第26話 対峙

 深い闇の中、アウター・タウンの中央に在る旧警察署の前に数台の装甲車が停車して、中から武装した兵士達が慌しく駆け出してきた。

先頭に立って指揮を執って居るのは、統合軍特殊作戦部隊の隊長であるスコルビンスキー大佐だ。

「第9次NBC兵器人体実験作戦、状況開始。各員、配置に就け。」

「了解。」

指令を受けた兵士達は、熟練度の高さを示す様に迅速に行動に移る。

数分で旧警察署のシステムを再稼動させ、作戦本部を完成させた。

旧式とは言っても、大戦前には市街地全域をカバーしていた中枢機関のシステムは、高度な作戦統制を可能にする。

スコルビンスキー大佐が通信回線を開いた。

「作戦司令部のスコルビンスキーだ。状況報告しろ。」

「現在、第5実行班迄の展開が完了。BC兵器の広域撒布の準備を開始。」

「B兵器エリア、遺伝子改変ボツリヌス菌、プログラミング・ファージ、噴霧カプセル注入開始。」

「C兵器エリア、ノヴィチョク改、スーパーVX、噴霧カプセル注入開始。」

「各員、撒布開始予定時刻迄待機。」

「了解。」

作戦に使用されるBC兵器は、何れも対象の生命活動に甚大且つ深刻な被害を及ぼす毒性の極めて高い物ばかりだ。

統合大戦でアルカンドルフを圧倒的な勝利へと導き、現在は統合行政府と強力に結びついた巨大軍需企業複合体であるカオス・コーポレーションで製造される悪魔の兵器群。

しかし、スコルビンスキー大佐は淡々と機械的に作戦を進める。

その表情からは、緊張感さえ読み取る事が出来ない。

「大佐。情報部から連絡が入りました。実験情報暴露防止策として、情報操作コードゼロを発動した様です。」

「・・そうか。これで我々も作戦遂行に専念出来るな。」

 統合戦争以前からアルカンドルフ等の大国では、NBC兵器実験の際、被験体が実験施設から外部環境に流出したケース等の非常事態に備えて情報操作を実施してきた。一例を挙げると、NBC兵器効果測定実験の影響で外見や生体組織が著しく変容を遂げた個体が施設外に逃走して民間人と遭遇した場合に、目撃証言の信憑性低減を企図して、予め地球外生命体や未確認生物の存在に関するデマゴーグを一般に流布しておき、酔漢か麻薬中毒者等が見た幻覚であるかの如く錯覚を発生させて情報の伝播過程での雲散霧消を促す手法が有る。

 コードゼロは、包括的な複合情報操作理論に基づく最高レベルの施策である。今回のスコルビンスキー大佐が指揮する統合軍特殊作戦部隊に拠るNBC兵器人体実験作戦のバックアップ体制は完璧に整備されていると言えた。

 実験区域に選定されているアウター・タウンは、行政府の管理外区域であり、住民達はシム・ラベリング非登録者である為、NBC兵器に因る被害を受けても法的補償は受益出来ない。

故に、過去幾度も統合軍のNBC兵器人体実験が実施されてきた。


 部隊の配置と実験決行準備が着実に進行している頃、廃線になっている旧地下鉄路線と同じく廃墟と化した旧地下街では、ラインハルト達が活動を開始していた。

リストバンド型携帯通信機の受信音が鳴り、通信が入った。

「こちらモロゾフ少尉。掃討班の展開、完了しました。」

「ロマネンコフだ。突入班も準備が整った。これより、NBC兵器人体実験計画阻止作戦を開始する。予定の行動に移れ。」

「了解。」

「小僧共!今から俺達の頭の上に陣取っている敵部隊を殲滅する!

