第26話 決着


俺が入った部屋には縛られボロボロな雫と、狂気のオーラを纏った毒牙 毒味がいた。


片手には注射器、まだ薬品が入っている事からまだ雫に注射はされていないのだろう……ホッと少しだけ安心し、敵を強く睨む。


「キヒッ。どうしてここに来れたのかな優馬君?勝手に人の敷地に入ったら不法侵入で捕まっちゃうよ?」


俺と会えて嬉しいのか、嬉しそうに言ってくる。


「捕まる?捕まるのはお前の方だ、毒牙 毒味っ!!

お前は俺の大事な人を傷つけた。絶対に俺はお前を許さない!!!」


怒りを込めて言い返す。


「……優馬それって。」


俺の言葉に雫は少しだけ赤面しているような気がした。


「キヒッ。キヒキヒキ。面白い冗談を言うね優馬君。あ、そうだ。もしかして、この女を金づるにでもしようとしているのかな?だから、大事な人なのね?」


はい……?金づる?


「そんな訳ないだろ。バカなのか?」


口調は荒く、いつもの優しさは封印した俺は暴言が山のように出てくる。


「キヒッ。冗談よ。でも本当に何でこの場所がわかったのかな?誰も知らないはずの私の特別な場所なんだけどな?」

「そんなのお前には教える必要は1ミリもない。」


というか、この地下室に何で入れたのかは俺も知らない。


「キヒッ。まぁ、いいわ。そこで見ててね。優馬君にとって邪魔者の雨宮 雫を目の前で排除してあげるからね!」

「雫は邪魔者なんかじゃない。邪魔者はお前だよ。」

「うーん?なんか優馬君と私の愛の会話が噛み合わないよ?ちゃんとしてよ、優馬君。」


話が噛み合わないのはこっちのセリフだ。

なんなんだ毒牙 毒味は?頭が逝ってるのか?


「それでね!話を戻すけど、私のことを褒めて欲しいな!優馬君も嫌がってたでしょ、この女に。

色気で誘惑されたり、雨の日にワザとくっつかれたり、手を握られたりとか。色んなセクハラを受けてたもんね?私見てたから知ってるよ。」


何それ……ハッキリ言って気持ちが悪い。吐き気を催すほどに……


どうして……この女は、俺から奪おうとする?憎いか?羨ましいのか?嫉みか?

なんでもいい……俺はお前の事が大嫌いだ。


「黙れ。これ以上雫を侮辱してみろ、後悔させてやるから。」


雫の悪口が止まらない毒牙 毒味を脅した。

この感情には若干の殺意も込められていたのかもしれない。


毒牙 毒牙は流石に悪口を辞め、俺に聞いてくる?


「え……じゃあ、私の事……嫌い?好きじゃないの?」

「当たり前だろ!誰がお前の事なんて好きになるか!勘違いも腹立たしいんだよ!」


続投で、反射的に言い切った。

毒牙 毒味は心にダメージを負ったのか、1歩後ずさる。──そして、笑った。


「キヒ、キヒッ!

なんでかな?なんでこんなクソ女なんかに私が負けるの?

なんで私じゃないの?なんで私を選んでくれないの?私は正しいことをしたのに。優馬君の為に全てを捨ててやったのに?なんで、なんで、なんで、なんで!?

全部、全部、雨宮 雫のせいだ。きっとそうだ!

………………こんな女が本当に女としての価値が無くなれば優馬君は私の事を選んでくれるよね?私だけを見てくれるよね?私はやるよ……優馬君を信じてるから。

こんな女なんかに……私は負けないんだからぁぁぁぁぁぁっっ!!!」


毒牙 毒牙は発狂しながら雫に注射器を打とうと腕を振り上げた。注射器の中に入っている薬品だけは打たせる訳には行かない。絶対に阻止する。


「俺がそんなことさせる訳無いだろ。」


俺は1歩で間合いを詰め、雫の腕に注射器が刺さる前に両手で毒牙 毒味の腕を止めた。


ふぅ、ギリギリセーフ。後、1秒でも遅かったら終わっていた。


「キヒッキヒッキヒッ。優馬君に触れてもらった。

やったァぁあ。やっぱり優馬君は私の事が大好きなんだね!……嬉しいよ、キヒッ。」


毒牙 毒味は顔がとろけ、狂気じみた歪んだ笑顔で俺を見る。完全に狂乱者だ。

なんで、学校の先生がこんなにも……おかしくなるんだよ!


