第14話 大英雄、おっぱいには抗えない


 固定魔法は5大元素に属さない特別な魔法なので扱いが難しい。他の魔法であれば、先達者せんだつしゃが残してくれた知識で補完したり、6歳の年で通い始める学園や私塾で教えてもらうこともできる。


 だがこの類の特殊魔法となると手本になるモデルがあることはほとんどない。5大元素以外の魔法は、親からの遺伝などではなく、突然発生する。


 大魔法使いと呼ばれた俺の師匠でさえも、『物体の動きを止める』という不可思議な概念はお手上げだった。


『今では寛容かんようになったけれど、一昔前まではアンクみたいな特殊魔法は周りから異端視されていたんだ』


『どうして? 同じ魔法だろ』


『同じじゃないんだよ。5大元素は女神から授かったもの。それ以外は悪魔があたえたものだって』


『なにそれ、まじかよ』


『真っ赤な嘘。それくらい特殊魔法は強力っていうこともあるんだろうね』


 伝わっていない魔法の使い方は自分で編み出すしかない。


 俺としても、「止まれ」と念じたら止まるだけのものだったので、どうコントロールして良いのか分からなかった。


 視界に入ったもの全てを止める。そうすると魔力の消費も大きいし、効果が薄かった。


『イメージをすれば良い。自分でイメージしやすいものに魔法を当てはめるんだ』


 師匠にそう言われて、俺は『箱』をイメージすることにした。

 アクリルで出来た透明なキューブ。囲ったものを固定するというイメージをすることにした。

 

 このアイデアは功をそうした。

 箱のイメージさえ崩れることがなければ、間違いなく物体の動きを止められる。



 —————そう、箱のイメージさえ崩れなければ。



「あ、やばい」


 イメージする力というのは集中力だ。つまり意識を切らさないこと、

 だが、いくら高度な精神鍛錬をしていたとしても、生物である以上はおっぱいには抗えない。


 魔法が暴発する。

 動揺と煩悩ぼんのうによって箱のイメージが崩れて、トビッコウオがその間からすり抜ける。

 

「……アンク?」


「やべぇ、発動失敗だ」


 トビッコウオの注意が俺たちに向く。

 魔力反応に気がついたのか、ブルブルブルと奇妙な雄叫びをあげて、トビッコウオたちが方向転換する。


「あわわわわわ」


「パトレシア、離れろ!」


 あわあわしているパトレシアを後方へ逃がす。


 草陰から出て一歩前へ。

 草木の間から姿を現して、トビッコウオと向かい合う。怒り狂った敵はフグのように身体を膨らませていた。


 魔法を失敗したうえに、相手を警戒させてしまった。この場面で心を乱した自分に舌打ちする。


 こうなったら一か八かしかない。

 同じようにパニックになっている村人たちに逃げるようにうながす。魔物も本気だ。1人の方が幾分か戦いやすい。


 トビッコウオが魔力を一層高ぶらせる。


「アンク、敵の攻撃が!」


固定フィックス!」

 

 吐き出された敵の水鉄砲を固定する。

 次々と吐き出される水流を、身体にぶつかるギリギリで止める。凄まじい勢いの水流をなんとかやり過ごして左に逃げると、すぐさま、追撃が襲ってきた。


 ヒュン!


 風を切る音が聞こえるほどのスピードでの突撃。いくつもの小魚が俺をめがけて、突進してくる。顔をふさいでガードの体制を取って、衝撃に耐える。


 ダメージは大したことはない。

 そう安堵あんどした時、右腕に鋭い痛みが走った。


「これは……」


 右腕にまっすぐな切り傷がついていて、赤々とした血が垂れている。後方のトビッコウオたちに目を向けると、群れの中に一匹だけ頭をナイフのように鋭く尖らせた個体が混じっていた。


「くそっ! なんだあいつ、異常個体じゃねーか!」


「アンク、大丈夫!?」


「あんまり大丈夫じゃない!」


 パトレシアが心配そうに声をかけるが、戦況は劣勢と言って良かった。今更気がついたが、かなり相性の悪い敵だ。


 トビッコウオは空中でターンすると、再び俺に向かって突進してきた。


固定フィックス!」


 群れの中から、鋭くとがった個体を見極める。

 だが大量に群がる魚の中から、たった一匹を見つけるのは至難の技だった、


 顔を上げてすぐに魔法をかけたが、次から次へとトビッコウオが突撃してくる。魔法をかけている両手にビリビリとした衝撃が走る。魔力のうずを突き破るにようにトビッコウオは数を増していく。


 だめだ、もたない。

 目にも留まらぬ速さで攻撃してくるトビッコを避けることは不可能だった。防御も間に合わない。


「危なーーーーーい!!!」


 遠くからパトレシアが叫んでいるのが聞こえた。

 それと同時に視界の端に光が見えた。バチバチと嫌な音を発しながら、その音は徐々に大きくなる。


そらの魔法・雷電の舞クードフードルっ!」


 パトリシアの詠唱によって一気に雷撃が弾け飛ぶ。バーーンと耳をつんざくような音が鳴る。

 

 パトリシアの身体から放出した電気は、特攻してきたトビッコウオを見事に撃墜げきついした。痺れた小魚たちがどんどん地面に落下してくる。


 見事な攻撃魔法。非の打ち所がない。

 水車小屋にも被害は出ていない。うまくやってくれた。


 ……俺1人の犠牲で良かった。

 そう思いながら、俺は雷に打たれた身体をびちゃりと地面に横たえた。泥の地面は暖かいベッドのようで、しびれて動かない俺の身体を優しく受け止めた。


「アンクーーー!! きゃーーーー、どーしよーーーー!」


 朦朧もうろうとする意識の中で、パトリシアの声が聞こえた。

 周囲の喧騒けんそうがどんどん遠くなっていく。自分の意識が手の届かない方へと去っていく。

 

 倒れた身体が誰かに抱きかかえられる。パトリシアの金色の髪が見える。何か柔らかいものに後頭部が当たる。


 なんだこれは。

 そうだおっぱいだ。


 その感触にひたっていると、ゆっくりと視界がブラックアウトしていった。




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