第49話 大英雄、落とされる
サティが消えた場所は平原の真ん中。姿を隠せそうな木々などは存在しない。
「行こう!」
パトレシアが慌てた様子で走り出す。サティが消えた方向へと、国道を外れて草を踏みしめて歩いていく。
まさかとは思われるが、何かあったのかもしれない。
サティが消えた方向へと走っていくと、花々が生い茂る地面の間に何かがあるのを発見した。
「なんだこれ、扉……?」
爽やかな緑の草原に、似つかわしくない鉄の扉。頑丈そうな扉はかんぬきが空いていて、誰かが入った形跡があった。
パトレシアも不思議そうな顔で謎の扉を見下ろしていた。
「どうしてこんなところに、こんなものが?」
「分からないけど、ここに飛び込んだみたいだな。ちょっと開けてみるか……よっと」
鉄の扉は重たく、2人がかりでなんとか開くことができた。中は真っ暗で、ひゅうひゅうと冷たい風が吹いていた。
「おーい。サティちゃーーーん!!!」
パトレシアが呼びかけるが反応はない。
彼女の声は真っ暗な穴の中で反響して消えた。かなり深そうだ。
「落ちちゃったのかな」
「まさか、ただ落ちるとは思えないが。ちょっと照らしてみるか。火は持ってる?」
「うん、確かここにマッチが……っっ、ひゃあっ!!」
叫び声とともに、パトレシアが穴の中に放り込まれるようにして、勢い良く落ちていく。「ひゃぁあああ」という甲高い叫び声が穴の中で反響している。
「どうした、パトレシア……っっあぁあああ!!」
突然の出来事に
「!?」
バランスを崩して穴の中へと真っ逆さまに落ちていく。中は深い闇の中で、底すら見えなかった。
まずい。
混乱している思考を落ち着かせて、落下する自分の身体をイメージの箱で覆っていく。
「
穴の入り口近くで身体を止める。上空を見上げて、自分が突き落とされたことを確認する。
固定は出来たが、パトレシアが心配だ。俺だけ助かる訳にはいかない。
せめて突き飛ばした犯人だけでも……と思い、穴の付近を見ると、そこにはニンマリと笑ったサティがいた。
「よし。うまく引っかかったね」
「サティ! お前か!」
穴の入り口からひょっこり顔を出したサティは、ふっふっふっと笑って紫色の液体が入った小瓶を取り出した。
「心配する必要はない。ちょっとした落とし穴さ。もちろん下には特別製の媚薬が仕込んである。あの娘から抜き取ったものの、改良バージョンさ。静脈注射すれば象300匹を発情させることが出来る。それを薄めて、霧状にして穴の中に充満させたんだ」
「は…………!?」
「先に落ちて霧を吸った彼女は文字どおり、淫乱肉ダルマと化している。さぁ……一体どれくらい耐えられるかな」
「!!??」
「そう不安そうな顔をするな。時間がたったら引き上げてあげるから。その間私は露天で買った土産を食べながら、近くでピクニックをしているから、心配しないでくれ」
「お前の心配なんかするか! 一体何が目的なんだ!?」
「おや、あまり叫ばないほうが良いよ。媚薬が効いてくる」
「っっっあ……!」
サティの言った通り息を吸い込むと、視界が揺らいだ。頭がぼうっとしてくる。魔法を発動出来るような状態ではない。
「て、め、ぇ……!」
「そう
「俺の、ため……?」
絶望した顔で落ちていく俺を見ながら、サティは「やれやれ」と言った。
「もちろん記憶のピースのためだよ。パトレシアからピースの気配を見つけてね。もしかしたら、と思ってやってみたんだ」
「パトレシアが記憶のピースを持っている、と……?」
「かもしれないだけどね。直接的にせよ、間接的にせよ。探ってみる可能性はあるのかなと思ったわけ。あの淫乱肉ダルマなら、厄介なメイドとは違って理性のたがが外れやすそうだ。媚薬を使えば、イチコロだよ」
「おまえ、人をバカにするのも、良い加減にしろよ……!」
「バカにしてはいないさ。理性のタガが外れやすいっていうのは、褒め言葉だよ。彼女だって誰にでもそうって訳じゃないさ。君だからこそ、彼女は彼女でいることが出来るんだ」
そう強調すると、サティはパチンと指を鳴らした。
「大丈夫、下はクッションになっているから。空調と冷房も付いている。壁の引き出しにはバイブも入れておいた」
「ふ、ふ……ざけるなぁあ!!」
サティの指から放たれた残留した媚薬が口の中に入ると、俺の魔法は跡形もなく霧散した。
「せいぜい励みたまえよ」と言ったサティの捨てゼリフを聞きながら、俺は深い穴の中へと落ちていった。
「あぁああああああ……!!」
どこまで言っても闇の中。
サティが掘った落とし穴の中はまったく着地点が分からない。地の底にまで届きそうなほど深い穴。
『……壊滅したことは確かなようです。アンクさま、ここは他の援軍を待った方が得策かと思います』
女の声が聞こえる。
ひんやりとした空気に包まれながら、俺が嗅いだのは媚薬ではなく、血と煙の匂いだった。
「記憶のピース……!」
頭痛が走る。
俺の頭の中を、電流のように映像が駆け巡り始めた。
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