「キヒッ、ごめんね優馬君。私を止めることは優馬君にも出来ないんだよ。」

「ぐっ。クソっ!なんで?」


毒牙 毒味の華奢な腕から想像以上の力が来る。

近くで見ると明らかに運動は出来ない体なのにだ。

なんで、鍛えている俺の力を凌駕しているんだよ!?おかしいだろ!?


少しずつ、少しずつ押し負け、注射器が下がって行き、雫の腕へと迫って行く。


クソッ、クソッ、止まれ止まってくれ!

そう願っても、押し負け続ける。


もう……あれを使うしか無いのか。

俺の判断は早かった。自分の限界が近かったのと、雫の危険を考えて迷っている暇など無かったのだ。


本当は使いたくなかった。でも、この状況では仕方が無い。


「うぁぁぁぁ!」


俺は懐からかすみさんから受け取ったお守りのスタンガンを取り出し、思いっ切り毒牙 毒味の腹に押し当てスイッチを入れた。


──────バチバチバチバチッ!!!!!!


黄色い火花が散る。かなりの威力を持ったスタンガンをモロに数秒間食らわしてやった。


「ぐ、げげuげけぇぇぁaぐちゃh、かはッ………」


毒味先生は仰向けに崩れ落ちる。口からは黒い煙も吐いていた。恐らく、気絶しただろう。


「……えっ、死んだの?」


雫は心配したように俺に聞いてきた。ここまでされたのにも関わらず、極限状態なのにも関わらず、相手の心配が出来る。その事に俺は少しだけ感動する。本当に優しくて良い子なんだなと改めて思う。


「いや、流石に死んでないよ。スタンガンだし。」

「……そう。」


安心したのか?ホットしたのか?雫はそんなため息を吐く。


久しぶりに会う雫。

あぁ、雫だ。本物の雫だ。


「よく……頑張ったね雫。もう大丈夫。安心して。警察もすぐに来るから。」


俺は縛られていた雫の縄を解き、雫を解放した。

雫はかなりやつれていて目のクマも凄い。更に、至る所を怪我していて、強く縛られていた両手両足の部分は青く腫れ上がっていた。それを見て……この4日間の間、本当に地獄だったんだと分かる。


「大丈夫か?手を取って。」

「……うん。ありがと。」


雫はゆっくりと、立ち上がる。

自分では上手く立ち上がれないほど衰弱していたのだ。


早く、病院につれて行かなゃな。

でも……その前に俺は雫のことをぐっと抱きしめた。


「……っ!?どうしたの、優馬?……私お風呂入ってないから臭うと思うの。それに、恥ずかしいから離れてよ。」

「そんなの関係ないよ。本当に良かった。雫が無事で………

雫が誘拐された原因は俺だ。俺と関わったから雫が誘拐されたんだ。相当怖い思いをしたと思う。本当に、ごめん。謝って済むことじゃないって、分かってる。

これで縁を切るって言ったって俺は構わない。それぐらいの事なんだから……」


俺から涙が零れる。雫が無事で安心し、申し訳ない気持ちでいっぱいになったからだ。


縁を切るなんて……俺の口からは絶対に言いたくなかった。雫と離れるなんて絶対に嫌だったからだ。でも……もしかしたら雫は俺に冷めてしまっているかもしれない。もう、これまでの関係には戻れないかもしれない。

