第94話 退学届け
俺はホテルからそのまま帰宅した。家までは19番さんに車で送ってもらった。
「今日はパーティにお越しいただき、本当にありがとうございました。それに私の話を真剣に聞いてくれてありがとうございました。そのおかげでだいぶ楽になりました。」
19番さんは丁寧に頭を下げる。
「………………………はい。待ってて下さいね。すぐに助けますんで。」
「はい!期待して待っています。でもどうか慎重に事を進めてください。十蔵様はかなり几帳面で、用心深いですから。」
そう言って俺を見送ってくれた。
もう19番さんの表情は死んではいなく、明るい表情だった。俺に全て話せて大分心にゆとりが持てたのだろう。
それを見るとすぐにでも救ってあげたいと思う。だけど今はダメだ。今俺が動けば少しの間は大丈夫かもしれない。だけどあの豚野郎そのものを何とかしないと自体は変わらない。逆にどんどん悪くなっていく。
お仕置覚悟で話してくれた19番さんのためにも俺は全力で尽くして助けようと思った。
もう帰った頃には夜の9時頃で、お母さんとかすみさんが家の玄関の前で俺の事を心配しながら待っていてくれた。茉優はいなかったけど……
いくら遅くなると予め連絡したとしてもさすがに帰るのが遅すぎたようだ。
「優くん今までどこで何をしてたの?お母さんに説明して貰うからね!」
お母さんは少し怒ったように言った。
「ごめん、今そんなことを話してる暇はないんだ。」
俺は今はいつも通りの感じには喋れなかった。
「えぇ……!?」
お母さんはいつもとは明らかに俺の態度が違うことに驚いていた。
「かすみさん。少し話聞いてもらっていいですか?」
「わ、わかりました。」
俺はかすみさんを呼んだ。これからする話にお母さ念んには聞いて欲しくない内容だからだ。それにお母さんには何も出来ないだろうし。だけど頼りになるかすみさんならなんとかしてくれると思った。
かすみさんにあの豚野郎のことを全て説明して念入りに作戦をねろうと思う。
俺は口を開けてぽかんとしているお母さんは無視をして、かすみさんを連れてスタスタと歩いて別室に移動した。
1人ぽつんと玄関に取り残されたお母さんは叫んだ。
「優くんが反抗期になっちゃったぁ~!!!」
と。
☆☆☆
俺はかすみさんに豚野郎の事を洗いざらい話した。もちろん…夜依の事もだ。
かすみさんも俺の話を静かに聞いていたが、よく見ると強く拳が握られている。かすみさんも俺と同様にキレているに違いなかった。
「なんですかその男は……これこそ害悪ですね。生きている価値もないです。私もその男の悪い噂は前々から聞いていましたが、ここまで酷いとは知りませんでした。」
かすみさんは多くね情報網を待っているらしく、その中でもあの豚野郎のことは有名だったらしい。
「俺は何とかしてあの豚野郎の妻達、そして夜依を救いたい。もうこれ以上彼女達をあの豚野郎に汚れさせたくないし、汚させたくないんです。協力してくれませんか?」
俺は頭を下げて頼んだ。
「もちろんです。ですが情報が全く無いに等しい。そもそも、その男の家も分からなければどうやって救うのかの検討がつかないですね。」
そう言えば19番さんが言っていた。あの豚野郎はしょっちゅう引越しをするらしい。理由は警察が家に家宅捜索をする書類を作る前に引越しをしてその書類を無効にするためらしい。それに飽きっぽい性格で景色や外観にすごい拘るかららしい。
「だけど……救います。絶対に。」
今日から俺とかすみさんは知恵を振り絞り作戦を練り始めた。それは寝る間も惜しんで行われた。
☆☆☆
次の日。今日は一学期最後の終業式の日だ。
俺は今そんなところでは無いけど今のところ情報が無く、かすみさんも個人で調べてみるという事だった。俺は今日の学校終わりに夜依の家に行き、なにがなんでも夜依に会って、結婚をすぐに辞めさせるつもりだ。
