第91話 地下室へ


 

「……どうしてそんなことが出来たんだ」


 怒りが込み上げてくる。

 邪神教の人間を人間とも思っていない虐殺に対して、振り下ろす拳の先はもうどこにもなかった。


「君も見ただろう。深い憎しみと嫌悪だ」


 サティは淡く輝くステンドグラスに目をやりながら言った。


「彼らの動機は明白するほどに、明白だ。迫害されたから、居場所が無かったから、家族を殺され、燃やされたから。同じことを仕返してやりたいって思うのは、当然のことだろう」


「……でも、子どもたちには何の罪も……無いよ」


 パトレシアが反論すると、サティは「罪があるとかじゃないんだよ」と言って、首を横に振った。


「現に彼らだって何の罪も無いのに裁かれた。異端だからという理由で殺された。罪のあるなしは、人を殺す理由にはなるけれど、殺さない理由にはならない。人間は正義で他人を殺すができるんだ」


「正義……そんなもののが正義だって?」


「正義は、言い換えれば独りよがりで勝手な思い込みだよ。それさえあれば、あとはナイフを握って胸に突き立てるだけ。人を殺すというのは実に簡単だ。彼らはもっとも効率よく、多くの人を殺す手段を見つけたかっただけだ」


「それが『異端の王』……か」


 サティは頷いた。


「さぁ、実験の先を見にいくかい。おそらく残りの記憶のピースは地下室だろう」

 

 サティは眼下にぽっかりと空いた穴を指差した。怪物のように真っ黒な口を開けた入り口に、思わず背筋が寒くなった。


 知りたくない……あんな記憶をもう見たくない。どんな魔物まものと対峙した時よりも底知れない恐怖を感じた。


「アンク、大丈夫?」


「……大丈夫だ、行こう」


 心配そうに見つめるナツに頷いてみせる。

 俺が行かなければどうにもならない。過去のレイナを救うことは出来なくても、今のレイナを救うことは出来る。


 おくしている暇はない。

 ぽっかりと空いた深い穴に視線をやる。地獄へと続くような、冷たい空気の中へ踏み入れる覚悟を決める。


「ニック、お前も来い。道案内が必要だ」


「お、俺は……」


「まだお前には聞きたいことがある。なぜ、今もここにいるのか。ここで何をしていたのか。ちゃんと説明してもらうからな」


「わ、わかった……」


 松明たいまつを灯して、怯えるニックを先頭にえる。

 まだこいつには聞いていないことが沢山ある。彼は邪神教が行った実験の結末を、見ていたはずだ。


「断ろうとは考えないことだね。私なら君がどこにいるか分かる。どこへ逃げようとも、必ず捕まえる」


「りょ、了解した……そんなものは向けないでくれ。痛いのは……嫌いなんだ」


 光のほこを向けたサティに、ニックは何度も頷いた。ガクガクと足を震わせながら、彼は先頭に立って地下階段へと足を向けた。


 コツン、コツンと狭い地下階段に、足音が反響する。人が2人歩けるほどの幅の階段は、途中いくつもの分かれ道があり、入り組んだ構造になっていた。


 ところどころ崩れかけている石の壁に手をやりながら、ニックは震える声で話し始めた。


「邪神教の活動はほとんど地下で行われていた。表向きは孤児院だからな。イザーブからの監査が入る時だけ、聖堂にダミーの子どもを集めていた」


「監査は抜き打ちのはずよ。そんなすぐに対応できるかしら?」


「金だ。分かるだろう? 役人を丸め込んで、抜き打ち監査の日を事前に流してもらっていたんだ」


 当然、地上に大量の子どもを収容できるような住居スペースはほとんどない。彼らの生活は地下に隠れて行われていた。


 ニックは慣れた足取りで、多数の分かれ道にも迷うことなく進んでいった。


「この地下空間は先代の異端者たちが作ったものだ。迫害を受けたものたちが、敵から逃れるために長年かけて、拡張していった……だから作りも入り組んでいるし、逃亡用の隠し通路も沢山存在している……」


「まるで地下要塞だな」


「戦うための場所だ。そしてここが……」


 ニックは覚悟を決めたように息を吸い込んで、松明でその場所を照らした。


「子どもたちの独房だ。この横の階段は……最深部の地下祭壇にたどり着く。俺もここには滅多に近づかなかった。あまりに薄気味悪すぎて、近寄ろうなんて気は起こらなかった」


 ニックが指差したのは、重々しい鉄の扉だった。入り口よりも更に頑丈そうな、重厚な扉だった。


「なに、これ」


 ナツが扉を見て、ハッと息をのんだ。

 その鉄の扉には破壊されて、ぽっかりと穴が空いていた。内側から強い力で衝撃を受けたように、大きな空洞が出来ていた。


「これは……」


 人間がやったとは思えない。

 巨大な怪物か何かが、力ずくで破壊したようなメチャクチャになっていた。


「破壊したんだろ。跡からすると、だいぶ昔のことみたいだね」


 サティは感心したように言うと、その空いた穴をくぐって中へと入った。


「あ、おい。目標は地下祭壇じゃないのか?」


「うん、でも、ここにも記憶のピースはあるかもしれない。ついておいで」


 そう言うと、サティはすたすたと独房の中へと歩いて行ってしまった。ナツはその様子を見て、怯えたように俺の腕をつかんだ。


「嫌な……予感がするな」


「無理しなくて良い。先に地上に戻るか?」


「ううん、いく。一人の方がよっぽど怖い」 


 ナツは覚悟を決めたように頷いた。サティに続いて、独房の中へと足を進める。


 松明で辺りを灯すと、一直線の廊下にそって大量の扉が並んでいた。さびた扉にはナンバープレートが付いていた。


 【001】


 その数字の羅列は廊下の奥まで、どこまでも続いていた。

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