そのように考えた俺は拳を強く握りしめ、我慢しながら言ったのだ。


雫は残った力で、俺の事を抱き返す。

そして、俺の胸の中から上目遣いで言ってくれた。


「………私はね、後悔なんて1度もして無いよ。

優馬に出会うことが出来て、私の人生は変わった。

今は優馬と一緒だからこそ、楽しくて幸せな時間を過ごせている。それと、自分を責めてるようだけど、優馬は何も悪くない。悪いのはあの女。だから、自分を責めないで。…………縁を切るって……私がそんなことする訳ないじゃない。だから………これからもずっと隣にいさせて。」


雫が言ってくれた言葉に俺は感動しつつ、「うん」と頷いた。


☆☆☆


「そろそろ警察が来る頃だから、ひとまず上で待ってようか。雫をすぐに救助してもらいたいからね。」

「……ええ。そうね。」


雫に俺の肩を貸し、ゆっくり地下室から出ようとする……だが、まだ悪夢は終わっていなかった。


ヌルッと、滑らかな動きで立ち上がった毒牙 毒味。片手にはまだ注射器が強く握られている。


「────キヒッィィヤァァァ。」


その叫び声で気付き、俺は驚く。


な!?高火力なスタンガンなんだぞ!

絶対に気絶したはずなのに……気絶していなかったのか?当てる場所か?それとも俺が上手くなかったのか?

あの電撃をくらって気絶していなくても普通は動けないはずなのに……なんで毒牙 毒味は動けているんだ?


俺は戸惑っていると、毒牙 毒味は雫へとロックオンする。そして雫目掛けて突進を仕掛ける。

もう躊躇が無いのだろう。


「キヒィャッッッ。」


もう、人の言葉すら話せていない。完全に狂って、イカれた猛獣だ。それに、なんと言う執念だ!


「キヒィシャァャッッッ!!!」


乱暴に注射器を振り回し、危険。何とか雫を守りながら交わしているが……いつかは俺にも当たりそうだ。


「この、大人しくしろ!」


俺は再び、両手で注射器を持っている毒牙 毒味の右手を強く押さえた。


「っ、ぐぅっ。」


推進力と全身の力を全て込められた突き。

さっきよりも凄まじい威力だ。なんとか、ギリギリ止める事が出来たが……危なかった。


「キヒッ。優馬君がスタンガンを持ってるとは私知らなかったよ。すごーく痛かったよ。」


な、完全に自我を忘れていると思った。だか、この人、まだ自我が残っているのか?だったらあの奇行は何なんだよ。


「でもね、私が開発したこの白衣を着ていたから、一瞬しか気絶しなかったよ。

まぁ、そんなのはどうでもいいんだけどね……

──しばらく様子を伺っていたけどさぁ、何私の目の前でイチャイチャしてんだよぉぉぉォォォ!!!

