第108話 彼女の罪


「あ、んく、さま……」


 彼女が俺の名前を呼ぶ。

 弱々しい声で、俺に呼びかけた彼女は口からポタポタと血を垂らしていた。


「こないで……ください」 


 そして、彼女は俺から視線をそらした。

 服はボロボロに裂けて、出血の量が尋常ではない。光の鉾で貫かれた腹は、真っ赤になって生々しい切り傷が見えている。


 それでも彼女はまっすぐ、目の前に立ち塞がるサティをにらみつけていた。


身体拡張エキスパンションっ……!」


 ビキビキ、とレイナの筋肉がきしむ音がここまで聞こえてくる。不自然に増幅した筋肉が、一気に収縮する。


 彼女は跳んだ。跳躍の衝撃が、地面に深い傷を作る。


「天の魔法、罪には罰をトリシューラム


 サティが放ったほこをレイナは空中で身をひるがえして避けた。

 その勢いのまま、首筋に向けてレイナの右脚が放たれた。だが、常人では反応出来ない高速の攻撃を、サティは悠々ゆうゆうとかわしていた。


「君の攻撃は少し単調過ぎるな。魔物ばかりを相手にしていたから、当然と言えば当然だが」


「甘くみないでください……っ!」

 

 魔力が再び湧き上がる。

 レイナの身体が空中で回転する。こまのように高速回転したレイナの身体から、左腕による第2撃が放たれる。

 

 体制を崩したサティに直撃したレイナの左ストレートは、空気を震わすほどの衝撃でサティの身体を壁際まで吹っ飛ばした。地下祭壇が崩壊するのではないかというほどの衝撃で、地面が揺れた。


「はぁ、はぁ……」


「今のは、良かった」


 疲れ切ったように肩で息をするレイナに対して、崩れた壁の中から現れたサティは傷1つなく余裕の笑みで瓦礫がれきを蹴飛ばした。


「体重を脚に集中させて体勢を変えたのか。もうボロボロなのに器用なことするんだね」


「これでも効かない……ですか」


「あぁ、じゃあ、そろそろ終わりと行こうか」


 サティが光の鉾をレイナに向ける。膝をガクガクとさせるレイナは、もう立つことすらやっとという感じだった。


「……待て」


 俺の呼びかけにサティは応えようとしなかった。

 サティの鉾だけが眩く輝いていた。鋭い鉾の先端は今にも、レイナの急所に向けて放たれようとしていた。


「なんでお前らが戦っているんだ」


 こいつらは何をしているんだ。

 俺が記憶のピースに巻き込まれている間にいったい何があったんだ。


「待てって言ってるだろ!! どうしてレイナを殺そうとしているんだ!?」


「どうして……って」


 ようやく俺の声に反応したサティは鉾をレイナに向けたまま、こっちを向いた。


「分からないのかい?」


「分かるわけないだろ!! 良いから、早くその物騒なものを降ろせ!!」


「嫌だね」


 表情を変えもせず首を横に振ったサティは、止める間もなく鉾を放った。鉾がひときわ眩しく輝いた時、レイナから黒い魔力が勃沸した。両脚を黒い魔力が包むと、彼女は再び跳躍した。


「消えた……」


 サティが感嘆して目を見開く。

 その一瞬でレイナの姿はサティの背後にあった。息を切らしながらも、彼女は反撃の体勢を緩めていなかった。

  

「天の魔法、罰には苦痛をトリシューラレイ

 

 だが、それはサティも同じだった。

 光の束は細かく割れていく。1つ1つが鋭く輝き、1000もの矢となって方向を変え、レイナへと向かっていく。


 雨のごとく降り注ぐ矢を避けられるはずもなく、四肢を串刺しにされたレイナは勢いをがれて、叫んだ。


「う、ぁぁあ……!」


 全身を裂かれて、レイナは膝から崩れ落ちた。湧き上がっていた黒い魔力は勢いを失い、口から血を流したままレイナは力なく倒れた。


 指揮者のように優雅に腕を動かして光の矢を操るサティは、その矛先をレイナに再び向けた。


「とどめだ」


「やめろって言ってるだろうが!!」


 鉾の射線に立ちふさがる。鋭利な矛先の正面に立ち、サティの攻撃を止める。


「どいてくれ。私はこの娘を殺さなくちゃいけないんだ」


「殺させたりなんかしない。これ以上続けるっていうんなら、黙って見ている訳にはいかない」


「へぇ……たとえ彼女が『異端の王』だったとしてもか」


「……なに?」


 倒れているレイナの肩がぴくりと動く。身体中のいたるところから、血を流しているレイナは、それでも立ち上がろうと必死にもがいていた。


 サティは攻撃の姿勢をやめることなく、容赦のない殺気を彼女に向けていた。


「おまえ……何を言って……」


「そのままの意味だよ。彼女は『異端の王』だ。放っておけば、また瘴気を撒き散らして世界を危機に陥れる。だからその前に殺しておくのさ」


「違うだろ……だって『異端の王』はレイナの弟で俺が殺したはずだ……だから……」


「『異端の王』が1人だけとは言っていない。この地下祭壇で行われていた実験には、彼女も参加していた。レイナもまた適正はあった。そして『異端の王』として覚醒していた」


「そんなはずはない! 俺の前でレイナが瘴気を放ったことはない! なにかの間違いだ!」


「間違いなんかではないよ。実際に彼女は、君の記憶を改ざんして、催眠イプノーティスはおろか、『死者の檻パーターラ』まで使ってラサラとバイシェまで呼び寄せた。こんな所業が出来るのは『異端の王』として覚醒したものだけだ」


 俺の背後でレイナが立ち上がった。

 驚くべきことに、穿うがたれた傷は全て完治していて、流血していた箇所はふさがっている。


 何より彼女の歪さを証明しているのは、き起る黒い魔力だった。真っ白な髪と対照的な漆黒の魔力が彼女の身体を包んでいた。


「レ、イナ……?」


「アンクさま下がっていてください。女神とのケリは私がつけます」


「へぇ、『不死アムリタ』の異端も取り込んだのか。それにアンクたちを眠らせた『催眠イプノーティス』の異端、加えて『記憶操作』の異端も持っているとなると……」


 興味深げにレイナを見ていたサティは「あぁ、そういうことか」と手を打って言った。


「君は、自分の弟を喰ったんだな」


 背後にいたレイナが一気に跳躍する。

 風を切る音。黒い魔力を纏ったレイナが、舞うようなステップで残影をつくる。


「……お願いですから、死んでください」


 殺気と敵意。

 サティを殺すためにレイナが放った魔力が、地下祭壇の中で火花のようにきらめいた。


 

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