覚悟はいいな?」

「ああ。何が起ころうと、俺達は一歩も後へは退かない。」

エリックが、決然とした表情で答えた。

ラインハルトとエリックは突入班、ウォルフと王虎は掃討班に編入されている。爽児は、BC兵器が実際に使用される現場の映像データをディスクに記録する為、掃討班に志願していた。

「・・・いよいよだな。」

ウォルフが緊張した表情で通信機に呟いた。

「ああ。例えこの身が滅びようとも、必ず邪悪な陰謀を阻止して見せる。」

王虎が揺るぎ無き意思を感じさせる声で答えた。

「ウォルフ君、王虎。連中の悪事を白日の下に曝す事が、御家族の無念を晴らす事に繋がると俺は信じる。・・必ず、皆生きて還ろう。」

爽児の言葉に、同じ班に配属された傍らの王虎は黙して一礼した。

通信機からウォルフの声が応える。

「ソージさん・・有難う。そうだな。必ず、俺はジェシカの許へ帰るんだ。」

「モロゾフだ。各班、準備は整ったか?定刻より、掃討作戦を開始する。敵は統合軍特殊作戦部隊だ。気を抜くな。一瞬でも躊躇すれば、死に直結する。」

モロゾフの指摘通り、黙示録の旅団のメンバーが厳しい訓練に耐え、演習経験を積んだ事で能力が向上しているとは言え、刹那の油断が死を呼び込む事は必至である。

「了解。」

ウォルフや王虎を始めとするメンバー達はモロゾフの言葉を厳粛に受け止めた。


 同刻、地上に展開した統合軍特殊作戦部隊は作戦実行準備を完了して待機状態に在った。

BC兵器は既に注入を終え、計器が容量の最大値を示して明滅している。隊員の一人が、完全密封型の特殊鋼製カプセルを一瞥して、傍らの仲間に話し掛けた。

「おい、今回も危険度最高レベルのBC兵器が揃い踏みだな。一つ扱いを間違えたら、俺達も危ないぜ。」

「何だお前、怖気づいたのか?今更、泣き言言っても、俺達は軍の規律を乱す事は許されないぞ。」

「違う。只、前回の作戦の時に、サンプル共の状態変化の経過報告を見る機会が有ったんだ。婆さんや子供が生体組織から腐っていく詳細なデータを知って居たら、兵器の扱いに慎重にもなるさ。」

「そうか。まあ、俺達が連中をどう扱おうと勝手だが、俺達自身が実験体になっちまうのは願い下げだからな。」

「そう言う事だ。」

禍々しき内容の会話だが、彼等にとっては日常会話に過ぎない。

他人に対する思い遣りの心等が完全に欠落している歪んだ人格形成も統合軍の所産である。彼等は訓練課程で徹底的に非人間的思考と行動を叩き込まれる。尤も、選抜の前提条件として犯罪行為を平然と行っていた等の先天的攻撃性が重視されている為、彼等の非道な所業の責任は彼等自身の選択に因るものでもある。


 着実にBC兵器人体実験作戦が進行する最中、地下では黙示録の旅団が活動を開始していた。

「小僧、敵司令部となっている旧警察署の制御盤は既に支配下に置く事に成功しているのだな?」

「当然さ。俺様に掛かればちょろいもんだぜ。連中の指揮系統に混乱を発生させるのも楽勝さ。」

「では、散開している統合軍特殊作戦部隊装甲車両と作戦本部の通信に割り込んで偽情報をリークしろ。その間隙を突いて攻勢を仕掛ける。」

「了解。」

エリックは神業の如くフィンガー・デバイスを操作して、瞬く間に敵部隊の通信回線に割り込んだ。

先刻、敵部隊の通信を傍受した際に解析記録した敵司令官の声紋パターンに基づいて音声を合成して各装甲車に送信する。

「各員に告ぐ。本部の機器調整が終了する迄、作戦開始予定時刻を延期する。指示が有るまで待機せよ。」

装甲車の通信機は、エリックが送信した偽の指令を受信した。

装甲車からの返信は、敵司令部には届かない様に遮断している。

「いいぞ。これで、当分は時間稼ぎ出来る。」

「うむ。・・総員、作戦行動開始。敵部隊を殲滅するぞ!」

ロマネンコフ大佐が告げると、黙示録の旅団メンバー達は予定の行動を開始した。


 掃討班のメンバーは、各装甲車の至近距離に在る廃墟やマンホールから地上に出て、強力な電磁場を発生させる装置を使用して装甲車のモニターを使用不能にしてから接近を図る。