そんなことをしたらあの豚野郎が黙っていないかもしれない。だけど夜依をあいつの手で汚されて欲しくなかった。それだけは我慢ならなかった。
だけどまずは学校に行く事にした。もしかしたら夜依が来ているかもしれないと思ったからだ。昨日、プリント類を夜依の家の郵便受けに投函しておいた。そしてついでにクラスの皆からの寄せ書きをプリントの隙間に挟んでおいた。
その時はまだ豚野郎の事は知らず、連続で休みで心配をしていたのだ。だから俺発案でクラス皆の寄せ書きを書いたもらった。皆は親切に嫌な顔ひとつぜず書いてくれた。それは夜依に人望がある事を示していた。
これを見てくれていたのなら夜依は学校に来てくれるかもしれない。という浅はかな思いで俺は学校に登校した。
学校に登校してクラスに入る。だけどそこには夜依はいなかった。
「クソ……やっぱり……ダメなのか……」
そうだろうとは思った。夜依……今お前は何をしてるんだよ。
☆☆☆
夜依は今、家で引越しの準備を行っていた。
自分の物を最小限の荷物に抑え、一通りまとめ終わると家の門の辺りに持って行っておく。こうしておけば効率よく荷物が運べるだろう……
荷物が無くなり殺風景になった自分の部屋を見つめると惨めな気持ちになる。だけどもう無理なんだと諦めてしまった夜依はぐっと泣きたくなる感情を抑えた。
もう期日まであと2日間のみ。今日の午後には迎えが来ると、母が言っていた。
母は1回海外にいる夫の元に帰り、そしてまたここに戻ってきていた。夜依の結婚式に参加するためだ。
期日の2日までに自分の退学届けを学校に提出しておかなければならない。退学届けは母から預かっていた。
今まで提出に行く時間は山ほどあった。だけどずっと提出を躊躇っていた。今まで頑張ってきた努力を自分の手で捨てなければならない。そう思ってしまったからだ。
でもさすがに提出しなければならない。そうしないと先生方に迷惑をかけてしまうからだ。
これ以上誰にも迷惑をかけたくなかった夜依は今日、提出すると心に決めていた。
今日は確か午前に終業式をして学校は終わりだったはずだ。午前中に学校に参加したら彼と会ってしまう。今更、彼にだけは会いたくなかった。もし会ってしまったら自分が情けなくて、素直になれなくて本当に泣き出してしまいそうになるからだ。
そのため、あえて時間をずらし午前の終業式には参加しないで、生徒達が帰った午後に夜依は学校に登校した。
最後と登校。夜依は1歩1歩踏みしめながら進んだ。
学校は既に生徒がほとんどいなくなっており同じクラスの人とは一切会うことがなかった。
もう、この制服を着るのも今日で最後なんだな……と自分の着ている制服を触る。もっと着ていたかった。まだ数ヶ月しか着ていないから全然汚れていないしキレイだ。本当なら3年間着てボロボロになったり薄汚れたり色が抜けたりするはずだったんだけど……な。
夜依は退学届けだけすぐに出して早く帰ろうと思った。ここにいるだけで悔しい気持ちになるからだ。
最後の学校を目と心で感じながら職員室に向かって進んだ。
「………っぅ。」
気を抜けばすぐに涙が零れてしまいそうになる。今の夜依は精神状態がとても不安定だった。だけど今泣いてしまったら数時間は泣き止みそうにない。そんなことしたら退学届けが出せなくて迷惑をかけてしまう。
だから必死に耐えながら夜依は前を向いて進んだ。下唇を強く強く噛み、痛みで涙を止める。
そうやって職員室まで歩いて来た。
「失礼します。」
夜依は小さな声で職員室に入り自分の担任の所まで歩く。
「奈緒先生……」
「あ!夜依さん!お久しぶりですね。」
明るく奈緒先生は接してくる。
どうやら今は書類を見ていたようだ。
この先生は本当にいい先生だった。新任で若く、少しだけおっちょこちょいで、物が片付けられないみたいな部分もあるけどどの先生よりも生徒思いで、授業も分かりやすかった。
「今日はこれを渡しに来ました。」
そう言って夜依は奈緒先生に退学届けを見せた。
「こ、これは………」
それを見て奈緒先生は驚く。手に持っていた書類をうっかり落としてしまうほどにだ。
「奈緒先生……少しの間でしたがお世話になりました。私……結婚するんです。」
「け、結婚!?そ、それはおめでとうございます。」
結婚と聞いて更に奈緒先生は驚く。今度は椅子から滑り落ちてしまうほどにだった。
少しも嬉しくのない祝福の言葉だった。
「あ、……ありがとう…ございます。」
夜依は小さな掠れた声で返した。
「夜依さん…………?」
でも夜依の顔が少しも笑っていないことに気づいた奈緒先生は退学届けを受け取りづらそうにしていた。
「───ほぉ、なるほどなるほど。結婚か。いいね。おめでたいね。」
突然、誰かの声がした。
それと同時に奈緒先生が受け取るはずだった退学届けをその人が奪い去った。
「な、何を!」
振り向くとそこには夜依の先輩で学校を率いるリーダーである生徒会長で、2年生の男の姉である空先輩だった。
「ちょっと、九重さん?どうしてまだ学校にいるんですか?今日の下校時間はもう過ぎていますよ。」
「あれぇ……そうだったんですか?仕事に集中しすぎていて時間を忘れていましたよ。」
どうやら先輩は学校が終わってから1人で仕事をしていたらしい。
先輩は夜依の退学届けを勝手に見た。
「どうしてまた結婚なんて……いくらなんでも時期が早すぎる。高校1年生なんだぞ!?それにお前さんの顔に一切活力が無い。これは誰でも事情があるって思うはずだぞ?」
「そ、それは………」
夜依は口ごもった。もし事情を話して自分に同情なんてされたら本当に泣き出してしまいそうだったからだ。
それを察した先輩は夜依の手を掴んだ。
「ちょっと、夜依を借りていきますね先生。」
「え!?」
「あ、はい。いいですよ。私は蚊帳の外でしたもんね。話が終わったらでいいのでまた来てくださいね。」
奈緒先生は気を利かせたのかすぐに了承した。
「じゃあ行くぞ夜依。」
「ちょ、ちょっと先輩!?」
先輩に手を引っ張られ夜依は生徒会室まで連れてこられた。
生徒会室には誰もいなく夜依と空先輩の2人っきりだ。夜依は先輩とはあまり話したことがない。なぜなら生徒会の仕事がそこまで回ってこないからだ。生徒会の仕事はほとんど生徒会長の先輩が終わらせてしまうからだ。仕事をがなければ委員会も無い。というわけでほとんどこの先輩とは話したことがなかった。そのため少しだけ緊張をする夜依だった。
「ここなら、思う存分に話せる。大声で話しても、泣いても誰もなんとも言わないぞ。」
「はぁ、そうですか…………って、早く退学届け返してください。」
「ダメだ。」
「なんでですか!」
もう、先輩の理不尽には頭を抱える。そろそろ夜依も怒りそうな時に先輩は突拍子もない事を言う。
「夜依、あなたには神楽坂 優馬という男がいたはずだったと思うけど?どうして優馬と違う男と結婚をするんだ?」
その質問は夜依には辛い質問だった。
「ち、違います。彼は私とはなんの関係もないし、全く何もありません。」
夜依はキッパリ言った。だけど体は動揺を隠しきれておらず顔が熱くなった。
「ふぅーん。生徒会も同じで、林間学校の班も同じだったのにか?」
先輩はニタニタと笑みを浮かべて夜依の反応を見て楽しんでいるようだ。
前々からこの人の度量を夜依は測れなかった。いつも自由奔放としていたからだ。初めて会ったときはこんなおちゃらけた人か学校を率いていけるのかと思っていた。だけどこの人は仕事と遊びにしっかりとスイッチがあって、性格や趣味はあれだけど後ろを着いていくに相応しい人だと思う。
夜依も仕事面だけ憧れていたりした。仕事だけ。
「いい加減、早く返してください。」
夜依は早く退学届けを取り返そうとする。
