Cランク昇級試験(5/16)

 

「や、やめてください!」

「ルナから離れるにゃ!!」


 ルナを壁ドンしていた金髪の男に、メルディが殴り掛かる。


「っと。あぶねぇな」


 メルディが速度をセーブしていたこともあり、その男は余裕をもって彼女の攻撃を躱した。


「いきなり殴りかかってくるとか、暴力的な女だ。これだから冒険者は──あ? なんだお前、獣人か」


「そうにゃ。それが、どうかしたかにゃ?」


「いや、別に。ただ、狂暴な獣人の冒険者なんて、俺は関わりたくねぇって思っただけだ」


「メルディさんは狂暴なんかじゃありません! すごくいい子です!!」


 ハルトたちと一緒に王都の冒険者ギルドを訪れていたルナとメルディは、ふたりで先にギルド内に入りトイレへ行っていた。ハルトのもとに戻ろうとしたところを、この金髪の男に絡まれたのだ。


「ルナ。こんな奴、相手にしなくていいにゃ」


 メルディはルナの手を引いて、その場を立ち去ろうとした。


「獣人のお前に用はねぇ。だけど、そっちの青髪はダメだ」


 ルナたちの行く手をふさぐようにして、金髪の男が立つ。


「お前は今日、昇級試験を受ける冒険者だろ?」


「そうですけど……。それがあなたに、なんの関係があるんですか?」


「俺に少し付き合ってくれたら、昇級試験に合格させてやってもいい」


「はい?」


「逆に今ここで俺の誘いを断れば、お前は絶対にCランクに昇級できない」


「そんなわけないにゃ! なんでお前が、そんなこと決めるにゃ」


「俺が決められるんだよな、これが。お前らの合否は、俺の一存で決まる」


「ど、どういうことですか?」


 言っていることの意味が分からないが、まるで確信を持っているように男が話すので、ルナとメルディは少し不安になっていた。


「俺が今回の昇級試験を担当する。俺が合格と言わなきゃ、お前らは絶対に昇級できない」


 この金髪の男は、王国騎士団第二十部隊の隊長ガドだった。今回は彼が、ハルトたちのCランク昇級試験を監督する。


「たった今、試験内容を決めた。俺との一対一での戦闘だ。俺に力を認めさせなきゃ、昇級はできねぇぜ」


 ガドが、下卑た笑みを浮かべる。


「俺の試験は、かなり厳しいぞ?」


 彼は以前、昇級試験を受けに来た冒険者たちを、再起不能にしたことがある。それは試験を受けた冒険者たちが全員男で、ガドの機嫌が悪くなったからだ。


 ガドにやられた冒険者たちは多大な恐怖を植え付けられ、全員がグレンデールから逃げるように去っていった。


「青髪のお前が俺の相手をしてくれるなら、そっちの獣人も合格させてやってもいい。全て俺の、匙加減次第なんだ」


 ガドはルナが要求に応じなければ、彼女たちを合格させないつもりでいた。そんなガドの言葉を聞いて、メルディはホッとしていた。


「サシでアンタと戦って、勝てばいいのかにゃ? それなら、簡単にゃ」


 このムカつく男を殴って、勝ちを認めさせればいいのだ。


「アンタ。少し強そーだけど……。せいぜい炎の騎士一体分ってとこにゃ。その程度じゃ、エルノールの誰にも勝てないにゃ」


「あ゛?」


 メルディの言葉に、ガドがキレた。


 炎の騎士というのが何のことかはわからないが、自身がなめられているということは十分理解できた。


 腹を立てたガドが、メルディに向って殺気を飛ばす。


 かつてDランクの最上位まで上り詰めてきた冒険者たちを、身動きできなくなるほど震え上がらせた殺気。それを受けて──



「ルナ。行こうにゃ」

「は、はい。……それでは、失礼します」


 メルディとルナは、平然としていた。


 メルディに手を引かれたルナは、ガドに軽く頭を下げてその場を後にした。


「……は?」


 これにはガドが驚いた。


 Dランクの魔物を単体で倒せれば、そこそこの実力がある冒険者だと言ってもいい。Cランクへの昇級試験を受ける冒険者とは、そのレベルの者たちなのだ。


 そんな屈強な冒険者の動きを止めるほどの殺気を浴びせられて、ルナとメルディは顔色一つ変えなかった。


 ガドは女絡みのことに関しては、かなり諦めが悪い。そんな彼が、ふたりの後を追うことはしなかった。なんとなく今は、をしないほうがいいと思ってしまった。



「チッ。なんなんだ、あいつら……。まぁ、いい」


 ルナのことはともかく、ガドはメルディを昇級試験中にボコボコにしてやろうと考えていた。


「あの獣人、負けず嫌いっぽいからな。力の差もわからず俺に舐めた態度をとったこと、後悔させてやる」


 泣きながら許しを請うメルディの姿を脳裏に浮かべてほくそ笑み、ガドは昇級試験の会場へと足を運んだ。



 ──***──


「あっ。ルナ、メルディ。良かった……」


 何かが嫌なこと起きていそうだという直感が働き、ハルトはルナとメルディを探していた。そのふたりがギルドの奥の方から歩いてきたので、安堵の表情を見せる。


「ハルトさん。実は──」


「ルナが、ナンパされたにゃ!」

「……は?」


 ルナとしては、試験監督だというガドに悪い印象を与えてしまったかもしれないということを、ハルトに伝えるつもりだった。


 しかしメルディにとっては、そんなことどうでもよかった。


「ルナ。それって、ほんと?」

「あ、あの……」


「ほんとにゃ。ナンパしてきたのは、ウチらの昇級試験の監督だって言ってたにゃ」


「そうみたいです。ハルトさん、ごめんなさい」


「なんでルナが謝るの?」


「その……。わ、私が、あの人の誘いに乗らなかったから、昇級試験に合格させてもらえないかも」


「ルナをナンパしてきた男は、そう言ってたにゃ。ルナのことを、脅してたにゃ」


 メルディは確信犯だった。


 こう言えば、ハルトが怒ってくれると思っていた。


 そしてその考えは、見事に的中する。


「そっか。まずは、ルナ。誘いを断ってくれてありがとな」


 ハルトがルナを抱き寄せて、優しくその頭を撫でる。


「ハ、ハルトさん……」


 人目はないとはいえ、ここは自宅外。そんなところで急に抱きしめられて、ルナは赤面した。恥ずかしくなったが、それ以上に彼女は喜んでいた。


「ちなみに試験の内容は、そのナンパ野郎と一対一で戦って、勝てばいいらしいにゃ。たぶんアイツは、炎の騎士一体分くらいの強さにゃ」


「そのくらいなら、みんな勝てるね。だけど……。ルナに気があるやつと、ルナを個人で戦わせるのは嫌だな」


 ルナの背中に回した手に力が入る。


 メルディの思惑通り、ハルトは静かに怒っていた。


「よし! まず最初に、俺が試験を受けるよ」


 最悪の場合、昇級できなくてもいいとハルトは考え始めていた。今回ダメでも、また次の機会に頑張ればいいのだから。


 それよりも自分の妻が、ナンパを断ってくれたことが嬉しかった。


 ルナに自責の念を持たせた男が、赦せなかった。



エルノール俺の家族に手を出そうとしたこと、ほんの少しだけ後悔してもらおうかな」

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