第226話 ルークの計画と密かな楽しみ

 

 俺は彼女、リエルと付き合っている。

 付き合い始めて、半年くらい経った。


 リエルは、このアルヘイムエルフの王国の中でもその人口が少ない、ハイエルフという種族の女の子だ。


 王族や貴族にハイエルフが多いらしい。

 リエルもそうなのだろうか?


 リエルにはまだ、彼女の家族のことを聞いていない。


 以前聞こうとした時に、なぜかはぐらかされてしまったので、無理に聞かないようにしている。


 彼女が話したくなった時、話してくれればそれでいいと思っていた。


 そういえば、リエルを紹介してくれたのは、俺の親友ハルトのお嫁さんのひとりであるリファで、そのリファもハイエルフなんだ。


 なんとなくだけど、リエルはリファと似ている気がする。リファの方が少し背が高いが、それ以外は笑った時の仕草とかもそっくりだった。



 実は、ハルトとリファが結婚しちゃうまで、俺はリファのことが気になっていた。


 エルフ族には元々美人が多いけど、その中でもリファは可愛かった。普段はしっかりしてるのに、たまに盛大なボケをかます彼女を見るのが面白かった。


 そんなリファを、俺は目で追うことが多かったので、彼女からリエルを紹介された時、少し驚いた。リファとリエルがよく似ていたから。


 リファから『ルークさんとお近付きになりたいエルフの女の子がいるんですが、会っていただけませんか?』って言われて会ったのが、リエルだった。


 なんでも、アルヘイムがアプリストス人族の王国に侵攻された時、俺が戦う姿を見て興味を持ってくれたらしい。



 それから何回か、リエルとふたりで食事に行ったり、買い物したりして、少しずつ仲良くなり、半年前に俺から告白して無事に付き合うことになった。


 凄く嬉しかった。


 リエルはとにかく可愛い。


 あと、しっかり者なんだけど、たまに変なことをしでかすのはリファとよく似ていた。


 もしかして、リエルはリファの姉妹か従姉妹?



 ……いや、さすがにそれは無いか。


 だってリファって、アルヘイムのお姫様だもん。その姉妹か従姉妹っていったら、リエルも王族ってことになる。


 さすがに俺みたいな普通の人族が、エルフの王族と付き合えるはずがない。そもそも、リファが紹介してくれるはずないだろう。



「ルークさん、どうしたんですか?」


「あっ、ごめん。今日どこに行こうか考えてた」


 少しボーッとしてしまった。


「私はルークさんと一緒なら、どこでも楽しめます!」


 笑顔のリエルが、そう言ってくれた。

 彼女は今日も可愛い。


「なら、図書館とかどうかな?」


「私は大丈夫ですけど……ルークさんはエルフ文字、読めますか?」


 アルヘイムの図書館には、エルフ文字で書かれた書籍しかないようだ。


 エルフ文字はこの世界の中でも特に難解な文字で、読めるヒトは限られている。


 とはいえ、俺も賢者見習いなんだ。


「だいたい読めるよ。でも、わからない単語もあると思うから、リエルに教えてほしいな」


「わかりました! 私、頑張ります!!」




 その後、リエルと王都にある図書館までやってきて、俺は魔導書を読み始めた。


 俺の対面の席についたリエルは何も読まず、ずっと俺を眺めていた。


「リエルは本、読まないの?」


「私は、本を読んでるルークさんを見てるのが好きなので、お気になさらず。それから、意味がわからない単語があれば、遠慮なく言ってくださいね」


 満足そうにそう言った彼女は、本当に楽しそうだった。


 リエルに見られてて嫌な気はしないけど、ずっと視線を感じるのもなんだか恥ずかしい。


 俺は計画を、実行に移すことにした。


「リエル、この単語の意味、わかる?」


 魔導書をリエルが読めるよう、ひっくり返そうとする。


「あっ、私がそちらに行きますね」


 そう言ってリエルが、俺の左隣の席に移動してきた。


 よし!

 まずは第一条件クリアだ。


 彼女の性格であれば、俺の隣に来て、単語の意味を教えてくれると思っていた。


「どの単語ですか?」


「これなんだけど」


「んーとですね、これは──」


 エルフのものに限らず、魔導書ってのは字がとても小さい。


 魔法や錬金術、薬品の調合など、膨大な情報を文字にして、それぞれ本にまとめようとしているのだがら仕方ないのだろう。


 視力が良いリエルでも、字が小さすぎるせいで本に近づかなくては読みにくいんだ。


 リエルが魔導書に身体を寄せる。


 それはつまり、魔導書を机に置いて、その前の席に座る俺の身体に、リエルが身体を寄せてくるってことなんだ。



 ふにっと、柔らかい感触が左腕に伝わってくる。


 リエルの胸が、俺の腕に押し当てられていた。


 ──最高だ。


 ティナ先生ほどじゃないけど、リエルもかなり胸が大きい。


 そんな彼女の胸の感触を、俺は全力で楽しんだ。



 リエルは、一所懸命に魔導書の文を読んでいる。俺のために彼女が頑張ってくれてるってのが、すごく嬉しい。


 でも、なかなか苦戦している様子。


 それもそうだ。


 俺はあえて、魔導書の中でも一番難解な部分をリエルに質問したのだから。


 それこそ、幼少の頃からエルフ文字に囲まれて生きてきたエルフたちですら、容易には意味を理解できないような文を、リエルに質問したんだ。



 ちなみに俺はこの魔導書、


 元々俺は、エルフ文字なんてほとんど読めなかった。


 だいたい、魔法なんて昔から感覚で使えちゃったから、人族の文字で書かれた魔導書ですら開いたこともなかった。


 でも、ハルトと出会って、それじゃダメだと思い知った。


 感覚だけで、強い魔法は使えない。


 魔法の原理を理解し、その効果を十分に考えて使う魔法の方が強いんだ。


 俺は、魔導書を読むようになった。



 それからリエルと付き合い始めて、エルフ文字も必死で勉強してきた。


 当初、エルフ文字を覚えようとしたのは、普段はなかなか会えないリエルと、エルフ文字で文通するためだった。


 でも今、実行中の計画を思いついてからは、それまで以上に努力してきた。



「この単語は『星霧草』という薬草の名前です。星が見える夜に突如、霧が出てきた場所で生える草です。ここには、万能薬エリクサーの素材になると書かれています」


 リエルはさすがだった。


 勘違いしやすい部分にも惑わされず、完璧な回答をしてくれた。


「そうなんだ。ありがと、リエル」


「えへへ、どういたしまして」


 嬉しそうに笑みを浮かべ、魔導書から離れていった。


 つまり俺の腕からも、リエルの胸が離れていく。


 でも、心配は要らない。

 俺は今日のために、エルフ文字をマスターしたのだから。


「悪いけど、こっちの単語の意味も教えてくれる?」


「はい! ──っと、これはまた、難しい単語ですね。少しお時間いただいてもいいですか?」


「もちろん。よろしくね」


 再び柔らかなものが、俺に押し当てられる。


 俺の身体に身を寄せるリエルの髪から、凄くいい匂いがする。


 彼女の顔が近い。

 一所懸命なリエルの横顔が、とても可愛い。



 俺は今、最高に幸せだ。

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