第23話 大英雄、閉じ込められる




「……それで?」


「それで、俺は最北の地まで出向いて『異端の王』を討伐した。神託を達成した英雄として迎えられて……あとはリタも知っての通りだよ」


 昼過ぎから話し込んでいて、日は落ちようとしていた。真っ赤な西日がカーテンの隙間から徐々に差し込み始めている。


 女神と実際に会ったことを省いて、俺はだいたいの流れをリタに話した。

 実際には俺と出会ったあと、サティは聖堂の大本山に対して神託をくだした。リタや世間の人々が知っているのは、その神託がくだされたという事実だけ。それによって名指しされた俺は、女神の神託を受けた勇者だと世界中から認知された。


 俺の話を興味深げに聞いていたリタは、大きく伸びをしながら立ち上がった。


「じゃあ……『異端の王』ってのはどんな奴だったんだい。男なのか、女なのか、そもそも人間なのかい」


「……一言で言うのは難しいけれど、男の顔と女の顔を含めて、7つの顔があった。胴体は蛇みたいにうろこで覆われていて、その隙間からは緑色の気色の悪い液体を垂らしていた。魚の卵みたいにたくさんの目がついた羽を付けていて……ってまだ聞きたいか?」


「……やめておく。飯がまずくなりそうだ」


 リタは苦笑いをしながら、首を横に振った。そして、入ってくる西日に目を細めながら、小さく息を吐いた。


「さあ、そろそろ開店の準備を始めなきゃね。食料庫に行くから付いて来なよ。いくつか袋に詰め替えてあげるから」


「助かる」


 エプロンを付けたままのリタに付いて行き、店の裏手にある食料庫へと向かう。

 大きな扉を開けると、天井の高い薄暗い倉庫があった。背の高い棚が並んでいて、沢山の食糧が詰められていた。中は冷んやりとしていて、奥の方に進むにつれて冷凍庫のように寒くなっていく。


「ここは特注でね。水魔法使いに頼んで、大量の魔導石を搬入してある。おかげで長い期間、食糧を保管できるんだ」


 リタはそう言って、近くにあった野菜をコンコンと叩いた。確かにこれだけ冷えていたら、しばらくの間は保存できるだろう。冷蔵庫みたいなものだ、うらやましい。


 縦に長い食料庫を進んでいくと、奥に頑丈そうな鉄の扉があった。


「奥にある食糧は最近仕入れたばっかだから新鮮だよ。ちょうどミンチした肉を大量に買いすぎちゃったから、好きなだけ持って行ってくれ」


「良いのか、無料でもらっちゃって」


「もちろん、お得意さんだからね」


 にっこりと笑って、リタは頷いた。

 ずいぶんと気前の良いことだ。倉庫のその小部屋にはところ狭しと、ひき肉の入った袋が積み上がっていた。


「肉は腐りやすいからね。特注の氷でキンキンにしてあるんだ」


「まるで冷凍庫みたいだな」


「あんまり長居していると、人間も凍りかねないからね。気をつけて」


「バカ言え」

 

 口からハァと白い息を吐いて、リタは小部屋の中へと俺を招き入れた。肉の袋はどれも大きくて、ひき肉がパンパンに詰まっていた。


「……こんなに持ちきれないな。うちの食料庫にも入らない。レイナに怒られそうだ」


「小さな袋に詰め替えてあげるよ。待ってな」


 リタは棚の上の方にある小袋を指差した。その棚に木のはしごを立てかけると、リタは寒さに身体を震わせながら登り始めた。細長い手足を活かして手を伸ばしたが、あともう一歩のところで届かない。


「よ、っと、取れないな」


「気をつけろよ」


「ほっ、よっ、とっ……取れた!」


 ピョンとはしごの上で跳んで、リタは小袋を掴んだ。キャッチした小袋を掲げて、自慢げな顔で俺に見せた。口から出た白い息が、彼女の黒い髪にかかった。


 ……その時だった。


「あ……」


 グラリとはしごが土台から傾く。

 バランスが崩れて、ふらふらとリタの身体が宙に浮かぶ。頭から地面に叩きつける格好で彼女の身体が落ちていく。慌てて手を伸ばして彼女の方へと跳ぶ。


「危ない!!」


 固定魔法は間に合わない。そう判断して、リタの身体を抱きかかえられる位置までジャンプする。両手を伸ばして全力で跳ぶ。


 地面に彼女の身体が落ちるギリギリで、リタの身体をなんとかキャッチする。彼女の身体は見た目通り、羽根のように軽かった。


 彼女の身体を抱きかかえたまま、壁の棚に派手に激突する。ガチンと大きな音が鳴ると、棚が揺れてミンチ肉が入った大袋が俺たちに向けて落下してくる。


「きゃああぁあ……!!」


 倉庫にリタの甲高い悲鳴が響く。その頭を押さえるようにかばって、背中でミンチ肉を受け止める。ドサ、ドサ、と次から次へと袋が落ちてくる。

 