「おい、外部映像モニターが故障したぞ。全く映らなくなった。」

「何だって?・・本当だ。至急、補修作業に掛かろう。」

突然、鈍い衝撃が装甲車を揺るがせた。

「何事だ?」

「BC兵器貯留カプセルの異常点検!!漏出の有無を確認しろ!」

「・・・大丈夫だ。漏出は検知されない。振動の原因を調査する。外へ出るぞ。」

武装した数名の特殊部隊員が搭乗口から外へ出て来た。

硝煙が燻り、視界が制限される中から光熱系銃火器の光条が迸った。

特殊部隊員達は、防備の薄い脚部を狙い撃ちされて倒れた。

「敵襲だ!応戦するぞ!!」

装甲車内の搭乗員が、BC兵器以外の通常武器を使用して襲撃者達を排撃しようと周囲に掃射する。

しかし、襲撃を仕掛けた黙示録の旅団メンバー達は装甲車の武装の死角に身を置き、的確な反撃を加える。

訓練の成果が如実に功を奏し始めていると言えた。

加えて、ロマネンコフ大佐が各地から召集した兵士達が、本物の精鋭揃いだった事も襲撃を成功させる要因となった。

「若造共!!俺達に続け!勝利は目前だ!!」

車軸を爆破されて移動力を殺がれた装甲車から、残存部隊がクレイボムショットガンを連射しながら躍り出て来た。

王虎が凶弾の間隙を潜り敵隊員に接近すると、気合と共に鋭く重い一撃を放つ。

「ぐふっ!」

敵隊員は昏倒した。

爽児は、撮影用の小型強力フラッシュライトで敵隊員の視覚を眩惑してからタックルを仕掛けた。

暗視ゴーグルが仇となり、敵隊員は増幅された光の波濤に因り視力を奪われて地面に倒された。

「貴様等の計画は実行させない。罪無き人々を悪魔の兵器の犠牲にさせて堪るか!」

「此処の住民共は何の価値も無い屑揃いだ。本当に守るべきものは完璧な秩序だ。我々が統治する事でこそ世界は均衡を保てる。」

「何だと!人の生命を軽視する貴様等に、世界を語る資格は無い!」

激昂した爽児は、敵部隊員を殴り付けた。

モロゾフ少尉が、背後からコンバット・ナイフを差し出して言った。

「こいつで喉笛を掻き切るんだ。黙らせるにはそうする以外無い。」

「!!・・それは出来ない。」

「何を甘い事を言っているんだ。こいつ等の悪行を止めたいのではなかったのか?」

「止めて見せるさ。この連中は司法の手に委ねる。」

「馬鹿な事を。統合軍特殊部隊の作戦が、何者に依って支援されているかも解らんのか?行政府機構と統合軍は一体だ。揉み消されるのが落ちだぞ。」

「・・確かにその通りかも知れない。だが、行政府機関にも人権擁護局のハインズやSPTの様に公正な人間は存在する。彼等は判断を誤らないだろう。」

爽児達の会話を聞いていた敵部隊員が哄笑し始めた。

「くっ・・・ふはははっ。愚かだな。貴様等も連中も世界の均衡を乱す不純分子だ。SPTは既に我々の手で壊滅した。残るハインズも暗殺される予定だ。貴様等反乱軍が頼れる者は居なくなる。」

