第267話 昇級試験前夜
とある賢者が、ひとりで森にいた。
冒険者ギルドの受付嬢が、明日の昇級試験はスライムの討伐になるということを、こっそり教えてくれたからだ。
賢者としては彼の家族に、一般市民の常識を知っておいてほしいと願って真面目に依頼をこなしてきただけなのだが、それがギルド職員に好印象を与えて、昇級試験を楽なものにしてもらえたようだ。
試験が簡単になるのはいいが、それでは家族が『冒険者ってこんなものか』と慢心してしまうかもしれない。
そこで賢者は考えた。
明日の昇級試験で戦うことになるスライム。
──もし、これに負けたら?
家族のみんなに、どんな敵であっても油断してはならないという教訓を植え付けることができるのではないだろうか。
そう考え、彼はここに来た。
広範囲の魔力を探知する。
「よし、まだヨハンさんは来てないな」
受付嬢から、明日の試験はBランク冒険者のヨハンが監督になると教えられていた。
そのヨハンの魔力は、この森に向かってはいるものの、まだ遠く離れていた。
「スライムちゃーん、出ておいでー」
賢者がスライムを探す。
「お、いたいた」
容易く、五体のスライムを発見した。
そのスライムに対して──
「テイム!」
「「「きゅぴ!?」」」
ダメージを与えて弱らせるとか、そんなことを一切せずに、直接テイムの魔法をかける。
この世界最強の賢者のテイムなのだ。
「いけたかな?」
「きゅぴ」
「きゅぴぴー!」
「きゅきゅぴー」
「キュピ!」
「きゅーぴー」
五体のスライムが、賢者の周囲で踊り出した。
主人ができたことを喜んでいるのだ。
表情はわからないが、なんだか可愛らしい。
その様子に、賢者はほっこりしていた。
「おっと、ヨハンさんが来ちゃうな」
B級冒険者の魔力が近づいてきていた。
「お前らには、これから他の冒険者にわざと捕獲されてもらう」
「きゅぴ!?」
「きゅぴぴ?」
「きゅ、きゅー」
とても悲しそうな音を出すスライムたち。
「ご、ごめん。もちろん、少しの時間だけだよ。明日には、また会えるから」
賢者が魔力の放出を始めた。
その魔力が、彼の手のひらで真っ白な文字を形成していく。
この世界の神が使用する文字──神字だ。
それでスライムたちの頭上に、なにかの魔法陣を描いていった。
魔法陣が完成すると、そこから光の筋がスライムたちに伸びていき、光が当たったスライムたちの体が輝き始める。
「ハルトの加護──なんちって」
ボソっと賢者が呟いた。
賢者はまだ知る由もないがこの時、本当にスライムたちには『ハルトの加護』というものが付与されていた。
その効果は──
<物理ダメージ(無効)>
<魔法耐性(極)>
<異常状態(無効)>
<体力自動回復(極)>
<魔力自動回復(極)>
<回復速度上昇(極)>
<神速>
<不屈>
<人化>
<無限収納>
『こうあってほしい』──という賢者の、スライムたちへの願いが全て、スキルとして付与されたのだ。
加護とは、自分以上の存在を創り出せるものではない。だから、加護を受けたスライムであっても、加護を与えた賢者には勝てない。
しかし、その賢者がこの世界最強であったため、スライムたちは賢者に準ずる魔物へと進化した。
こうして、先代の魔王であっても倒すことのできない、最強の
「それじゃ、また明日な」
「「「きゅぴぴー!」」」
ヨハンがすぐそばまで来ていたので、賢者は転移魔法を使い、その場から立ち去った。
その直後──
「お、スライム発見」
「きゅぴ!」
ヨハンが五体のスライムを見つけた。
そのスライムたちは、まるで『早く捕獲しろ』と言わんばかりに無抵抗だったという。
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