第158話 こじれた愛
足は動く。
魔力炉は静かに再燃し始めている。それで良い。今、使えなければ、もう魔法なんて最初からなかった方が良い。
「ナツ、悪い、俺行くわ」
「え? ちょっと待ってよ。魔力炉がボロボロだって、アンクだって分かるじゃん。このままだと本当に死んじゃうよ」
「……でも、行かなきゃいけない。まだ身体が動いて、やれることがあるのなら、俺は動かない訳にはいかないんだ」
手を伸ばすナツの手を振り切って走る。遠くからナツが俺を呼ぶ。その声も振り切ってシュワラの前に立つ。
俺にはやらなきゃいけないことがある。
宙に浮き、魔法を構えていたパトレシアは
「どうして、あなたがまだ動けるの? 動けるような身体じゃないでしょ。ましてや戦える身体じゃないわ!」
「昔から女の涙に弱いんだ」
「……このっ、バカ……!」
空中から雷の矢が放たれる。雷電を伴いながら、眩しく辺りを照らした魔法は凄まじいエネルギーを持っていた。
背後ではボロボロになったシュワラが立ち上がっていた。
「シュワラ! まだ動けるか!?」
「と、当然……! まだまだよ!」
「よし! 俺が道を作る! お前は最短距離で動け!」
何も言わずに頷き、シュワラが
ここが正念場。あらん限りの魔力を持って、固定魔法を行使する。
「
伸ばした腕の血管がパチリと弾けて、内出血を起こす。まだ魔力がうまく回っていない。
全速のシュワラをパトレシアの所までたどり着かせるにはギリギリの
パトレシアめがけて飛んだシュワラは、拳を握り無防備のパトレシアに思い切り振り下ろした。炎を纏った拳を渾身の力で放った。
「だから、遅いって……!」
懐に入ってからの右ストレート、それを軽々とかわして、パトレシアは次の攻撃の態勢を整えていた。
「今だ!」
声を張り上げて、シュワラに合図を送る。
攻撃しようと身構えた時ほど、大きな隙が出来る。その隙を狙って、パトレシアの身体に魔力を流し込む。
「
「……っ!」
数秒の間もなく魔法が弾かれる。
だが、この時間が近接戦闘においては、十分過ぎるほどの致命傷だ。
追撃。
放たれたシュワラの左ジャブをパトリシアはかわすことが出来ない。
「火の魔法、
腹部に向けて、シュワラの全力の拳が放たれる。真っ赤に輝いた彼女の拳を真正面から喰らったパトレシアは大きく後ろに吹き飛んだ。
「くっ……!!」
ダメージは……ある。
「くそっ! 生意気やってくれるじゃない!」
「まだまだよ!」
この機を逃さず、空中でシュワラが方向を転換する。スーツが緑色に輝き、風を巻き起こしてパトレシアに向かって直進する。
ベールをなびかせて跳んできたパトレシアは再び、雷の矢で迎え撃とうと身構えた。
「
「ちっ……!」
パトレシアの反撃は俺が許さない。
魔力炉が燃え上がり、身体の奥の方からバチバチと弾けるような音を立てている。数発の魔法を撃っただけなのに、すでに過負荷を起こしている。
シュワラの攻撃を導くことができれば十分だ。この機を逃したら、俺たちにもう勝機はない。
「火の魔法、
今度は手加減なしの右。スピードをつけて跳んだシュワラの炎の拳が、パトレシアの無防備な右脇腹に直撃する。
「く……あっ!」
今度は逃がさない。
シュワラの瞳には強い闘気が燃えていた。
態勢を崩したパトレシアの髪の毛を
ここぞとばかりに攻撃するシュワラに対して、さすがのパトレシアも凄まじい魔力で応戦した。
「あ……まり、調子に乗らないで! 空の魔法・
パトレシアの身体が激し輝く。手足から電気の束が現れ、それがシュワラの身体を包もうとしていた。
すかさずそこに固定魔法を打ち込もうと構える。
「……
……声が出ない。
続く呪文が唱えられない。
吐き出そうとした声は生ぬるい血となって、地面に落ちる。
魔法が出ない。
そのうちバチバチッと上空で凄まじい音がして、視界が白く染まる。地上にパトレシアの魔法をまともにくらったシュワラが落ちてくる。
「シュワラ!」
力なく落ちてきた小鳥のように、シュワラが倒れこんだ。もろに電撃をくらっている。着ていたスーツが破れて、外部でスパークしている。
「まだ……まだですわ」
それでも立ち上がったシュワラを見て、パトレシアはわなわなと声を震わせた。
「嘘でしょ……あんた化け物……?」
「私が強いだけのことです! アンク、まだ魔法は撃てるかしら!」
「あ、あぁ……なんとか」
手は動く。魔力炉も限界値もつかめた。
持久力はないようだが、瞬間で撃てる魔力はまだ余裕がある。反動さえ気にしなければ、援護する分には問題ない。
「行け、さっきと同じように
「もちろん……さすが大英雄と呼ばれるだけのことはありますね」
シュワラは俺の声に満足そうに頷いて、再びスーツに魔力を張り巡らせた。全身に雷撃をくらってもなお立ち上がるシュワラに、パトレシアは声を震わせながら問いかけた。
「……どうして、あなたがそこまでするのよ。あなたには……シュワラには関係ないじゃない」
「それが……それが許せないと言っているのよ! イザーブの時もあなたは私を守った! それがどれほどの屈辱か、あなたは気にも留めなかった!」
「屈辱……? 違うわ、シュワラ、私はあなたを守ろうと……」
「ふざけないで! あなたは私のことを足手まといだと決めつけた!!」
シュワラはパトレシアを
「同情されたものの気持ちが分かりますか!? 置いてけぼりにされる気持ちが分かりますか!? 10数年間、友だと信じていたのは私だけだったと気付かされた絶望が分かりますか!? あなたにとってお荷物のお人形でしかなかったということを、私は知ってしまった!!!」
「私……違う、そんなこと……」
「何も違いません! 現にあなたは私に一言も相談しようとしなかった……!」
シュワラは「それが足手まといと言わなくて何なのでしょう」と怒りをほとばしらせた。
「私はあなたを踏み越えてみせる! あなたを倒して私が1番で、あなたより優れていることを証明してみせる! それで、私はようやくあなたと対等になれるの!」
声を震わせて、泣きそうになりながらシュワラは言った。ボロボロになったスーツの胸に手を当てて、彼女は今までとは違う魔力を放ち始めた。
「
シュワラの周りに炎が立ち上る。シュワラは覚悟を決めたという表情で、俺の顔を見た。。
彼女は本気だ。
この場にいる誰よりも強い意志でこの場所に立っていた。
「友人……ね。あんな下らない約束を覚えているなんて……愛がこじれているにも程があるわよ」
「あんたに言われたかないわ」
「そうね……」
上空に浮かんだパトリシアは困ったように笑った。
彼女が浮かんでいくに連れて、周りのベールがくるくると回り始めていた。星空のような綺麗な光を放ったベールは、パトレシアの頭上で巨大な輪っかを形成した。
「こんなに眩しいあなたを見逃していただなんて、本当に自分に嫌気がさす。アンク、あなた、私に言ったこと覚えている?」
「……今なら思い出せる」
「そう、全て、あなたの言う通りになった。でも、私はきっと同じことを繰り返す。自分の欲望のためなら、友達だって切り捨てる」
パトレシアは頭上に手をかざして、ベールに魔力を送った。
「空の魔法、
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