「何だと!?」

「だから言っているんだ。こいつ等にはこうする以外無いとな!!」

爽児を押し退けると、モロゾフ少尉は敵部隊員の喉笛をナイフで掻き切った。

鮮血が迸り、爽児の顔を朱に染めた。

「!・・何て事を!」

「戦場では貴様の様な若造の青臭い論理は通用しない。常に殺すか、殺されるかだ。俺は過去の戦場で嫌と言う程その事実を学んだ。」

「その通りです。爽児さん、装甲車の中で連中が散布準備していたBC兵器を見て下さい。何れも危険度特Aクラスのものばかりです。特殊部隊の連中は、アウター・タウンの人々を単なる実験体としか考えていない事がはっきり判ります。」

「・・・ああ。王虎、君の言う通りの様だな。確かに赦し難い悪行だ。それでも、俺は敵を殺す事は出来ない。・・信条なんだ。俺は、俺なりの遣り方で参加させて貰う。」

爽児は装甲車内部のBC兵器収納カプセルや機材の映像を記録し始めた。

「・・勝手にしろ。残存勢力を掃討するぞ。最後迄気を抜くな。」

「了解。・・爽児さん、私達は戦います。非道な野望を打ち砕く為、一歩たりとも退く訳にはいきません。貴方は御自身の意思を貫いて下さい。私達には出来ない事が、貴方なら出来るかもしれません。」

「有難う、王虎。俺の全てを懸けて信頼に報いてみせる。」


 同時刻、ロマネンコフ大佐が指揮を執る突入班は、旧警察署の建物内に地下から侵入する事に成功していた。

敵部隊は、最上階の署長室及び管制室に陣取っていて、下層階には隊員を配置していなかった。

署内の監視システムはエリックに因り録画画像を映し出している。

「・・定刻だ。各部隊、BC兵器撒布を開始しろ。」

スコルビンスキー大佐が署長室から命令を送信する。

「了解。」

装甲車の各部隊からの返信はエリックが偽造して送信している。

「よし。以降は撒布進行状況の経過報告を順次送信しろ。以上。」

「いいぜ。敵司令部は俺が音声合成して送信した内容を信じてる。」

「エリック、お前はこのまま敵通信網の監視統制を継続しろ。残りのメンバーは、大佐と俺が指揮する二班で行動する。大佐の班は署長室、俺の班は管制室を制圧。武装解除勧告に従わない場合、躊躇わず敵兵士を殺せ。俺達の行動に、大勢の生命が掛かっているんだ。」