あの女はぁぁぁぁァァァ!!!」


化学の服は実験中何があってもいいように電気が流れない絶縁体が使われた服もあると聞いたことがあるけど毒牙 毒味もそうだったとは………運が悪い。


スタンガンを当てたからいいと思っていた。そういう事もあると初めから予想しておけばこんな事にはならなかった。完全に俺の驕りだ。

だから、今度こそ絶対に気絶させる。


雫の前に立ちはだかる俺。全力で邪魔をする。

そして、いつでもスタンガンを打てるように隙を狙う。


「雫、逃げろ。狙いは雫だ。俺が時間を稼ぐから。」

「キヒッィィィィ。優馬君!!邪魔をするなぁァァァァ。」


──ドグッッッ


俺は雫への指示に、意識を少しだけ毒牙 毒味から逸らしていた。その一瞬をつかれ、俺は吹っ飛ぶ。


「がはっ!」


回し蹴りで脇腹をやられたのだ。


毒牙 毒味の回し蹴りは相当な威力で、一瞬だけ意識が飛ぶほどだった。壁に激突し、ようやく止まったが思ったよりダメージがえぐい。

ぐっ……すぐに立ち上がろうとするが……

息が…………出来ないッ。く、苦しい。立ち上がれないっ。


「……優馬っ!!!!」

「キヒッキヒキヒキ。ごめんね、優馬君。でも、これは先生からの愛のムチだから。許してね。

優馬君が思春期だがら、これぐらいで許してあげるけど、次したらもっと痛くするからね!」


狂気の笑顔だ。

俺は身震いする。


「さぁーて、この注射をあなたに打ち込んであげるわァァ。これで終わりよ、雨宮 雫ッ!!」


毒牙 毒味は思いっ切り注射器を持つ右手を振りかぶった。

雫は恐怖で腰をつき、動けないでいる。


「──ッ!」


そして、勢いよく注射器を振り下ろした。


────ドスッ!

注射器が刺さり……中に入っていた薬品が注入される。


「……ゆ、優馬ぁぁぁぁっ!」


雫は叫ぶ。あぁ……無事で良かった。


俺はあの瞬間。最後の気力で立ち上がり雫に覆いかぶさった。絶対に雫を守る。もう意地だった。

そのすぐ後に……背中に激痛が走る。


「そ、そんなつもりじゃ……なかったよ。決して優馬君に打とうとしたわけじゃない。信じて………私は雨宮雫に……」


自分が仕出かしてしまった事にようやく気付き、我を取り戻した毒牙 毒味は注射器を俺から引き抜いた。

そして、真っ青な顔でぺたりと地面に座り込んだ。腰を抜かしてしまったようだ。


「っっ……うらぁぁっ!」


俺は狙っていた。もう、俺は動けなくなる。そう思った。だから、武器の注射器だけは破壊すると……

毒牙 毒味の気の緩みを見逃さず、最後の最後の気力を振り絞り、蹴りで注射器をはじき飛ばした。


注射器は毒牙 毒味の手から離れ、近くの壁にぶつかって壊れた。よし……これで、雫を傷付けるものはないはず。


「がはっ……」


俺は血を吐く。さっきの、毒牙 毒味の回し蹴りのダメージでは無い。これは恐らく、注入された薬品からのダメージだろう。


ぐ……っ。全身が痛い。それに、ビリビリと体が麻痺し始めた。体に熱も持ち始め……意識が朦朧としてくる。


俺は背中からバタリと仰向けで倒れる。それで気付いた。仰向けで思いっ切り倒れたのにも関わらず痛みが無い。

はは、もう痛覚も無いのか。味覚ももう分からない。

どんどんと、俺の中の感覚が無くなっていく………

すごいな、毒味先生は……こんなの作るなんて。


俺は遠のく意識の中で、なぜかは分からないけど、褒めてしまう。賞賛だよ。……もう。


この感じ……俺は知っている。あ、そうか。これの感じって、俺が転生する前にあった事故みたいだ。だから……余り戸惑わないのか。


「……あぁ、優馬しっかりして!!!」


その声、雫……か?まだ、近くに毒味先生がいるんだよ?早く……その場から逃げるんだ。

そう願っても口は動かない。

耳で聞くことしか出来ない。


徐々に雫の声も聞こえ無くなっていく。寂しい。

そうだよ。まだ俺はこんな所で死ぬ訳には……いかないのだ。

まだ雫に俺の気持ちを伝えて無いんだ………絶対に絶対に諦めない。俺は……死なないッ!


☆☆☆


優馬は仰向けになって倒れた。薬品を打ち込まれてまだ数十秒しか経ってないのに…………かなりの即効性のある薬品を打ち込まれたらしい。


雫は優馬の元にそっと近づき揺さぶった。

でも……優馬は反応を見せない。強く揺さぶった。それでも反応は無い。


「……しっかりしてよ、優馬。優馬っ!」


雫は見ている事しか出来なかった。優馬は自分のために動いてくれた。身を持って守ってくれたのに、それなのに私は……………優馬のために何もすることが出来なかった。


止まっていた涙がまた溢れてきた。


「……うぅ。優馬。」


何でそんなことをしたの?私なんてどうでも良かったのに……あなたは人類の希望……いや、私にとっての希望なのよ。死んじゃ……嫌なのよ。


「……なんでよ優馬。まだ、伝えてないのよ。ずっと、我慢してきたことを……まだ、あなたにっ。」


揺さぶっても優馬は霞んだ目しかしていない。でも、そっと笑顔を作ってくれる。

何よ……その彼の目からは“心配しないで”と言っているようだった。


雫の目から涙が止まる。いや、無理やり止めた。

嫌。嫌。嫌っ!絶対に諦めない。意地でも優馬を助けて、“好き”だった、告白してやるっ!