「それはダメだね。だって夜依の目を見てるとどこか助けてと訴えているからな。」
だけど先輩は夜依には返してくれなかった。
「は?そんなの関係ないですよ。もう私は学校を辞めるしかないんですから。もう、誰にも迷惑はかけたくないんです。」
「そうか。なら、わかった。少しの間だけ生徒会権限でこれは預かろう。少し経っても夜依、あなたがこの紙を破り捨てに来なければ私が奈緒先生にこれを提出するから。でもあなたがこの紙を破り捨てるか私がこれを提出しない限り夜依、あなたはまだここの生徒だ。」
先輩は言い切った。
夜依としてはすごく嬉しかった。だけど……
「今更……もう遅いですよ。今日には行くんですから………それにどうしてそんなにしてくれるんですか?」
夜依と先輩はほとんど話したことがないため仲がいいとかそれ以前の問題のはずだ。
それなのに何故この人は………
「ん?そんなの決まってるだろ!私がこの学校の生徒会長だからだ。」
先輩は胸を張って言った。その立ち姿は正しく……生徒会長たる姿だった。
あー、そうか。だからこの人は生徒会長に任命され、みんながついて行くんだなと夜依は1人で納得した。
もう少しだけ……この先輩の後ろ姿を見ていたかった。
「あ、あれ………」
我慢していたはずなのに、その我慢が重なった時に先輩の言葉を聞いた。そのせいで涙が溢れ出してしまった。
「も、もう泣かないって決めてたのに……」
1度開いてしまった涙腺はもう崩壊して涙が止まらない。
「うぅ………………」
「夜依、あなたは本当にそんな男と結婚したいのか?」
「嫌…です!嫌に決まっています。……だけど結婚の話は家の方で決まったものなんです。私が何を言っても結婚が行われるのは変わりません。」
夜依は泣きながら言った。
「そうか、やっぱりそうか。」
先輩は静かに聞いてくれていた。
「もう、手詰まりなんです。もういくら嘆いたって結果は変わらないんです!」
「まだ諦めるのは早いぞ夜依。まだ希望はある。」
「え?」
それって………なんだろう?
「あの神楽坂 優馬が気にかけている夜依、お前を簡単に他の男に手放すと思うか?しかもほぼ強制的な結婚だ。そんな不幸な夜依をあいつは助けないはずが無いだろう?」
先輩は真剣な表情で言った。その顔は嘘を言ったり、夜依を励ますための声では無いとわかった。
彼が私の事を………?少しだけど心がぽっと暖かくなった気がした。
「でも………私はもう彼には関わらないでと言ってしまいました……」
もう彼は私には関わってはくれないと思う。私自ら遠ざけてしまったのだから……
「そんなことであいつは挫けるはずがないだろ?あいつはもう2人もの女を自ら救っているんだぞ。今回も救ってくれるに決まっている。そう私は信じているぞ。だから夜依、お前も信じて待ってればいい。あいつが助けに来てくれることを。」
「先輩………」
「それにあいつはもう動き始めているぞ。1度くらい会ってやってもいいんじゃないか?」
「……………………そう、ですね。」
先輩の言葉を聞いて最後に会ってもいいかなと思ってしまった。少しだけ希望が持てた気がした。
「なら、さっそく行動!すぐに連絡をしろ!あいつは待っているかもしれないぞ。」
「は、はい。」
先輩に急かされて夜依は優馬に連絡をとった。
さすがに電話は出来なかったのでメールを送った。
“今日学校の校門で待っている”と。
彼からはすぐに返信が来た。
“了解、すぐに行く”と。
少しだけ気まずいけど、勇気をだして会ってみようと思う。どうせ最後に会うことになるのだからテストの勝負で自分が言った“自分とは関わらないで”ということは無視することにした。
「じゃあ頑張ってこいよ夜依。」
「はい。ありがとうございます。」
夜依は先輩に頭を下げて校門まで走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます