82話.始動再開に向けて……


一ヶ月ほど続いた狐人族の里の移転作業がほぼ完了したある日、ディアナはクロムの元を訪ねていた。


「クロム殿の当面の目標についてなのじゃが、獣王ダインへの謁見……

 これが第一目標ということで良いのか?」


「そうだな、とりあえずはそこからになるかな」


「そのことは承知したのじゃが……

 相手は一国の王じゃぞ? なにかアテはあるのか?」


ディアナの懸念は的中しており、クロムにそのようなアテなど存在するわけもなかった。

そしてクロムも一国の王に謁見するための方法が無策というのは如何ないかがなものなんだろうと考え始めた時、隣にいたカルロが笑い始めるのだった。


「あははは、兄貴にそんなもんはないと思うぜ?

 この人は基本的に出たとこ勝負なんだからさ」


「うるせぇ……」


「それにダイン獣王国っていう国に限ればそう難しく考えなくていいんじゃないか?

 王都で強そうな奴に勝負を挑み続けたら王に会うくらいは実現できそうな気がするんだけどな?」


「カルロの言いたいことはなんとなくわかったが……

 謁見とは違う形になっていそうなのは気のせいか?」


「そこまでは知らないさ、そこは兄貴が考えることだろ?」


カルロにそういわれると何も言い返す言葉のないクロムは降参と言わんかのように両手を挙げて苦笑するしかなかった。


クロムとその重鎮たるカルロ、二人が悪ふざけをしているかのような言葉のやり取りを黙って聞いていたディアナはそのやり取りから不快なものを感じることはなく、むしろ頼もしさすら感じていたのであった。


ディアナは王都で強者として君臨している層がどのような連中であるかを知っていた。

ディアナでは冗談でもそれらにケンカを売るなどとは言えない、それほどまで絶対的な力の差があり、強者に対しての怯えが染みついているのであった。

王都のそうした実情を知らないカルロの言葉とは言え、自分の強さへの自信がにじみ出ていたその発言が心地よかったのである。


――しかも…… つい最近自分たちの力不足と慢心で仲間を死なせている

――その事実を乗り越えて、慢心することなく自分の力に自信を持てている……


ディアナはクロムたちのここ一ヶ月間の行動を知っている。

死ぬつもりなのか? と思うほどまで自分を追い込み続ける特訓を連日繰り返し続けていたのである。

それにより慢心を招いてしまう弱い精神を鍛え上げ、力不足を補うための技術や力を次々を手にしていくさまを見ているのは圧巻であった。


「さすがは我が主様あるじさまたち…… と思っておくとしようかの。

 実際私にはクロム殿たちの特訓にはとてもじゃないがついてゆけないしな……」


「竜人族、鬼族と武骨なぶこつな戦闘種族しか仲間にいなかった俺としては、むしろ内政面に秀でているディアナたちはありがたい人材なんだけどな。

 守るための戦いは俺たち戦闘系がやるから内政面で俺たちを支えてくれたら嬉しい」


強くなければ生きる価値なし、そんな文化の中で生きてきたディアナにとって、これほど優しく嬉しい言葉はなかった。

そしてそんな言葉を投げかけてくれるクロムたちを目いっぱい支えていこうと改めて心に誓うのであった。


「私は王都までの道を案内したら……

 裏方としてみんなをしっかりと支えてゆくとするよ」


満面の笑顔でそう告げるディアナのことをクロムは微笑ましく感じていた。


そしてダインとの謁見が良くない大きなうねりのようなものに巻き込まれるキッカケになってしまうような、そんな嫌な予感も頭の片隅をよぎるのであった。

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