雫の目に確かな闘志が宿る。

優馬をどうにかして救う方法が1つでもあるのならば……なんでも試す。


「……っ。優馬に何を打ち込んだんですか?」


優馬を助ける。そのためにはこの薬品を作ったこの女に聞くのが1番手っ取り早い。

雫はまだ現実を見られていない毒牙先生の白衣を掴み思いっきり揺さぶる。


「キヒッ。キヒッ。……キヒッ。もう終わりよ。」


優馬に注射して呆然として笑っている。

この人……壊れかけている。


「……答えて!!!」


雫は何度も頼んだ。もう、優馬を助けるには悔しいがこの人しかいないのだ。


「……………キヒッ。しょうがないね。最後だから教えてあげる。

……………この薬は即効性の麻痺毒。これが体内に入ればすぐに体中に広がって体が痺れて気絶するの、そこから徐々に細胞が衰弱、死滅して行って10分もしたら体中が緑色に変色して死に至る………

私が特別に調合して、モルモットを使った実験もしたから必ずよ。」


ようやく答えてくれた毒牙先生は無理だと言う。


「……助ける方法は無いんですか?計画性の高いあなたなら解毒薬とかを作ってたりはしないんですか?」

「キヒッ!勘がいいわね。一応……作って持ってる。」


そう言って、毒牙先生は白衣のポケットから注射器を取り出す。この注射器に入っている薬品が解毒薬?

そう言うが、この薬はさっき優馬に打ったものとは色が違うが非常に毒々しいものだった。


「……本当にですか?」

「ええ、信じてほしい。正直に言うけど、私も優馬君は助けたい。」

「……?」


なんだろう。毒牙先生が人が変わったようになっている。さっきの狂乱した人物と今を比べると全くの別人みたいだ。


「……では今すぐ、優馬に打って下さいよ。早く!」


もう、2分は経過した。早くしないと。


「でも、ごめんなさいね。それは無理なの。さっき、優馬君と争っている時に、注射器の針が壊れたのよ。これだと上手く優馬君に注射できない。」


雫は毒牙先生から解毒薬を受け取り、自分の目で確認する。

……っ。本当だ。本当に壊れている。針が折れ曲がっていて、これだと注射が出来ない。


「予備の注射器は無いんですか!?」


こんな最悪で狂った人でも、計画性はあるんだ。

予備ぐらいはあるだろう。


「残念なことに、答えはいいえよ。いくら、私が化学の教師だと言っても、手元に注射器は無いし家にも無いよ。」


毒牙先生はもう、ほぼ諦めていて。壁にもたれ掛かり、優馬の事をずっと舐めまわすように見ている。


雫はそんな事を今は気にせずに必死に考える。

疲弊した脳をフル回転して。何度も何度も……

そうしないと自分を保てなかった。


「……そうだ!口から直接飲ませれば。」


いい案が思い付いた。これなら……

雫はすぐに行動に移そうとした。だけど……その前に毒牙先生が口出しする。


「確かに、それだったら効くかもしれない。だけど、実際に実験はしていないから解毒薬が効くかは分からないし、全身が麻痺しているからまともに飲んでくれるか分からないわよ。多分不可能だけどね。」

「……くっ。」


でも、迷ってはいられない。雫に試す以外の選択肢は無かった。


タイムリミットまで……5分を切った。


雫は数滴を注射器から少し漏れた薬品を優馬の口に垂らす。解毒薬の水滴は優馬の口には入るがすぐに詰まってしまうのか、すぐ吐き出してしまう。


「……なんで!?」


大量に入れたら少しは飲んでくれるかもしれないけど、窒息してしまいそうだし、吐き出すと使った解毒薬が無駄になる。


そこまで量の多くない解毒薬は、一滴も無駄には出来ない。


「ほらね……言ったでしょ。何か口から強く体内へ押し出す道具でもあれば結果は変わるだろうけど。生憎それは無い。もう、無理なのよ。」


雫はまた心が悲しくなる。やっぱり……優馬みたいに上手く行かないんだ、と。出来ない子。情けない子。たった1人……好きになった人の命も助けられない哀れな子。


自分で自分を非難しつつ、それでも体は必死に動かす。諦めきれないのだ。


「……うぅ。飲んでよ、優馬。これ飲まなきゃ死んじゃうんだよ?ねぇ、また楽しく話そうよ。お願いだよ。」

「はぁ、雨宮 雫。もう、諦めましょ。後数分もすれば優馬君は完全に緑色に変色するのよ。まだ、少ししか変色してない今のカッコいい優馬君の姿をしっかりと目に焼き付けましょう?」

「……う、うるさい。あなたは黙って。」


毒牙先生は一緒に絶望し合いたいのだろう。言葉で自分を誘ってくる。その行為に怒りが抑えきれなかった。強く言葉を返す。


「──ぐっ。ぐあぁぁ!」


突然優馬が呻き声を上げた。その声の後、優馬の顔は徐々に緑色に変色して行く。じたばたと本能で呻き回わる優馬。本当に辛そうだ。意識も無いのに……本能で叫んでいる。


「……優馬、優馬っ。頑張って!負けないで!すぐに絶対に助けるから。」

「助ける?だから、そんなの無理だって。もう詰んでるの。」

「……無理じゃない!詰んでもいない。まだ突破口はある。今からそれを証明する。」


もう…………迷っている暇なんてない!!!

雫は毒牙先生の“口から強く体内へ押し出す道具”という言葉である1つの方法を閃いていた。


でも……それは。


「……っ。」


雫は羞恥を捨てた。この程度の事で迷う暇こそ無駄だ。

……優馬ごめん。後で謝るから。軽蔑してもいいから。嫌ってくれても構わないから……私が今からすることを許してね……


雫は注射器を一部分だけ破壊し、解毒薬を全て自分の口の中に入れた。


「ちょ、雨宮 雫!?何をやって……!?

まさか……あなた!?」


そして、そのまま優馬の唇に私の唇を押し当てた。


──雫が閃いた方法。それは口移しで解毒薬を優馬の口から無理やり飲ませる方法だった。

これだったら、普通よりかは解毒薬を体内へ強く押し出すことができるはずだ。


「……ん!」


雫は舌を器用に扱い、奥へ奥へと解毒薬を流し込んだ。


───────ゴクッゴクゴク。


優馬の喉が動く。……飲んでくれた。しっかりと飲んでくれた。

多分、これで解毒剤が効いて優馬は大丈夫なはず。


雫はゆっくり唇を離した。


「……はぁはぁ、優馬っ。」


解毒薬の効果はすぐに現れた。

優馬の緑色に変色していた顔が普通の元通りの顔に戻ったのだ。

更に、さっきより明らかに生気に満ち溢れた顔になり幸せそうな表情で眠りに着いている優馬。


「キヒッ。まさか口移しとは……私も思いつかなかった。大変に憎らしいけどね。でも、これで優馬君は大丈夫よ。」

「……ふふ、それは良かった。でも、あなたに感謝はしないです。それと許さない。私はもう一生あなたを恨み続ける。」

「キヒッ。そんなの分かっているわ。

それぐらいのことを私はしたんだからね。本当に優馬君にも……雨宮 雫、あなたにも完敗よ。」


そう……ため息混じり言う、毒牙先生。


「……1つ聞きたい。何でそんなに大人しくなったの?明らかに性格が違う気がする。」

「キヒッ。あぁ、その事ね。優馬君に毒を打ってしまったっていうショックがね、私のくす────」

「────大丈夫ですか!!!」


毒牙先生が何かを言いかけた。その言葉は優馬が呼んだ警察の人が突撃してきた事により、かき消された。


「警察だ!毒牙毒味!逮捕する!」


警察の人は全員で5人。その全ての人が拳銃を構えていた。


毒牙先生はなんの抵抗もせず、何重もの手錠を掛けられ、警察の人に連行されて行く。


だが最後に、奇妙な笑い声と共に私の元から去っていく毒牙先生のあの姿は一生忘れないだろう。


その後、私と優馬は警察の人に保護され、すぐに救急車で病院に運ばれた。

そこからは余り覚えていない。今までの溜まっていた疲れと保護された事による安心が、まるで津波かのように睡魔として還元され、押し寄せてきたからだ。


雫は眠る事にした。今はゆっくり休もう。

そして、次に優馬に会う時は……絶対に……言おうと。心の中で決めていた。


☆☆☆


「……っっ。」


雫が起きた時には、既に1日が経過していて病院の病室で寝ていた。まだあの薄暗い地下室にいるのかと思いドキドキしていたけど、私助けて貰ったんだ。そう安心する。

母さんと妹が泣きながら、喜んでくれた。二度と会えないと思ってた。私は母さんと妹に抱きつき、生きている事を実感した。


医者は精神的にも肉体的にも疲労が蓄積しているから今日と明日、ゆっくり休養を取ればすぐ退院していいとの事だった。


でも自分の事など、どうでもいい。まずは優馬の事が心配で心配でならなかった。


「……優馬は、どうなったの?」


優馬の事を知っているであろう、医者にすぐに優馬の事を問いただした。医者は周りの目を気にしながら特別に教えてくれた。


優馬は解毒薬がすぐに使われたことにより、後遺症は残らず命に問題は無いらしい。ケガは少しだけあるらしいが数日入院すれば大丈夫だという。


それを聞いて、雫は心から安堵した。


本当に良かった……優馬が助かって……本当に本当に良かった!


優馬はさっき意識が戻ったらしく、雫はすぐにでも会いに行きたいと思った。


☆☆☆


優馬のいる病室は病院の最上階で、特別で高級な病室だという。

その情報をさっきの医者から聞き出し、早速向かう事にした。


「……っ。」


体はまだ若干だけど、重くてだるい。まだ、寝てたいという感情もある。

だけどそんな感情が霞むくらい、今は優馬に会いたいという感情の方が勝っていた。


母や妹にバレないように気をつけながら進み、最上階……優馬がいる所まで来た。


「……ここに優馬がいるのね。」


何でだろう。いつもは普通でいられるのに。感情を抑えられるのに。優馬に今から会うと思うと、心臓が高鳴る。体が火照る。呼吸が荒くなる。


そんなドキドキしながら、雫は優馬の病室の前まで来た。


このたった1枚の壁の向こうに優馬がいる。

そう思うだけで……一体どんな表情で会えばいいのだろうかと思ってしまう。


「……口、もしかして笑ってる?」


無意識に口角が上がり笑顔になっている雫。


「……これじゃ、いつもの私じゃない。」


いつもの、無表情キャラみたいなイメージで……

そう頭の中で考えるが……どうやら無理みたいで……


そんな頭の中で自分の感情と戦っていると……


目の前の……優馬の病室のドアがいきなり開いた。


「……っ!?」

「あ、あれぇっ……!?…………やぁ雫。お、おはよう。」


優馬が少しだけ驚いた表情を見せ、笑顔で言ってくれた。


もう、いつもの感情とか……無表情とか、どうでも良くなった。


優馬の笑顔を見れればそれでいいじゃないか。

私は私だ。素の自分をさらけ出そう。


「……おはよう、優馬!」


雫は最高の笑顔で言い、優馬に抱き着いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る