 にぶい衝撃。

 何キログラムもある肉袋が身体にのしかかってくる。山のように折り重なって、俺たちは肉の下敷きになった。


 …………。


「いっった、たたた……!」


 衝撃から少し経ったあとで、肉の山から身体を起き上がらせる。クラクラと目まいがする。身体の上にのしかかっている袋を、思い切り投げ飛ばして、あたりを見回す。


「おい、大丈夫か……!?」


 俺の下で横になっているリタを揺さぶる。結んでいた髪がほどけてサラサラとした黒い髪が、気だるげに床の方へと伸びていた。


 リタはまぶたをピクピクと震わせたあと、ゆっくりと目を開けた。


「う……ん」


「起きたか。怪我はないか?」


「……うん、大丈夫」


 顔をしかめて、リタは身体を起き上がらせた。血は流れていない。大きな怪我をしている様子はなさそうだ。ほっと安堵あんどで胸を撫で下ろす。


 リタの手をとって身体を起こして、辺りを見回す。俺が棚に激突したせいで、小部屋の中はしっちゃかめっちゃかになっていた。ミンチ肉が散らばって棚も倒れている。元に戻すには一苦労ありそうだ。


「悪い……」


「いや、助かったよ。私もちょっと無茶しすぎた」


「ちょっと元に戻すから、外で待っていてくれないか」


「…………それどころじゃないかもしれない」


 リタはあからさまに「まずい」という顔で俺の事を見ていた。見たことがないほど、顔を青くして部屋の1点を見つめていた。


「どうした?」


「扉が……」


 そう言いながら、リタは扉の方へと歩み寄った。壁に激突した衝撃からか、鉄の扉は閉まってしまっていた。リタはドアノブを握って扉を開こうとしたが、ガチャガチャと音が鳴るだけでビクともしない。


 俺の方を振り向いたリタは、全てを諦めたような薄ら笑いを浮かべていた。肩をすくめて、ゆっくりと口を開いた。


「しまった」


「……他に出口は?」


「ない」


 閉じ込められた。


「こんな……倉庫で」


 同じタイミングで大きくため息をつく。

 半透明の白い息がフワフワとただよって天井で混じり合って、消える。ミンチ肉の袋に囲まれて、俺たちはこの息も凍るような冷凍庫に閉じ込められてしまった。


 何度も激しく扉を叩いてみるが、ビクともしない。鉄の扉はかなり丈夫に作られていて、蹴り壊す事も出来なかった。


「立て付けが悪くてね。まさかこのタイミングで開かなくなるとは」


「この分だと、声も届かなさそうだな」


「助けが来るのを待つしかない。従業員が出勤してくるまで、あと1時間くらいはある。それまで身体がてば良いけれど」


 俺もリタも運悪く炎を扱えるような魔法属性ではない。


 絶望的なトーンで、リタは腰を下ろした。

 半袖の薄着で来てしまったせいで、寒さが一層身にしみた。リタの身体は凍えて、小刻みに震えている。氷点下近くになっている倉庫で、この状態で1時間はシャレにならない。


 さすがにこんな所で死にたくはないので、近くにあった袋を掴んでバサバサと生肉を床にばらまく。空っぽになった布の袋を、毛布のように身体にまとってリタを手招きする。


「こっちで一緒に暖を取ろう。生肉くさいけれど、凍え死ぬよりはましだ」


「……うん」


 いつになく弱々しい声で首を縦に降ると、リタは俺の横に座ってピトリと身体をくっつけた。

 ひんやりと冷たい肌の体温が伝わってくる。静かな息遣いも聞こえてくる。心臓の音もかすかに感じる。


 長い付き合いだったが、リタとこんなに身体を近づけたのは初めてのことだった。

 

 

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