林間学校&葵 編

第28話 退院


「──それじゃあ、ありがとうございました。」


俺は病院の裏口の前で、担当してしれたお医者さんに頭を下げた。


様々な検査の結果、毒牙 毒味の作った毒は解毒薬のおかげで完全に体から無くなった事が確認され、ようやく安全だと病院から退院の許可が降りた。


「またいつでも病院に来て下さいね。どんな些細な怪我でもいいので。」


このお医者さんとは、随分と仲良くなった。病院は暇すぎて、寝るか食べるか勉強か……ぐらいの3つしかすることが無かったのだ。

だから、お医者さんと話せたのは嬉しかったし、楽しかった。

お医者さんの電話番号も教えてもらったので、もしもの事があれば……安心して頼めるな。


「分かりました。次は怪我以外で来ますよ。」


俺は笑顔で答え、病院を後にする。


☆☆☆


かすみさんの運転する車で家に戻ってきた。

久しぶりにかすみさんを見たけど、どうやらお母さんに物凄く怒られたらしい。“クビ”とも言われていたとか……何とかで……とにかく大変だったらしい。


かすみさんは、俺が危険な場所に行くという事を分かっているのにも関わらず、俺を止めずに行かせてしまったという事をしっかりお母さんに報告したのだろう。


でも……かすみさんがいなかったら、雫を助けられなかっただろうし、雫が助けられなかったら俺は精神的に壊れてしまっていたかもしれない。

かすみさんのお守り(スタンガン)が無ければ……俺は毒牙 毒味に負けていたかもしれないし……


まぁ、結果オーライと言うやつだ。俺も雫も生きてるし、大丈夫なんだ。

ということで俺はかすみさんを庇い、俺のわがままだったとお母さんにきっちりと証明し、お母さんを納得させ、かすみさんの罰をなるべく軽減させた。


かすみさんには幼い頃から数え切れないほどお世話になっているんだ。もう、俺からしたら家族みたいなもんなんだ。今更、別れるなんて考えられなかった。


かすみさんはいつもと同じように、平然な表情で車を運転している。

そのいつもの表情が見れただけで俺は嬉しかった。


☆☆☆


久しぶりの家……もう二度と帰れないと若干覚悟していたからかすごく嬉しい気持ちになる。


「優くん……優くんが助けた…………“友達”の雨宮 雫さんはもう退院したの?」

「う、うん。」


妙に友達の部分の発音を強く言うお母さん。絶対に譲れないし、認めないという覚悟の表れなのだろう。


俺はまだお母さんと茉優に雫と付き合う事になったと報告していない。なぜなら、雫という女を2人が認めておらず、逆に嫌っているのだ。

雫がいなかったら俺はこんな事にはならなかったかもしれないと思っているからだろう。それに、雫に俺を独り占めされると思っているからだろう。


薄々は気付いていると思うんだ。俺の病室で、雫とも偶然会ってるわけだしね……


ふと……雫の事を考えていると、雫とのキスのシーンを思い出してしまい口元が緩む。心臓の鼓動も早まり、唇のあの何とも言えない感触が再び舞い戻ってくる……っ。


「どうしたのお兄ちゃん?なにか分からないけど嬉しそうだよ?何かいい事でもあったの?」


無意識にニヤケ顔になっていたのだろう。茉優から指摘され俺は慌てて顔を隠す。


「え……っと。別になんでもないよ。」

「なんでもなかったら、そんなに嬉しそうにはしないと思うけど……?」


雫の事はもう少し後に報告しよう。もっとちゃんと2人に雫の事を知って貰えたら正式に報告しようと思う。


「そうだ、はいこれ。お兄ちゃんのスマホ充電しといたよ。」


家に入り、茉優から俺のスマホを受け取った。

毒牙 毒味との戦いで激しく動いている時にスマホを落としたのだろう。俺のスマホは画面が若干傷付き、汚れている。だけどまだ全然使える。


「ありがとう、茉優。」


俺はお返しに、茉優の頭をなでなでしてあげた。

茉優の髪はサラサラしていて触り心地は最高で、髪をぐしゃぐしゃにしないようにゆっくり優しく撫でた。


自分の部屋に移動し……ベットにダイブして退院の疲れを癒しながら久しぶりにスマホを開いてみる。


「──げっ!?やばっ。」


コトダマ(通信アプリ)を開くと……着信数が999+になっていることに気づいたのだ。

俺は慌てて確認すると、着信のほとんどはクラスメイトからで、俺が学校を休んでいる事への心配のメールで1人が約50通くらい送ってきていた。


……うん。

これは一旦見なかったことにしよう。既読スルーと言うやつだ。俺はスマホの画面を黙って閉じた。


「明日からは学校にも行けるからな。休んだ分の遅れをすぐにでも取り返さなきゃな。」


俺は由香子から宿題の範囲を教えて貰っていた。ちょうど暇だし、いい時間つぶしになる。という事で、宿題を進めておいた。


そういえば雫は俺より1日早く退院したらしいけど、学校に行く日は俺と同じ日らしい。恐く、雫が俺に合わせたのだろう。


……そのさり気ない可愛さが、何とも愛くるしい。

病院ではお母さんや茉優、お医者さんの目が合ったから余り雫とイチャイチャする事は出来なかった。だからか早く雫に会いたいという俺の欲望は強くなっていた。


☆☆☆


宿題が数時間かけてようやく終わり、窓の外を見ると空が赤く夕方になっていた。


それを見て、俺は昼ご飯をまともに食べていなかった事に気付く。退院とかでバタバタしていて昼ご飯はあやふやになってたんだっけ。


