第174話 理
終わりは徐々に近づいてきてる。
「すぐに済みますよ」
髪の半分以上が青く染まり、封印した女神の力を放出し始めたレイナは、試すように魔力を放ち始めた。
立ち昇らせるオーラは鈍い灰色。
『異端の王』と女神の魔力が混じり合い、相反する色は、互いを主張し合うかのように辺りの空気を染めていく。
「天の魔法、
レイナから光の
強い光が輝き、その形を視認出来た時には、すでに俺の目前へと光る
魔法の発動は間に合わない。
一直線に飛んできた
「ぐ……ぁああ!」
切り裂かれた腹部から血が流れている。見た目以上に射程の広さがあった。
痛みは無いが、出血がひどい。
固定魔法で回復をしようと試みたが、目の前のレイナがそれを許してくれなかった。
次の攻撃が、すでに倒れた俺を取り囲んでいた。
「天の魔法、
四方八方から小さな鉾が放たれる。
直撃すればただの傷では済まない。肉を断ち、骨を
「
辺りの魔力を感知し、箱で囲いイメージを固める。
数が多いことは大きな弱点だったが、傷つくことを
逃げる道筋は1つで良い。
確認出来た47の鉾。その中で最小ダメージで済ますことが出来る経路を導き出す。
「
迷っている暇はなかった。
辺りのものを固定しながら、決めたルートへとまっすぐ走る。鉾が風を切る音が耳元で鳴る。
あともう少し。
そう思ったところで足が動かなくなった。がくりと力を失い、俺は地面に倒れこんだ。
「こんなところ……で」
「あ゛ああ゛っっぁああ!」
骨もろともを
スピードも威力もさっき比にならない。放たれた光の鉾は、俺の肩を突き刺し、真っ赤な血を吹き出させ、肩を貫通した。
倒れこんだ俺を見て、レイナが無感情に言った。
「光速を超える神の鉾です。避けることなんて出来るはずないですよ」
「……ま、まだ……」
「?」
「まだ終わっていない」
「また、何か悪あがきを?」
レイナが首をかしげる。
無駄だと言わんばかりに彼女は冷たい口調で言い放った。
「頼りの催眠魔法は通用しません。距離を取れば、なんの意味もありませんから」
……見切られている。
中距離攻撃を使ってしまえば、射程の短い催眠魔法は何の意味を持たない。それを分かっていて、彼女は自分の力を開放していた。
これならば負けない、と絶対の自信を持っている。
たとえ、俺が全ての軌道を見切ったとしても、常人では逃げられないように彼女は
「諦めた訳じゃないさ」
再び俺を狙うレイナに言う。
彼女は再び鉾を出現させ、俺の胸元に照準を定めていた。
「大人しく死んでください」
そこに勝機はある。
彼女はあまりにも俺を軽くみすぎている。倒れた人間がもう起き上がらないと信じ過ぎている。
「……そこだ」
さっきの鉾の軌道上。
今にも倒れそうな古木をレイナの鉾は貫いていた。ビキビキと俺かかる古木に、レイナは気がついていない。
「
鉾によってえぐられた大樹がその巨木を傾ける。ズズズと音を立てて、巨木が倒れかかる。
この隙が最後のチャンスだ。
視界を塞ぐように真正面に倒れかかる巨木の横から回り込み、レイナの近くに接近する。
「
ラサラの魔法がもっとも効果を発揮する間合いで、彼女は眼に溜まった魔力を解放した。力の出し惜しみはしない。次の攻撃で勝負を決める。
放たれた魔力は、レイナの身体全体を包み催眠魔法の術中にはめることが出来た。
「レイナ、捕まえた」
彼女の魔力炉を掴み、魔力を流し込む。
「
……だが、これも油断。
俺はレイナの力を完全に見誤っていた。
「そんなチンケなものが私に効くとでも?」
「ぐっ……!」
放たれた固定魔法をもろともせずに、レイナが俺の方を振り向く。魔法にかかっている様子はない。
彼女の左手が眩く発光しているのが分かった。
「言ったでしょう。私の魔力は神の力を受け継いでいるんです。もう人間ごときが抵抗出来るような相手ではありません」
「これも……通じないのか」
「さようなら。天の魔法、
至近距離からの鉾の
彼女の狙いは俺の心臓へとまっすぐ向けられている。それをやり過ごす術はない。威力も速さを取っても、俺がレイナの攻撃に耐えうる保証は無い。
死。
輝く矛先は確かにその方向を示していた。
「く……そっ。
魔法が放たれる前に、自分の身体の向きをわずかに変える。おおよそ数度もいかない回避は、致命傷を外すのにギリギリのタイミングだった。
「……ぐっぁあ!」
右肩に鋭い痛みが走る。
凄まじい激痛のあとで、後方で光が炸裂する。震える脚で起き上がって、前を見るとレイナが次の鉾を向けながら俺のことを見ていた。
「見たでしょう。これが私とあなたとの力の差です。魔法と名の付くありとあらゆるものは私に起因するもの。私の手の内にあるものです。それが魔力を使用している以上、私にとっては空気とそう変わりません」
「……本当に」
レイナが神へと変わっていっている証拠のように、彼女から溢れ出る魔力は神々しく思えるほどに輝きを増していた。恒星のように明るく、人智を越えた光だ。
肩の傷が痛い。
催眠魔法はおろか固定魔法でさえもレイナに通用しない。
「もう終わりにしましょう、アンクさま。もうあなたを傷つけたくはありません。この勝負、私の勝ちです。それともあなたを殺させるまで、私に続けさせるつもりですか?」
「……いいや」
「では、参った、と言ってください」
「俺は負けていけない」
「……本当に諦めが悪い……自分と相手の力の差を分からないほど、あなたは愚かじゃないはずでしょう?」
「分かっているさ。だからこそ、命を賭けて戦っているんだ」
「命を
俺の言葉を繰り返したレイナは、呆れたように言った。
「アンクさまはまだ自分に命があるとお思いですか」
「……知っていたのか」
「はい。最初の
レイナは「私の目はごまかせません」と言って、言葉を続けた。
「動いているだけです。あなたのような人間を生きているとは言いません。その身体はもうとっくに
「良く分かったな」
「時を止める力を自己崩壊する直前で自分に放った。とっくに死んでいるはずなのに、生の時間を伸ばしている」
「考えただろ。もう飯も食えないんだ」
「……ですから」
レイナは悲しそうに俺を見ながら言った。
「あなたはもう何も救えません。今のあなたは自分の固定魔法で身体を止めているだけ。内臓はぐずぐずに溶けきっていて、血管はひび割れて、筋組織は腐り始めてもおかしくない。そんなあなたに何が出来ると言うんですか」
「…………出来るさ」
「私だけではありません、誰もが知っています。もう、あなたの身体は限界です。私に殺されるより、自壊する方がずっと早いくらいでしょう」
レイナの言うことは正しかった。
自分の身体に固定魔法をかけて
最初の
そういう覚悟で俺はここまで来た。
「俺は自分の未来を信じている。俺はレイナに勝って、お前を元の世界に戻すんだ」
「私が望んでいないのに、ですか」
「俺が望んでいるからだ。それが俺の欲望だからだ」
「……もう良いです」
問答は終わりだと言いたげにレイナは冷たく言い放った。
「今度こそ、私は私の意思を貫きます。
彼女から放たれた矢は、宙を切って一直線に飛んで来た。積もった雪を踏みしめて、俺はその目前に立ちはだかった。
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