第78話 名前の由来


 激しいやり取りで顔につたローションをタオルでき取る。

 立ち上る魔力を抑えきったところで、パトレシアがふぅと息を吐いた。彼女に真実を伝えると、驚愕きょうがくして叫んだ。


「嘘!? 嘘なの!? その『ナース服姿の女の子と看病ごっこをしながら密着していないと死んじゃう病気』って!?」


「デジャブやめて」


 パトレシアもナツと全く同じことを吹き込まれて、同じように信じていたようだった。


「おまえ、そんなに騙されやすい性格だったか……」


「騙されやすくないわよ。でも、やっぱり好きな人のこととなると、動転しちゃったみたいね」


「……お前ももしかして高い壺とか買ってないか?」


「ツボ? あ、3個持ってるよ。想い人と必ず結ばれるって言うから、3個セットでお買い得だった」


「それ効果あったのか?」


「今、結ばれた」


 何も言えねぇ。


「そもそも俺がナース服をチョイスするのもおかしいだろ」


「あ、そうか、それもそうだった。アンクはメイド服好きだもんね」


 ポンと手を打って、パトレシアはあっさりと納得した。この共通認識があるというのも、どうもおかしい気がするが。


 パトレシアは乱れた服を直すと、今度はほっとしたように息をついた。


「……でも良かった。アンクが大変なことになっていなくて」


「あぁ、魔物に襲われた訳でもないし、ナンパに失敗して頭を打ち付けたんでもない」


「それで、本当のところはどうしたの? わざわざシュワラの病院に泊まって。それなりの事情があるんでしょう?」


「あぁ、実はそれが……」


 パトレシアにレイナが居なくなったことを説明する。どこか行き先に心当たりがないか聞いたが、彼女も当然のように何も知らなかった。


「うーん、分からないな。最近は少し浮かなげな顔はしていたけど、私と話すときは相変わらずだったし、どこかに行くとかは何も聞いていないよ」


「だろうな……」


「それにしても『異端の王』が生きていたって言うのは、本当なの? しかもそれがレイナちゃんの弟だったなんて」


「生きていたかどうかは別にして、弟っていうのは本当らしい。倒したはずの『異端の王』はレイナの弟だった」


「そっか……じゃあレイナちゃんも辛かっただろうね」


 パトレシアは下を向きながら、言葉を続けた。


「私もリタがいるから……もし、レイナちゃんと同じ立場にいたら、私だったらすごい辛いと思う。だって彼女は実の弟を手にかけなくちゃいけなかったんでしょ。私だったら、それはすごく悲しい」


「そう……だよな」


 あぁ、俺はそのことにも気がつくべきだった。

 レイナは、あの山の中で自分の弟を殺すことと、世界を救うこと、そんな残酷な選択を迫られていた。


 心をえぐられるような天秤てんびんの果てに、彼女はどちらを選んだのだろうか。


「俺だったら選べないな……」


「それが普通だと思う」


「でもレイナはどちらかを選んだ。あいつは強い。俺は……そんなことにも気がつかなかった。情けないし、無責任だな」


「……そんなことないよ」


 パトレシアはニコッと笑って、俺の腕をつかんだ。


「無責任で良いんだよ。選べないことは選べない。それが普通の人だと思うし、そういうところがアンクの良いところでもあるんだよ」


「俺の良いところ?」


「そう。世界を救ったからと言って、アンクはほとんど誰にも言わなかったじゃない? 普通なら吹聴ふいちょうするはずなのに、あなたはさして自慢もせずに、国からもらったお金もほとんどサラダ村の復興資金に回してくれた」


「そりゃあそうだろう。俺の故郷なんだから」


「うん、私はそれが嬉しいの。私の知っているアンクのままでいてくれて、とても幸せ」


 パトレシアはそう言って、俺の頭を優しく撫でてきた。石鹸せっけんをたっぷり浴びたあとの彼女の身体は、爽やかな良い匂いがした。ヒマワリの咲く野原に立っているようで、気のせいか、元気が出てきた。


「そうだ、パトレシア、子供さらいって知っているか?」


「子どもさらい? うーん知らないなぁ……聞いたことがない」


「昔、イザーブに出没していたらしいんだが、聞き覚えがないかと思ってな」


「……孤児たちの間だけで噂になっていたのなら、私は分からないかも。そういう都市伝説の類なら、沢山あったけど。私が大人になってから、子どもさらいなんて奴は聞かなかったわ」


「そうか……ありがとう」


 情報を得られなかったことは残念だが、パトレシアが知らないならば、子どもさらいはもう存在していないことは分かった。やはりあの時期のイザーブだけに存在していていた何かであることは間違いなさそうだ。


 何か他の角度から情報を集められれば良いんだが。


「ねぇ、役に立つかは分からないけれど、どうして『異端の王』っていう名前になったのかは知っている?」


 パトレシアはタオルで自分の髪を拭きながら、そんな質問をした。


「名前の由来? いいや。俺も女神……じゃない神託で聞いただけだから、良く知らない」


「そうなんだ。私たちも大本山からのお触れで今回の騒動の発端が『異端の王』だってことしか知らなかったから」


「本山の神託でも名前の由来までは言っていなかったよな」


「でも、不思議だなぁと思って。だって彼は国も持っていたわけではないのに『王』と名付けられている。従えていたのは魔物だけなのに、『異端の王』なんだよ。それなら普通『魔物の王』とか『魔王』って名前になるじゃない?」


「……言われてみればそうだ」


 その件で名付け親がいるとしたら、サティだ。

 あいつが『異端の王』と名付けて、女神の神託として大本山に流した。それをお触れとして頒布はんぷしたから、『異端の王』としてプルシャマナに広まった。

 

 なぜ彼女がそんな名前を名付けたのか、理由は聞いたことが無い。


「それでね、私、少し調べてみたの」


 パトレシアは胸の隙間から、紙を取り出すとペンで綺麗な五芒星ごぼうせいを描いて見せた。この世界で知らない人はいない有名なマークで、それはプルシャマナの魔力5大元素を表していた。


「異端とはつまり異なるもの、端にいるもの。私の認識から離れた人間を指して『異端』と言っていたのよ」


 五芒星から離れた場所を指差して、パトレシアは話を始めた。


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