「了解。・・気を付けろよ、リーダー。」

「判っている。行くぞ。」

「若造共、しっかり付いて来い。」

ロマネンコフ大佐とラインハルトが指揮する二班は、慎重を期して目的の部屋迄索敵の為クリアリングを実行しながら進んで行く。

管制室は地上11階に在り、署長室はその真上の最上階に在る。

ロマネンコフ大佐の班は建物の東、ラインハルトの班は西を探索しながら上層階を目指す。

敵に察知されない様に、エレベーターは使用せず東西の階段で進む。

両班共に、敵と遭遇する事も無く11階迄辿り着いた。

「若造。連中は我々の様な敵対組織に因る作戦妨害は想定外だった様だ。間抜け面に渾身の攻撃を見舞って遣れ。連中の天下は終焉の時を迎えたのだ。」

「・・ああ。皆の家族の為、多くの罪無き人々の為、必ず勝利する。」

「良いか?間違っても敵に情けを掛けるな。連中は平然と裏切ってくるぞ。勝利への執念と飽くなき闘争心が連中を動かしている。」

「言われずとも、元より敵を見逃すつもりは無い。」

「その覇気を忘れるな。」


 ロマネンコフ大佐の班が階上に消えると、ラインハルトの班は管制室の入口脇の壁に高性能集音マイクをセットして情報収集を開始した。室内の敵部隊員の音声が聴き取れる。

「展開している全ての部隊の位置情報を確認。無事作戦進行中。」

「マーキングしたサンプル共の追跡状況も確認しろ。」

ラインハルトは、表情を曇らせた。

「!マーキングだと?・・サンプルとは、被験者の事だな。エリックは、巧くデータ偽造出来るだろうか?・・よし、踏み込んで制圧するぞ。」

各員は武器を構えて攻撃態勢を整えた。

「GO!GO!突入しろ!!」

入口の電子ロックは解除され、黙示録の旅団とロマネンコフ大佐が召集した精鋭兵士達の混成部隊は管制室に突入した。

「何事だ!?」

「全員、その場を動くな!抵抗する者は殺す!」

「敵襲か?貴様達は何者だ?」

「我々は、黙示録の旅団。貴様等統合軍の悪行を止める為に来た。」

「!アウター・タウンのレジスタンスか。・・成る程、相応の実力者で部隊編成して来た様だな。だが、無駄な事だ。所詮、闇に蠢く蟲共に甘い幻想を抱かせる程度の反抗に過ぎない。」