「お腹減ったなぁ……」


なんて、今日の夜ご飯は何かなぁ?と楽しみに考えていた時……


──ガチャッ


「優くーん。退院祝いをするよぉ!!!」


お母さんがノック無しに勢い良くドアを開け入ってきた。別に構わないんだけどさ、ノックぐらいはして欲しい。


「お母さん……ノック忘れてるよ。一応、俺も絶賛思春期到来中の男子高校生なんだからね。気を付けてよ。」

「うん、ごめんね。でも、優くんお腹減ってるのかなって……心配だったから。」


……ったく。

お母さんは息子に注意され、子供みたいにしゅんと小さくなってしまう。年齢は上がっても、精神年齢は異常に低いお母さんなのであった。


お母さんと一緒に1階のキッチンまで行った。

キッチンにつくとエプロン姿の茉優とかすみさんがいて2人で協力して夜ご飯を作っているようだ。


2人とも……すごく絵になる。


「あ、お兄ちゃん!」


茉優が俺に気付き、元気いっぱいの笑顔を見せてくれる。


既にほとんどの料理が机いっぱいに並べられていて高級料理屋さんに来たみたいな気分になった。

どの料理も完璧に調理されているようで食欲を大変そそる。ヨダレが垂れそうなくらいだった。


「俺も手伝うよ。」

「お母さんも手伝ってあげちゃうよ。」

「お兄ちゃんありがとう!……それとお母さんも、いたんだ。」


はは…完全にお母さんが後付けだったよな。途中までお母さんには気付いてすらいなかったようだ。


俺とお母さんは料理は全く出来ないので主に料理を運んだり食器を用意したりするのを率先して手伝った。


「よしこんなもんかな?」


夜ご飯の容易は済んだ。


「さぁー。皆で食べましょう!」

「いっぱいいっぱい食べてね、沢山作ったから!」


お母さんは片手に缶ビール、茉優は片手に牛乳を持ち意気揚々としている。


「すみません、私も本当にいいのですか?」


すると、かすみさんが肩身を狭そうにして聞いてくる。かすみさんはいつも俺やお母さん、茉優とは一緒に食事を取らない。それが、当たり前だと思っているのだ。


「いいんですよ。かすみさんも、もう“家族”なんですから!」

「優馬様…………」


かすみさんの表情がほんの一瞬だけ、明るくなった。いつもの完璧な仕事ロボットのよう感じなどではなく、単純に1人の女性としての…………明るさだった。


「それじゃあ、いただきます!」

「「「いただきます!」」」


料理は……うん。凄いや。すごく美味い。

病院食なんかよりも圧倒的に、天と地の差があるよ。

それに、皆で楽しく食べるという相乗効果もあるのだろう。やっぱりみんなで食べるご飯は最高だった。


そうだ!

ご飯中、俺はかすみさんに前から聞きたかったことを質問した。


「……………あのそういえば、かすみさんってどうしてお母さんの秘書?みたいなのになったんですか?」


お母さんはThe・天然で色々と大変だ。私生活も1人では多分できない。仕事は……知らないけどダメそう。そんなお母さんを支える秘書?という仕事は相当大変そうだ。それなのに毎日、掃除や洗濯、ご飯、警備などの家事全般を完璧にこなしてくれる。


多分だけど、それなりの理由があるはずだと睨んでいる。


かすみさんは少し考えた後……話してくれた。


「私はお母様に、とてもとても大きな“借り”があります。今、私が傍でお仕えしている理由は恩返し……という言葉が1番適していますかね。

もちろん、私はお母様のことを尊敬していますし、この仕事も誇りに思っています。1度も疎かにしたこともありませんし、これからも無いです。」


なるほど……その“恩返し”をする事になった理由も聞きたかったけど……何となくやめておいた方がいいかなと思い、やめておいた。


「そうだったんですか。じゃあ、次の質問です。かすみさんはどこらへん出身なんですか?」

「……………………ここらへんです。」


どこ?範囲が分からないッ!


「家族はいるんですか?」

「……………………ご想像にお任せします。」


えぇ!?想像?


「な、何歳なんですか?」

「…………………すみませんが、あまり私の事については詮索はしないで頂けるとありがたいです。」


かすみさんはキッパリと言った。

多分、その恩返しという言葉に関係しているのだろう。そう言われてしまい、俺は深く追及出来なかった。


「そうそう。お兄ちゃん、人に年齢を聞くのは失礼だよ。」

「あ、うん。すみません。」

「優くんも年頃なのね!親の私は成長を感じられて嬉しいわ!!」

「ただの興味本意なだけだよ。」


もっとかすみさんについて知りたかったけど……

まぁ、いいや。

余計にかすみさんの謎が深まった気がしたけど

“家族4人”でのたのしい夜ご飯だった。


☆☆☆


久しぶりの楽しいご飯の時間も終わり、お風呂も入り、後は寝るだけの状態になった。


ようやく……一息つけるな……

ベットに入り、すぐに寝てしまいそうになるのを我慢しながら、スマホを開く。


「さてと……皆に返信しとくか……」


学校の皆にはそれなりに迷惑を掛けたんだ。きちんと、感謝の言葉と謝罪の言葉を送ろう。


俺は一人一人に……もちろん、言葉は随所に変えて返信をする。



──そんなことをしていたので、俺が眠りに着いたのは……返信を始めてから2時間後だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る