の印象が強いですからね。お嬢様はどうにもこう、派手さが無いというか、大人しい印象を与えがちですよね。実態は別として」

 失敬な。私はお兄様とお姉様に比べたらお淑やかさの塊かというレベルで大人しいわ。

 お兄様みたいに外国の民族衣装で堂々と社交界に顔を出してどこぞの外交官か王族かと騒動になったりも、お姉様みたいに男装姿で王宮に出向いてご令嬢方や騎士達の禁断の扉を開かせたりもしていないもの。


「この失恋を機に、お嬢様も幼子のように夢を見るのではなく、大人の恋愛というものを学ばれるのが良いのでは?」

「大人の恋愛って、具体的には? 言っておくけど一夜の恋とかドロドロした愛憎劇みたいなのは御免よ」

「また変な知識ばかり増やして……。いいですか、貴族間では政略結婚など普通です。お嬢様のようにお相手から愛されることをただ待つだけではだめなのですよ。お嬢様ご自身がお相手を愛する努力をしなければなりません。相手に尽くし愛することが、貴族の令嬢として、他者を重んじれる大人として、持っているべき恋愛観というものです」

 ……相手に尽くし愛する、ねぇ。確かに私は私のことを見てほしい、気にかけてほしい、という感情ばかりが先立っていたかもしない。

「つまり私はもっと殿下に尽くして、殿下のお役に立つことで私の愛情を示すべきだったと……」

「いえ殿下に対することではないのですが」

「決めたわ、イルダ! お父様にお話があるからセッティングして頂戴!」


 ベッドの上で立ち上がりビシッと指をさした私に、イルダはそれはそれは長々とした溜息をついた。

「こういう人の話を聞かないあたりはご兄姉と寸分変わらないですよ……」

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