「蟲だと!?・・それは貴様等の方だ!」

ラインハルトは激昂して敵部隊員をヒートガンで灼き払った。

だが、敵部隊員達は怯む事無く反撃を開始した。

熟練の兵士達に武器を突きつけられていた者を除く隊員達が、比較的熟練度の低い黙示録の旅団メンバー達の隙を衝いて形勢を逆転した。

「リーダー!!」

仲間が縋る様にラインハルトに叫ぶ。叫んだ仲間の胸には、深々と最新のレーザーエッジ・ナイフが突き立てられていた。

次の瞬間、激しい攻防戦が始まった。

敵部隊員が携行していた武器は、どれも小型の銃火器とブレード類だった。クレイボム・ショットガンの様な広域拡散銃火器類は所持していない。

対するラインハルト達は、建造物内で使用する事を考慮した選択で、ヒートガンや改造スタン・スティック等を装備していた。

超伝導レールガン等の大型銃火器は掃討班のウォルフ達が装備している。屋外で装甲車を含む武装した敵を掃討する為、当然の選択だ。

両者の武装は互角と言えた。光条が縦横に迅り、斬撃が交錯する。

次第に戦況は膠着状態に陥り始めた。

だが、ラインハルト達が疲労の色を見せ始めたのに対して、敵部隊員達は弱る気配すら見せない。眼光が怪しく煌き、鋭さを増す。

「おい、こいつ等おかしいぜ。まともじゃねえ。」

兵士の指摘した通り、敵部隊員達は尋常ならざる攻撃性を発揮していた。戦闘中とはいえ、狂気の域に達していると言って良かった。

「・・これは!まさかエンジェル・キッスか!?何て事を!麻薬を隊員に使うとは!!」

エンジェル・キッスが正式名称アシッド・ドリームと呼ばれる由縁の一つがこの理性を失った凶暴な攻撃性の発現に在る。

統合軍特殊作戦部隊は、スコルビンスキー大佐の悪魔の如き狡猾さで麻薬に依る強化統制を実施していたのだ。

広域犯罪組織ザイードと統合軍特殊作戦部隊の利害が一致した所産である。


 一方、ロマネンコフ大佐達は署長室に突入していた。

「観念しろ!統合軍特殊作戦部隊の命運は此処に尽き果てるのだ。」

大きな執務用のシートがゆっくりと回転して、指揮官がロマネンコフ大佐と対面した。その瞬間、互いを認識した両者の表情が変わった。

「貴様は!」

「・・ほう。誰かと思えば・・昔の上官殿ではないか。」

「スコルビンスキー少佐。・・相変わらず卑小な面構えだな。」

「間違えて貰っては困るな。現在の階級は私も同じ大佐だ。それも正規のな。」

「貴様が大佐か。どの様な卑劣な手段で成り上がったのだ?」

「力押しだけが能のゴリラでは、現代の戦場を制する事は出来ん。頭を使い、全てを計算の上で事を進めるのは必然的帰結だ。」

「貴様が得意なのは味方を操り手駒として犠牲にしてその屍の上に地位を築く事だろう。薄汚い処世術の発揮が貴様の言う頭脳戦か。」

「彼等は完璧な世界を築く為の尊い犠牲だ。常に心に留めている。」

「見え透いた嘘を吐くな。貴様が求めるものは、完璧な足場だろう。」

「我々がこれ以上言葉を交わしても無意味の様だな。そろそろ、お引取り願おうか。」

「黙って引き下がると思うのか?階下の管制室は俺が鍛えた精鋭達が制圧しておる頃だ。」

「くっくっく・・・はははははっ!!そう巧く行くかな?私の部下は、濃縮されたエンジェル・キッスを大量投与して強化されている。絶大な攻撃性と絶対の忠誠心で、愚か者共を一掃している筈だ。」

「!何だと?貴様、部下を麻薬で支配統制しているのか?狂気の沙汰だな。」

「嘗て戦場の鬼神、鮮血の死神と謳われた貴方が私の狂気を問えるのか?大戦時には敵兵士達の累々たる屍の上を闊歩した貴方が!」

「戦場を共に駆ける同士の生命を出世の為に利用する卑劣さに較べれば、勝利の為に眼前の敵を薙ぎ倒すは戦士の誉れ。貴様と同列に見るな!」

「ふん、私はこの智略に拠り生き延びてきたのだ。私に利用されたと言うのなら、それは無能な連中にとって寧ろ光栄ではないか!?」

「・・・醜悪だ。貴様には戦士としての誇りの切片すら無い。今、此処で引導を渡して遣ろう。」

「ほう。だが、果たしてそれが出来るかな?」

「貴様の得意な卑劣な策謀も俺には通じん。武器も必要無い。この腕で貴様の頚椎を折り砕いて遣る。」

ロマネンコフ大佐は、獰猛な野獣の様に睥睨しながらゆっくりとスコルビンスキー大佐に歩み寄って行く。だが、スコルビンスキーの表情には恐怖より余裕が感じられる。

「漆黒、起動!」

スコルビンスキーは遠隔操作用リストバンドを操作して命令した。

「WWWGROROOOWW!」

地獄の底から響く様な凄まじい咆哮と共に、隣接した秘書官室の壁面が砕け、巨大な漆黒の怪物が姿を現した。旧世紀の想像上の悪魔が具現化した様な外見は、見る者を震撼させる。

「何だ!?この化け物は?・・・そうか、こいつが貴様の自信の源か。貴様よりは戦うのに相応しい相手の様だな。」

「大きな口を利いていられるのも今の内だけだ。漆黒、侵入者共を排除しろ。」

「GWORURURUWOOOOWW!!」

漆黒が、スコルビンスキー大佐の入力した命令を実行する。

轟然と咆哮すると、強大な膂力を揮ってロマネンコフ大佐の部下の兵士達を瞬時に薙ぎ倒した。肉が裂け、骨が砕ける鈍い音が響く。

「ぐおっ!!」

「畜生!!」

しかし、歴戦の兵士達は怯む事無く態勢を立て直し、ヒートガンの射撃で漆黒をロマネンコフ大佐が死角に入る様に誘導する。

「いいぞ。化け物め!幾多の敵を屠ってきたこの特殊鋼製ナイフで地獄に送り返して遣る!!」

必殺の斬撃で漆黒の延髄と思われる辺りにナイフを突き立てる。

ギインッ!!と鋭い音を立てて、ナイフの刃は折れ砕けた。

「!!馬鹿な!こいつの上皮は装甲車並か!!」

「無駄な足掻きは止める事だ。万に一つの勝機も無いぞ。」

絶体絶命の窮地に追い詰められて、初めてロマネンコフ大佐の額に汗が滲んだ。

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