第77話 雫と茉優


今日は学校を休んだ。理由はまだ本調子じゃないからだ。俺は行きたかったんだけどお母さんに止められた。だけど別に俺もそこまで行く気にはなれなかった。

茉優の事があったからだ……

昨日俺は茉優の告白を断った。それしか方法がなかったからしょうがない。だけど、しょうがない一言で済ませていいのだろうか……?

俺が慰めてあげようかなと思ってたけど、その茉優はいつも通り朝ご飯を作っていた。そしてお弁当も作ってくれ学校に出かけて行った。

その間、俺とは一切話さなかった。

俺も話しかけようとは思ったけど徹底的に避けられた。


雫はいつも通り学校に行って、部活は休んで1回俺の家まで来るらしい。そこからかすみさんの運転する車で病院に向かうという流れだ。


葵にはしっかり連絡しておいた。雫と一緒にお見舞いに行くと言った時は喜んでいたけど、その場で恋人報告をすると言ったら急に弱気になっていた。


俺は雫が学校が終わるまで暇だったため、衰えてしまった筋肉達を復活させるために筋トレに励んだ。


☆☆☆


学校が終わった雫は部活の顧問の若宮先生に断りを入れて部活を休んだ。

今日の学校は皆、元気が無かった。いつも元気な春香、由香子もだ。優馬が林間学校で倒れた事をみんな知っているからだ。優馬はスマホの電源を切っているから連絡もできない。そのため優馬の事が心配すぎた皆はまるで抜け殻のようだった。

明日、優馬が大忙しになるなと思った。


優馬がいない学校はどこか寂しかった。


帰り道、

今日は優馬と葵のお見舞いに行くんだ。

でも、私どんな顔をして葵と合えばいいんだろう。少し自分でもわからなくなってきていた。

葵はこれまでは気が弱い方だけど優馬には積極的にアピールしている子だとは思っていた。だけど突然恋人と言われると少し不安だ。葵が優馬を奪ってしまうのではと変な想像をしてしまうからだ。葵はそんなことはしないとわかってはいるけど、どうしても想像してしまうのだ。こればっかりはどうしようもない。

優馬の事だから葵と別れることはまず無いだろうから葵とは一生涯の妻友という事になる可能性が高い。上手くやっていけるだろうか……


そんな事を思っていると優馬の家についてしまった。

昨日、お義母さんと上手く話せたかな……まだお義母さんって言う自信は無いけどいつか言えるようになりたい。


私は門に付いているピンポンを押そうとした。だけど門の向こうの庭から誰かの声が聞こえる。


私は興味本意で中を覗いてしまった。


そこには優馬が上半身裸で腹筋をしていたのだ。


え?何これ?優馬は何をしているの?と思ったが優馬の上半身はなかなか見ることが出来ない珍しいものだ。

男の上半身は女とつくりが違い大きい。胸は出ていないし、とにかく筋肉がすごい。よくあれだけ鍛えたなと賞賛できるほどだ。その優馬が汗だくで腹筋をしている。ついつい私はその姿を見とれてしまっていた。


私の視線に気付いたのか優馬が起き上がってこちらに来た。


「雫、来てたの?教えてくれればよかったのに。」

「……っつ、優馬。早く服着て、お願い…だから。」


優馬は女の私が目の前にいるのに上半身を隠そうともせず微動だにしていない。なんなの!?誘ってるの?本当にカッコイイんだから……


優馬が服を着ないとまともに顔を見て話ができない。という事で優馬に服を着てもらった。


「雫ごめん、少し待っててくれないかな?筋トレに夢中で時間を忘れていたんだよ。今から速攻でシャワーを浴びて身支度を済ませてくるから、家で待ってて。」


そう言って優馬は急いで家に入っていった。


別にここで待ってていいのに優馬は家で、と言った。もしかしたらお義母さんがいるかもしれない。短い時間でも話す事が出来ればもっとお義母さんと仲良くなれるかもしれない。そう思った私は優馬の家にお邪魔した。


☆☆☆


お義母さんはちょうど仕事に出かけていていなかった。はぁ、話せると思ったんだけどな……妹さんには今合わない方がいいだろう。昨日優馬が説得するとは言っていたけど昨日今日でその話の元凶が会ったら気まずいだろうから。


雫は優馬の家のソファーに座って優馬がシャワーを浴びて出てくるのを待っていた。


あと、数分ってところだろうか。


すると玄関から音がした。誰かが帰宅したのだろう。

もしかしてお義母さん?なら挨拶に行かなくちゃと思った私は玄関の方に向かった。


そこで今1番会いたくなかった人物と出会ってしまう。


「……ど、どうも。お邪魔しています。」

「あ、お兄ちゃんの………」


妹さんは少しだけやつれていた。


妹さんはそれだけ言って立ち去ろうとするがせっかくだから少し話せないかなと思った。


「……あ、あの、茉優さん。」

「別にあなたの方が歳上なんで呼び捨てで、敬語も使わなくていいですよ…」


素っ気なく返す茉優さん。


「……わ、わかった。なら私も雫って呼んで欲しいな。」

「はぁ、それで私に何の用ですか?媚でも売るつもりなんですか?今のうちに信頼関係でも築きたいんですか?私は今誰とも会いたくないんです。お兄ちゃんにも…」


茉優は悲しそうな顔で言う。

優馬の話にはよく茉優が出てくる。それは優馬が極度のシスコンだからである。だったら妹の茉優も極度のブラコンであるはずだ。

その極度のブラコンであるはず茉優が優馬の事を拒絶するなんてどう考えても昨日何かあったと考えていい。


少しでも何かしてあげようと思った私は茉優との話を続けることにした。


「……ま、茉優。」

「なんですか雫さん?」

「……その、お話しませんか?」

「嫌です。」


茉優はキッパリ断った。


「……えっ!?ちょっと待って。すこしでいいから!」

「嫌って言ってるでじゃないですか!私はお兄ちゃんがいないうちに早く自分の部屋に行きたいんですよ。」

「……だったら茉優の部屋で話をしましょう。それだったら優馬も来ないでしょ!」

「え?」


という事で茉優の部屋に移動した。


茉優の部屋は人形が沢山あってとても可愛らしい部屋だった。机の上には勉強の後なのかノートが数冊無造作に置かれていた。


「……それで?どうして茉優は優馬の事を避けているの?」

「そ、それは………」


もう逃げ場のない茉優は答えてくれた。


「私…ね、昨日お兄ちゃんに告白したの……」

「……え?そ、それで?」

「ダメでした。あ、当たり前ですよね私はお兄ちゃんにとって妹。どんなに頑張ってもお兄ちゃんの妻にはなれないんですから。」

「だから優馬を避けていたの?」

「はい。気まずくって。それでもお兄ちゃんと会った時は悲しい気持ちをぐっと我慢して、感情を表に出さないでいつも通りの妹をするんですけどね……」

「…………」

「あ、そうだ。これあげます。」


茉優からノートを数冊受け取った。これは机に無造作に置かれていた物だ。

ノートの表紙にはお兄ちゃんノートと書かれていた。


「……これって?」

「お兄ちゃんノートです。私が物心着いた時から書き始めているものです。これまで理想のお兄ちゃんの相手になるためにお兄ちゃんを観察してノートを付けていましたが、もうこれは私には必要ないですからね……そのノートにはお兄ちゃんの情報が書かれいます。雫さんは欲しいはずですよ。」


私はノートをめくって少しだけ中身を見てみた。

すごい。感想がすぐに出てきた。それほどにノートはしっかりとしたものだった。的確に優馬のことを書いてあり、わかりやすい。私の知っている優馬の情報もしっかりと的確に書いてある。

これほどまで書くのは相当優馬の事を見続けないと書けないものだった。長年見続けてきた茉優の努力の賜物だろう。


確かに私はこのノートが欲しい。だけど……


「……これは受け取ることは出来ない。」

「なんで!?なんでですか?私はもう……諦めたの……もうこれは必要のない物なの…っ。だから雫さんが使って欲しいと思ったのに。」


茉優は燃え尽きて心が参ってしまっているようだ。


「……だけどまだ悔しいんじゃないの?諦め切れないんじゃないの?だからそんなに泣いてるんじゃないの?」

「もう私は諦めたの……諦めたのに……どうして……どうしてなのよぉ。」


茉優は号泣していた。ポロポロと大きい涙が頬を伝って落ちてゆく。


「……このノートは茉優が持っておくべき物。私は自分で優馬のことを調べて行くから必要ない。」


そう言って私はノートを茉優に返した。


「……茉優。あなたは優馬の妹。それがどうしたの?本当に優馬のことが好きだったなら1度告白に失敗したとしても挫けず、諦めることは無いでしょ。私が妹だったなら絶対に諦めない。」

「うぅ……っ。もうこの事で泣かないって決めたはずなのに……」


私は茉優の背中をポンポンと優しく撫でた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁんんっ!」


茉優は大声で泣いて私の胸に飛び込んできた。


私は茉優の頭を優しく撫でる。


「ありがとうございますっ!少しだけ胸を貸して下さい。すぐに泣きやみますので……」

「……よしよし、私でよければいくらでも相談にのるけど?」

「その………じゃあ、お願いします。」


☆☆☆


うんうん、茉優あんなに元気になって………


俺は茉優の部屋のドアに耳を当てて中の音を聞いていた。

シャワーを急いで浴びて出てきたのに雫の姿が見当たらなかった。家で待っててって言ったのに…

1回着替えてから雫を探そうと思い、自分の部屋で着替えた。部屋から出て茉優の部屋を通りかかった時、茉優の泣き声が聞こえた。

何があったんだと思い茉優の部屋に耳を当てると、どうやら茉優と雫が2人っきりで話をしているようだった。

どういう風の吹き回しだと思いしばらく話を聞いていた。茉優は俺に悟らせないようしていたらしく、どうやらまだ昨日のことを引きずっていたらしい。


雫はお姉さんのように茉優の話を聞き慰めていた。


俺には出来ないことだったのですごくありがたかった。


もう少しだけ茉優を雫に任せよう……


☆☆☆


「雫さん。」

「……どうしたの?」

「認めてあげます。お兄ちゃんのこと……話してみてわかりました。あなたはお兄ちゃんのことをよく分かっているって。でも見てますからね。少しでもお兄ちゃんに相応しくないって私が判断したら全力で婚約破棄までさせますからね!そのことを頭の片隅に置いて生活してください。」

「……随分厳しいね。だけど…わかった。茉優、私と優馬の事見ていて。」


雫は嬉しさで胸がいっぱいになった。


「うん。それで…………その雫さん?」

「……ん?どうかした?」

「その……雫さんにはまた何度か相談に乗ってもらうかもしれません。その時は聞いてくれますか?」

「……ええ、もちろん。」


茉優と雫の仲は既に深まっていていた。

雫の少しぎこちがないタメ語も無くなり普通に話せていた。茉優も泣き終わり雫の事を少し信頼し出していた。


後で、茉優と雫は連絡先を交換していた。



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