⑧ パトレシア
【共犯者たちの憂い(No.17)】
どうして人は自らを犠牲にしてまで、他人を生かしたいと思うのだろう。彼は自分が助からないと知ってもなお、戦うことをやめないのだろう。
あるいは私が————
どうして私は自分の記憶を消してまで、彼を生かしたいのだと思ったのだろう。他の選択肢へ進むという疑念さえ持たないまま、この物語を選んだのだろう。
「つまりそれって愛じゃない?」
この疑問をパトレシアに言うと、彼女は迷いなく即答した。
「愛……ですか」
口に出すとこれほど軽い言葉はない。たった数文字で自分の感情を表せられるのだとしたら、こんなに簡単なことはない。
こんなに
諦めに似ている。
私には『愛』という言葉の先にもっと強い何かがあるような気がしている。
「私は壁なんてものはないと思うよ。愛の先には何もない。だって古今東西、すべての物語は愛に結びついてきたもの。女は王子さまと結びついて終わり、英雄は民を愛して終わり、神様は人間を愛して終わり。つまり、そこから先には何も物語は生まれない、めでたしめでたし」
「……だとしたら愛とは不毛なのですね」
「どうして、そう思うの?」
パトレシアは首をかしげた。
「めでたし、めでたしだよ。
「現に私たちはその愛のために争っています。これを不毛でなくて、何と呼ぶのでしょうか」
ふと自分たちがやっていることを疑問に感じることがある。
彼を
自分の選択が全て間違っていたのではないかと、不安に思う時がある。
「互いが互いを思いやっているのに、私たちは何を争っているのでしょうか」
「愛を試すためだよ。どちらの愛が深いかをアンクとレイナちゃんは競っているんだよ」
「どちらの愛が深いか……ですか?」
私の言葉にパトレシアは頷いた。
「愛の強さだよ。この勝負はね、心が揺らいだ方が負けなんだと思う。アンクは
「私たち……」
「私たちの心には
パトレシアの言うことは間違っていなかった。
多少リスクを伴っても天罰として、アンクを止めることは出来たはずだ。
私たちはそれをしなかった。
「ね?」
「パトレシアさんの……言う通りです。私は『
「思わず見届けたくなってしまった。彼の言葉を、彼の行動を見届けたいと思ってしまった」
「だから……私たちは負けてしまった」
「どうする? このままだと本当に私たちは負けちゃうよ」
パトレシアは本気だった。
逆に言えば、今だったら引き返すことが出来る。アンクの作戦に乗って、
けれど、そうしたら、彼は……。
「……やはりダメです。あの人は自分を犠牲にして私たちを守りたいと考えている。それを認める訳にはいきません」
「私も同じ考え。それを私たちが許す訳にはいかない」
「……あの人を死なせたくはありません」
アンクの使った
たとえ神の加護を持って生まれた身体だったしても、魔力炉の暴走を引き起こすのは危険過ぎる。あと、1回でも行えば彼の身体は再起不能になる。
「アンクさまを止めます。その為には
「あと、どのくらいかかるの?」
「少なく見積もっても、1週間はかかる予定です」
「1週間か……遠いね」
「アンクさまたちも私たちの時間がないことは気がついているでしょう。すぐに次の『
その言葉を聞くと、パトレシアは思い悩むように視線を下げた。
「1人で出来るの?」
「出来ないことはありません。ナツさんとユーニアさんからは、あらかじめ魔力を
「そうなると……女神の封印がネックになってくるってことか……」
自分の髪に触れながら、パトレシアはしばらく考え込んでいた。
「レイナちゃん、頼みがあるんだけど」
「何でしょうか」
「時間稼ぎ。全部、私が請け負うわ。だから、レイナちゃんは女神の封印に専念してもらえない?」
「それはありがたいのですが……どうやってアンクさまに干渉するつもりですか?」
「私が、
「それは……」
パトレシアの発言に頬に冷や汗が伝う。
「パトレシアさんにかかる負担が大きすぎます。パトレシアさんにはすでに
私がサティの力を取り込んだ時と同じように、
「でも、レイナちゃんの
「ですが……」
「やるわ」
私の言葉を
「勝機が少しでも高くなるなら価値はある。場所があそこなら、時間を稼ぐにはちょうど良いから」
「パトレシアさんの精神が持つかどうかが保証は出来ません。そうなると、あなたの本来の目的が……」
「大丈夫よ、レイナちゃん。前に言った通りこれは覚悟の戦いなの。心の隙を見せた方が負け。愛が深い方が勝って、少ない方が負ける」
パトレシアは私の側から立ち上がって、壊れかけたステンドグラスを見上げた。全くの
「パトレシアさん……本当に……」
「これはね、私の戦いでもあるの。一度死んだ私が、生き返った意味があるとするならば、今度は足を踏み出すことを恐れないこと」
ステンドグラスから魔力が放たれる。
その光がパトリシアを包んだ。彼女の綺麗な金髪を、七色に染めていく。
光の中心に立ったパトリシアは、力を身に
「じゃあ、レイナちゃん頑張って。どうか全てが上手くいくように祈ってるわ」
「はい。パトレシアさん、どうかあなたが自分の幸福を得られることを祈っています」
「私は死者だよ。もうこの先なんて無い」
「……死者だからこそです」
「死者だからこそ、パトレシアさんはより幸福な結末を選んでほしいのです。後悔しないことも大事ですが、意地ではなく意志で進んでください。私はあなた方を不幸にしたくて、呼んだのではありませんから」
「……ありがとう、レイナちゃん」
彼女はにっこりと笑って、さらに一歩。まばゆい光の中へと進んでいった。彼女の身体に、大量の魔力が流れ込み、彼女の魂を変化させていくのが分かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます